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相羽総合サービス業務日誌3  作者: 笠平
プロジェクトマネージャー・小畑憲 篇
2/11

Ⅱ・新しき世界

 それは長い夢だったのか。


 朝、空腹を感じ目が覚めた男はベッドの上で身を起こす。

 そのまま数分ぼんやりと目をパチクリさせ、欠伸を一回する。


(えーと……確か僕、魔王の首を刎ねて……あれ、でも刺されてた筈だよなぁ)


 徐々に目が覚め、はっきりとした意識で一つずつ確認をしていく。


(目も手も足も復元している? 高位の異能蘇生術でもこんなの不可能だよね)


 続いて身体。


(身長が異様に伸びているな。何年も寝ていた……にしては筋肉もちゃんとついてるし。この服……それにベッドもだけどなんて柔らかい素材なんだろう)


「よっと」


 立ち上がって部屋を見渡す。

 6帖ほどの広さにベッド、クローゼット、机、本棚がある。


(この長方形の物体は一体……窓枠みたいのが2つもある、なんだろう?)


 パソコンとテレビ、オーディオプレイヤー、日本ではありふれた普通の部屋だ。


「バ、バカな……これは一体なんなんだ?」


 ふと目に入った窓から見える風景に驚愕する。

 バダンドでもエームでも見たことが無い建築様式が並ぶ街並み。さらに遠くには城よりも高い建物が見える

 そして窓ガラスに映る自身の姿は、ほっそりとした顔と目が際立ち、これまでのような幼さが感じられない。


(これは確かに僕だ……だけど15歳って感じじゃない、5年以上は成長しているな)


「ケン~、朝ご飯出来たわよ。早く降りてきなさい」


 考えに耽っていると、部屋の外から呼ぶ声が聞こえてきた。

 迂闊に出て大丈夫なのか逡巡する。

 すると今度はドアが開き、中年の女性が覗いてきた。


「あら、珍しい。起きてるんじゃない、だったら返事しなさいよ」

「えーーと」

「なーに。25歳にもなって働きもせず家でゴロゴロしてる息子の世話してやってるお母様に挨拶もできないっての?」

「あ、すいません。おはようございます、お母様――っぐはっ」


 突然の張り手に避ける暇なく直撃を受ける。


「何が『お母様』よ、ふざけてんの?」

「え、ええーー?」


 釈然としない気持ちで目の前の女性に目を向ける。


「いつも通り『母さん』でいいの。全くすぐにゲームだか漫画だかの影響を受けちゃって。いいから早く降りてきなさい」

「は、はい、母さん」


 母親を名乗る女性はそう言い、階段を下りていった。


(なんか釈然としないな。アレが今の僕の母上か、そして名前もケン……偶然なのか似てるな。そして25歳か……見たところ家の広さも平民レベル。なんで働かずに生きていられるんだ?)


 腹の虫が鳴りだしたのに気付くと、情報整理よりも先ずは腹ごしらえが先だと思い、母親の好意に甘えることにした。



◇◆◆◆◆◆



「あらあら、珍しい。本当に朝降りてくるなんて何年ぶりかしら。ちゃんとお父さんにも挨拶なさい」


 自分を呼び寄せた筈の母親から、何故か理解不能の反応をされる。

 働かない、朝食を食べない、親に朝の挨拶をしない。

 状況が分からないままであった。


「おはようございます、父さん」

「…………」


 新聞を読みながら朝食を食べていた父親が、目と口を大きく開き小声で母親を呼ぶ。


「か、母さん。ケンが、ケンが私に挨拶を……ちょっと後で病院連れて行きなさい」

「何言ってるの。もういい大人なんだしアナタがそうやって甘やかすからいつまでも引き籠っているのよ。いい機会よ、会話できるウチにビシっと言っておやりなさい」


 両親のヒソヒソ話が続き、美味しそうな朝食を目の前にお預けをくらう。

 良い香りに耐えきれず、無礼を承知で尋ねてみた。


「あの、父さん、母さん。朝食頂いても良いでしょうか?」


「……へ? あ、うん」

「…………確かにこりゃ重症ね」


 一瞬面食らった父親だが折角の機会とばかりに新聞を畳み息子へと声をかける。


「ケン、食べながらでいいので聞きなさい」

「はい? ……いいんですか?」


 なんて寛容な男なのか、と思いながら食事のペースを抑え父親の話を待つ。


「ケン。お前が大学を卒業してから何年になる?」

「……すいません覚えてません」

「そうだな。私だって覚えとらん。それだけ長い間お前は引き籠りっきりだ」

「ごめんなさい」

「良い、折角お前が私の話を座って聞いているのだ。今日くらいは私もいつもみたいに怒鳴り散らして怒るつもりはない」

「……はい」

「ケン、言っても聞かないかもしれませんが外はいいぞ。どうだ、今日は天気も良いし散歩にでも行ってみては?」

「わかりました」

「まぁそうだろう、いきなり外は怖いかもしれん。だが、その一歩が…………って、え、おい、今なんて言った?」

「え……わかりました、と」


「…………」

「…………」

「…………」


 3者の間に沈黙が流れる。


「……母さんや、ケンに小遣いだ。最近の若者は10万くらいで足りるのかな?」

「お、お父さん多過ぎですよっ、5万くらいで充分ですよ」

「母さん。すまなかった、私が仕事ばかりしておったせいでケンは心を閉ざすし母さんには苦労をかけるし」

「お父さん、いいんですよ。今夜は腕によりをかけます、だから早く帰ってきてくださいな」

「うう……こんなに嬉しいのは久しぶりだ」

「私もですよ、ううう」



 魔王を倒した翌朝。

 朝食を食べて両親と会話しただけなのに周りが大変なことになってしまっている。

 ますます理解が追いつかないでいた。


 英雄ケイン15歳、改め、引き籠り型ニート小畑憲25歳。

 引き籠り卒業という素晴らしい報せが朝の小畑家へ唐突に訪れたのであった。

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