「俺、実は心読めるんだよね」なんて言えません!
「話しかけないでくれるかしら?」
「あー、はい」
俺、どこにでもいる平凡な高校生青柳高道は今日も同じことを言われる。
目の前にいるのは布瀬ことの。高校で出会った超が付くほどの美少女高校生だ。
焦げ茶色のロングヘアーと筋の通った鼻にパッチリとした二重。紅をさしたような唇をギュッと畳み、恨みがましい視線を向けてくる。
「話しかけないでって言ってるのにどうして話しかけてくるわけ? 記憶力がニワトリ以下なのかしら?
(もっと話しかけてほしいな!)」
エコー掛かった声で彼女が発していない『心の声』が耳に届く。そう、俺は人の心を読める超能力がある。
なるほど、やっぱり話しかけて欲しいのか。
ここで会話を終わらせた方が吉かと思ったが、ことのはもっと話したいらしい。
「今日の課題見せてくれたり……」
一瞬だけ「おっ」としたような眼差しを向けられたが嘘であったかのようにギロリとした目つきに早変わりする。
「断るわ、それくらい自分でやりなさい。
(良いよ、見せてあげる!)」
「いやどっちやねん!」
相も変わらず彼女はツンデレを突き通しているな。
早朝の学校、まだ誰も来ていない教室で毎朝同じやり取りをするのが日課になりつつある。ちなみに今まで課題を自分でこなしたことはありません。高校に入ってからは。
「あのね、良いかしら? 私は貴方のお母さんじゃないの。課題くらい自力でやりなさい。
(あともう一押し、ひと押しでOKが……!)」
「……そっか、分かったよ。自分でやる」
「そう、それで良いのよ
(な、なななんでよ! あと一回、一回だけお願いしてよぉー!)」
ふふふ、俺を甘く見るなよ布瀬ことの。これこそ焦らしプ〇イだ!
お望み通り俺は自力で課題をやってみせる。
問題集を開き、ペンを片手に数式を解いていく。
すると、彼女は奥歯を噛み締めるような表情を見せ朝読書用の本を取り出し、食い入るように読み始めた。
(す・き)
「……ッ!」
「な、何よ」
突然の告白に顔をあげると何故か彼女は既にこちらを向いていた。目が細くなって軽蔑の感情が乗せられたことを感じた俺は視線を問題集に戻す。
俺が「心を読める」ようになったのは中学生三年生、丁度一年前くらいだ。
突如としてそれは訪れた。
夢の中、真っ白な空間に神衣を身にまとった巫女の人がお祓い棒を手に何度も俺の頭へ振り落としている夢だった。
何だこの夢は、と思いつつも棒が振り下ろされる度に不思議なパワーが流れてくるのを感じた。
目が覚めた俺はこれまでに無いほど目覚めがよく、身体が軽くなったのを感じていた。
すぐさまリビングに向かい、母へ質問する。
「母さんのお母さんって巫女だったんだよね?」
「え、えぇそうよ? それがどうしたの?」
驚く母を他所に俺は確信する。
夢の中に出てきた巫女は祖母だったのだ。
どういう理由かは分からないが祖母が俺に力を与えてくれた。何の力かはまだ分からなかったが直ぐに判明する。
その時リビングにやって来た父と目が合う。
「うっすおはよー(お? 高道今日は早いな。何かあったのか?)」
少しエコー掛かった声に違和感を覚えつつも返事をする。
「なんか変な夢みちゃってさ」
「え? ゆ、夢? 何の話だ?」
「だって父さん、何かあったのか? って言ったよね?」
「お、おいおい! お前、何で父さんの心の声が分かったんだ?」
この時に俺は巫女から得た力が「心を読める」ということに気がついたのだ。
初めこそ力を上手く制御できず、全員の心の声が聞こえて鬱陶しいかったが、最近になってようやく特定の人物のみに限定出来るようになった。
「順調? あなたにはキツイんじゃないかしら?
(気になる、気になる気になるっ!)」
「いやーすっげぇ順調だわ。ワンチャンこれ、見せて貰わなくても済むかも」
「そう、ならこれかもそうしてくれるかしら?
