ⅩⅠ・出張~北の国へ
ちょっと難産でした。ラストまでは流れる展開にしたいです。
「夢……か」
小畑は長い夢を見ていた。
体感的に失われた10年あまりの時間。
しかし、ケインである自分と小畑憲が融合したのはもっと以前だったのではないだろうか。
以前の社長の言葉が思い出される。
――『勘違いするな。乗っ取ったわけではない、同化に近いんだ。意思の強さでベースはお前にあるが、殺したわけではない。時間はかかるだろうが記憶も共有されていくはずだ』
記憶の共有? 小畑は心に溶け込む様々な感情を振り払うように首を振り、ベッドから半身を起こす。
「ん……せんぱ……ケインさん……お目覚めですか?」
隣で寝ていた恋人、麻衣子もその気配を感じ目を覚ました。
ふと、おっとりした表情に違和感を感じる。
マイ……麻衣子……マイ?
自身に向けられる全幅の信頼の前に、その感覚を振り払い、微睡の中ゆっくりと口づけを交わす。
季節は5月。2人はゴールデンウィークの旅行と出張を兼ね、北海道は札幌市に訪れていた。
この一月はめまぐるしく過ぎ去った。
新規事業開発室初日での大型受注は営業部を震撼させ、特に昇進のかかる課長陣は新参者の小畑を目の敵にしていた。
システム部も新規事業開発室の存在に一目置き、定期的に案件を共有したり、情報交換を持ちかけてくれるようになった。
森山の研修もなんとか合格ラインを叩きだし、今は麻衣子と共に新規事業の足掛かりを追う日々を送っている。そして先述の通り今回の旅行もただのバカンスではなく、視察の意味合いも併せ持っていた。
◇◆◆◆◆◆
小畑と麻衣子が今訪れているのは、相羽総合サービスが長年システムを手掛けている地元の大手卸売業者だった。札幌駅から地下鉄で二駅とアクセスも良い、比較的新しい自社ビルを構える道内でも名の知れた会社である。
「いやね。ウチも毎回池袋百貨店の物産展にはお世話になっていましてね、相羽総合さんとはそこでご縁ができたんですよ」
「存じておりますよ、ワタクシもプライベートでは御社の海産物の大ファンですので行列に並んでおりますわぁ」
「嬉しいこと言ってくれるねぇ、お嬢ちゃん! なんならお土産に2~3箱持って帰るかい?」
「まぁ、よろしいんですのぉ」
「いいっていいって」
気さくな薄い頭の中年社長。麻衣子は愛想よくご機嫌取りをしながら少しでも今回の提案の介入余地がないかを模索している。
小畑はそんな二人の雑談を時に相槌を打ち、時に合いの手を入れながら話の経緯を見届けていた
。
……そういえば以前にも似たようなことがあったなと、懐かしく感じ感慨に耽る。
……あれはいつの頃だっただろうか。
◆◇◆◆◆◆
それは然る貴族の招聘により初めてバダンドからエームへ渡った日のことだ。
幾日もの航海にて船を乗り継ぎ、ようやく近海より港へ辿りつくことができた。
海と同じくらいあの日のサキも荒れていた。
「ケイン、アンタね! 何度言ったらわかるのよ!」
「いや、これはわざとじゃないって……」
「はぁ、もういいわ。ちょっと待ってなさい」
「サキ……」
サキは気のよさそうな漁師に小走りで近寄っていく。
「すいませーん」
「どうした、嬢ちゃん」
「ウチのバカが船の櫂を折っちゃって」
「は?」
「いやぁ、もう今回で5回目……ほんとにイヤになっちゃいますよ」
「折っちゃって、ってどうやって」
漁師は不審な者を見る目付きに変わる。この近海は半年近く海棲魔獣の主が住み付き、漁どころか船の行き来すら出来ない。まして年端もいかない少年少女が櫂もない小舟で逃げ切れるものでもない。
「あ~わたしたちバダンドから来たんですけど、途中の大蛸追い払う時に……コイツったら剣が錆びそうだからとかって……代わりに櫂で」
「……それでよく無事で逃げてきたな」
「……え、いや、きっちり仕留めてきましたよ?」
「はぁぁぁぁぁぁぁ?」
「ほら」
小舟に括り付けた大蛸の死骸。額から突き出た大角と、飛び出た大足が特徴的だ。
その死骸を恐る恐る覗き込む漁師。その騒ぎを聞きつけ、気付けば人だかりに囲まれている。
「まじかよ……本物だ……主だ……間違いない。なんてこった、うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、これで今日から漁に出れるぞぉぉぉぉ!」
「へ?」
「櫂だったな。10本でも20本でも持ってってくれよ……お、そーいえば嬢ちゃん、なんなら干し魚2~3箱くらい持ってくか」
「え、いいんですか?」
「構わねえ構わねえ、こんなん礼代わりにもなりゃしねえよ」
大きな魔獣にすら対抗も出来ない村人。それを知らず片手間に討伐した英雄を人々は称え、港には幾つもの笑顔が広がっていく。
その時の気さくな漁師の笑顔。その言葉が小畑の脳裏に蘇る。
そして記憶は移り変わる。
それは色褪せたセピア色の情景。
「ホラ、ケン……泣かないの」
「だって……」
「おやおや、どうしたんだい」
「おばちゃん、実はコイツ、空き地の猫が車に轢かれたのがショックだったみたいで」
「まぁまぁ、ケンちゃんは優しいねぇ」
「もぉ、女々しいだけよ」
「サキちゃんは厳しいね。はは、ほらコレでも二人で食べなさい」
「え、いいの?」
「うふふ、気にしないで……」
「わぁ、おばちゃん、ありがとう!」
沙希にアイスを2つ手渡す気さくなおばちゃんの横顔が小畑の脳裏に蘇る。
これは紛れもなく小畑の幼い頃の記憶。だが……
……なんだこの記憶は……僕はこんなの知らないぞ?
