第二話:哀れ!おっちゃん!
目を覚ますと、やはりそこにはおっちゃんが居た。
しかし、お母さんも親父も居ない。ふと机の上を見ると、『唯ちゃんへ 買い物に行ってきます』という置手紙がしてあった。
こんな生物と二人っきりにした両親を思わず恨んだが、おっちゃんはのんきに『グボェッ、グボェッ』と下品なゲップのような音をあげながら、よちよちと家の中を這い回っている。
「うう……キモいよぉ……」
思わずそう呟きつつ、唯は立ち上がる。なんだかお腹がすいていた。
時計を見ると、長針と短針がちょうど十二時のところで折り重なっていた。腹も減るはずだ。
唯はなるべくおっちゃんに近付かないようにキッチンへ向かう。キッチンには見慣れた白い食パンとマーガリンがあった。それらをリビングに運び、食パンにたっぷりマーガリンを付けて食べようとしたそのとき!
「ぐぼぇっ!! ぐぼぇっ!! グボェエエェー!!」
おっちゃんが物凄い勢いで突進してきた!
びっくりして唯が食パンを手放し、床に落としてしまうと、おっちゃんは食パンに食らいついて、べろべろ、べろべろ、と血色の悪い舌で食パンの表面を舐めた。
濁った唾液がそこらじゅうに飛び散る。その光景を見て吐き気がした。
決して見たい訳ではないのだが、あまりの衝撃で目が離せずにいると……とあることに気がついた。
おっちゃんは食パンを食べている訳ではない。……食パンについた、マーガリンをひたすら舐めている。
「あんたもしかして……マーガリン、好きなの?」
唯の問いかけに、おっちゃんは『グボェッ!』と答えた。
しばらくしてマーガリンを舐め取りつくしてしまったのか、おっちゃんはもっともっと、とせがむように唯の目と、マーガリンの入ったパックを見つめてきた。ちなみに食パンは涎でべとべとのぬるぬるだ。食べれるような状態ではない。
「……あ、あ、あげないからね! このマーガリン、ほとんど新品なんだから!」
そう言った瞬間、おっちゃんにある変化が起きた。
白目をむいていたはずの目にぐりんっと黒目が宿り、それだけではなく、ふぁさ~っと犬耳のような髪の毛がどんどん抜けていく。
これほどまでに絶望、を表現した表情を、唯は見たことがなかった。
「グッ、グッ! グボエェエエエエエ!!」
おっちゃんはぴょーんっと飛び跳ねて、テーブルの上に飛び乗る。そして、テーブルの上にあったマーガリンのパックの蓋を器用に明けると、ベロベロと物凄い勢いでマーガリンを舐め始めた。
「うわぁっ、きったない!」
「ぐぼえぇっ……ぐぼえぇっ……」
いかにもご満悦、といった声を漏らしながら、おっちゃんはひたすらべろべろべろべろ舐める。
殆ど新品だったはずのマーガリンは、あっというまで無くなってしまった。
残ったのは大量の涎と、抜けたおっちゃんの髪の毛だけ。
「……もー!! 我慢でっきなーい!!」
唯は手袋をはめて、強引におっちゃんの体を掴んだ。まるで汚物でも持つかのような掴み方である。
グボエェグボエェと抵抗の声を上げるおっちゃんを気にせず、唯は外に出た。
そして近くの林の中に入り、おっちゃんを適当に投げ捨てた。
地面に叩きつけられたおっちゃんの体は、ばいーんばいーんとリズミカルに弾み、そして動かなくなった。
情けないおっちゃんの姿を唯は見ることもせずに、くるりときびすをかえしてさっさと家にかえってしまった。
おっちゃんは、捨てられたのだ。