◆◆◇◆◆◆
「どうした、兄ちゃん、ボーっとして」
「小畑マネージャー、大丈夫ですか」
麻衣子は対面上の小畑の呼称をきっちり使い分けながら心配そうに覗き込む。取引先の社長も本当に人が良く、不安げな表情を浮かばせていた。
「ああ……ええ、大丈夫です。すいません」
「しかしすまねぇな、折角来てもらったのに役に立ちそうにもない」
小畑が提案した書類を机に置き、頭を振る社長。先ほどまでの気さくさが一転、気難しく顔をゆがめ薄い頭をさすりながら目を瞑る。
「何かあったんですか?」
「アザラシ被害だよ。東岸一帯がやられちまって」
アザラシが何は小畑には分からない。この平和な世界にも魔獣がいるのだろうか。
だったらそれこそ小畑の本領発揮だ。
「駆逐はできないんですか」
「一応絶滅危惧種指定だからな、環境省のお偉いさんたちが目を光らせている」
概要を掻い摘んで教えてもらう小畑。害獣を国が守るという矛盾に頭を捻る。
ここは小畑の常識が通じない世界。人々を苦しませるが退治できない存在がいる。
剣や武器を手にすることが罪となる。だから人々は言葉を武器にする。
それは理想的な世界であったはずなのだが。
そして小畑はシンプルにこの問題を考える。
駆除できないのであれば駆除しない方法だって存在するのだ。
「もしかしたらお役にたてるかもしれません」
「え?」
社長は小畑の突拍子もない提案に耳を疑った。
そもそも彼らは東京から来たIT屋だ、いったい何をするというのだ……。
◆◆◆◇◆◆
小畑は改めて社長と約束を取り交わすと、麻衣子を連れ札幌駅まで戻る。
時刻は昼時、さて何か食事でも取るかと観光ガイドに目を移した時だ。
「みぃつ~け~た~わ~~よぉ」
「きゃぁぁ、でたぁぁ!!」
「きゃあ、じゃないわよ」
「サキ……?」
「え、沙希さん?」
そこに現れたのは鬼のような表情で、彼らを掴みかかろうと迫る沙希だった。
少ない手荷物に愛用とスーツ姿。取るものも取らず飛行機で追いかけてきた、といった様子だ。
「アンタね。どういつうつもり、これ出張なのよ、ウチの経費なのよ、何をバカンス気分で」
「もぉ沙希さんのいじわるぅ。彼氏とのデートくらいラブラブさせてくれてもいいじゃないですか」
「だぁぁ、だからバカンスするなってぇの」
出張申請は承認していた。しかし沙希が把握していたのは日帰りだった。まんまと麻衣子の誘導に引っかかり気付くのが遅れたらしい。気付いたのは、本日緊急メンテで出社していたシステム部の要請で休日出勤をし、ついでだからと自部署の整理を行っている時だったらしい。
「じゃ、沙希さん、それはなんですの?」
麻衣子は沙希の小さなハンドバックより溢れんばかりに飛び出す観光案内の紙束を指差す。空港、電車と乗り継ぐ間に自然と溜まっていったらしい。
「……ま、まぁいいじゃないの」
「じぃぃ」
「ま、まぁ立ち話もなんだ。近くの店にでも入ろうよ」
◆◆◆◆◇◆
香辛料の香りが食欲をそそる。
ここは札幌市内にあるスープカレーの名店。色とりどりの野菜と、餌にハーブを用い丁寧に飼育された豚肉が自慢の名店だ。
「サラサラしてるけど要はカレーライスだよね」とか「具材が一杯で楽しいね」と東京もの丸出しの会話を織り交ぜながら状況を確認し合う。
「――というわけで、何故か隠匿された清算書と、アンタんちの様子からここを辿ってきたわけ」
「ごめんなさい~、うっかりしてましたわぁ」
白々しく丁重に頭を下げる麻衣子。
「僕もゴメン。知ってるものとばかり」
こちらは本気で申し訳なく謝罪する小畑。巧妙な日程操作をやらかした麻衣子の態度にはやや腹を立てるものの、小畑に悪気が無いと知り安堵する沙希。
「まぁいいわ。それより進捗聞かせなさいよ」
「うん」
小畑は先ほどの商談を沙希にも分かりやすく伝えていく。
いつの間にかピークタイムを過ぎ、ランチ営業が落ち着いた店内。BGMが有線からTVに切り替わる。こういうところは個人店ならではだろう。
静まり返った店内にはニュースの音声が響いていた。
『――区在住の寿守さん29歳はおよそ30メートル程の高さから落下し、病院に搬送されましたが間もなく息を引き取りました。尚、原因は調査中とされておりますが職場の――』
「わぁ、結構近所じゃないですかぁ、怖いですねぇ」
「なんか見るからにモテなさそうなオッサンね、ご愁傷様」
「……なんだろう、なんか妙な親近感覚えるこの不思議な感じは」
『――続いて道内のニュースです。
襟裳岬沖で深刻な漁業被害をもたらしているゼニガタアザラシについて、昨年「絶滅危惧2類」に引き下げになったばかりですが並行して漁業被害が急増。定置網に入り込んでサケの体の一部をつまみ食いするなどの被害で11年度の道内の被害額は約3000万円に上ります』
「あ、これは……」
「まさしく先程の話ですわねぇ」
「ふぅん、これは確かに深刻だ」
『――希少鳥獣として保護しながら、同時に「被害軽減のための捕獲」が認められた例はありません、このため同省は昨年4月、専門家や地元関係者を集めて保護管理検討会を設置。2年にわたり年40頭を上限に試験捕獲し、今年度末にも一定の頭数を保ちながら捕獲する「保護管理計画」を策定する予定でした』
「やっぱりもどかしいね」
「保護管理……明らかに建前臭いわね」
「同感ですぅ」
『――しかし本日の国会審議。岩腹延輝環境相が質問に答える形で
『絶滅危惧種である以上、種の保存に全力を尽くすのが環境相の務めだ』と中止を表明しました。漁業被害については『被害が深刻化しているのは承知しているが、捕獲で被害が減少するかというと、因果関係は実証できない。被害防止策のほうが合理的ではないか』と説明しています。
以上、お昼のニュースでした』
「……環境相?」
「あぁ、わたしこの人嫌い~」
「ワタクシも、なんかこの親子は苦手ですわぁ」
彼女たちの好き嫌いの感覚は良く分からないが、コレがこの国の指導者……平和な国を維持していく者の思考なのか。今、実際に困っている人がいるのに……自然や動物を守るという名目のためにそこに住む人たちを後回しにしてもいいのか。
小畑はまた一つ自らの中に疑問を抱え込む。
彼は中断した話の続きを説明した。
勿論、小畑は異能前提として話を進めているのだが、そんなことに気付く様子もない彼女たちは、営業先への害獣防止アピールを行うだけのものなのか、と微笑ましく小畑の意見に同意する。まさか一日やそこらで片付く話とも思えないと悠長に構えていた。
「へぇ。まぁやってみれば」
沙希は何の気なしにそう背中を押す。既に話を聞いていた麻衣子も明るく頷いて見せた。
「任せといて……もう猫の死骸を見ても泣くほど子供じゃないから」
「え……アンタ……」
「先輩……?」
だが小畑の発した何気ない一言が彼女らの心を強く揺さぶった。
幼い頃の記憶。沙希はそれを忘れるわけがない。やっぱりこの男は……。
また麻衣子も激しく動揺を見せる。今の麻衣子に小畑の昔の記憶はいらない、一体何故……。
2人はその複雑な胸の内を顔に出さないよう、席を立つ小畑の後に続いていく。
すぺしゃるサンクス鳴海先生。
この伏線はここではないどこが遠い場所で……。