(くー! なんで、なんでなのよ! そこは難しいって言いなさいよ!)」
「ふっ……」
今まで散々俺のことを罵倒した罰を喰らえことの。
大嫌いだの、馬鹿だの、話しかけるなだの、単細胞だの言われたが仕返しに苦しむと良い。
「……(でも大丈夫、問七の問題はとても難しかったから、聞いてくれるはず!)」
なるほど? 問七ね。
ちょうど六番が終わったところだ。問七と向き合うとこれまでの基礎問題に比べ、ググッと難易度は上がり、応用問題となっていた。
数十秒問題とにらめっこしてみるが解法が浮かんで来る様子は皆無。
そこでチラリと読書に齧り付いていることのへ視線を向けてみる。すると待っていたのか秒で視線が合う。
「何? やっぱり助けてほしい、じゃないでしょうね。
(きたっ! 問七が難しいんでしょ! そうよね高道くん!)」
「問七だけ見せてくれないか? 考えてみたんだが中々解けそうに無くて。面倒なら答えだけでもいいからさ」
「……仕方ないわね。答えだけだと意味が無いでしょ? 一回しか説明しないからよく聞きなさい。
(フフン、待ってたわ。任せて高道くん)」
椅子を持ってくる必要はないものを、わざわざ彼女はそれを持ってきて体を密着させ教えてくれた。
その後五分くらいかけて解きながら解説を施してくれたのだが、
(あえて分かりにくくしようかしら)
(ざんねーん。それは違うわ)
(あーそっちの数式は関係ないのよね)
(そうそう! 流石高道くん!)
(真剣に取り組む姿もかっこいい……)
などと心の声がダダ漏れすぎてニヤニヤが止まらなかった。無論途中で「なにニヤニヤしてんのよ」と言われたが(やっぱりニヤニヤしちゃうわよね)と、表と裏が矛盾してばかりだった。
「ふぅー終わったぁ。サンキューなことの!」
「別に、ていうか明日からは本当に見せないからっ!
(うそ、うそうそ! いつでも見せてあげるから頼りにしてほしいなっ!)」
顔はとても険しくムスッとした表情だったが心ではそうでないらしい。
その後、クラスメイトが登校してくる時間帯となり俺たちは正面へと向き直り、各々の時間を過ごす。
(ふふ、今日はもう椅子までくっつけちゃった。次は何しようかなっ。大好きとか言っちゃおうかなぁ)
「――ぶっ!」
声を盗み聞きしていた俺は、思わず口に含んでいたお茶を吹き出す。幸いなことに吹いた方向が正面ではなく自分の机に向けてだったため、被害者はゼロだった。
「……やめてもらえるかしら。
(大丈夫かな、変なところに入っちゃった?)」
おのれ、布瀬ことのめ。一体誰のせいだと思ってやがる。俺は立ち上がり掃除用具から雑巾を取り出しす。その時、一人の女子生徒が心配そうに駆け寄ってきた。
「大丈夫? 高道くん、手伝う?」
「いや大丈――っ!」
瞬間、ナイフが首元に当てられているかのような圧迫感を感じ取った俺は即座に振り返る。
視界の最奥に座っていることのがギロッと鋭い視線をこちらに向けている。いや、そんなことは無い。いつも通りの俺を軽蔑している目線だ。
「(離れろ離れろ離れろ離れろ離れろ離れろ!!)」
今すぐにでも机を叩きそうな勢いの心の声が鼓膜を揺さぶる。これは相当にお怒りだ。まずい、あのバッグからナイフが出てきそうなほどの嫉妬圧だ、恐ろしい。
全身に冷たいものが迸るのを感じた俺は声を掛けてくれた女子生徒にお礼もほどほどに急いで自席へと戻る。
皮肉か、はたまた嫉妬なのかもはや分からない視線を送りつつも彼女は言う。
「全く情けないわね。
(そんなところも……好き)」
「あいあい、つかもう少し静かにしろよな」
「静かにしてるじゃない。騒がしいのは貴方よ。
(すーーきっ。高道くーん、だ・い・す・き♡)
「……っ!」
吹き出したお茶を拭いていた俺は突然の告白に身体がビクッと反応。そのまま机に足を取られてしまい額をぶつけて転倒した。
「ち、ちょっと! 大丈夫っ!?」
うぉ……なんだこれ、すっげぇクラクラするぞ。
真っ先に隣に座っていたことのが駆けつけてくれたが血相を変えて心配する姿を最後に俺は意識を失った。
①
次に目が覚めると保健室の寝台で横になっていた。
額にビリリとした痛みが残っているもののその他に異常は見られない。
左手を強く握られている感覚に気が付き、首を動かすとブラウン色の艶やかな髪が視界に入った。
「起きて、起きてよ……」
震える声と小刻みに上下する肩。今現在誰もおらず、俺も気絶している判定なため本心を口にすることの。そういえば彼女が真っ先に声を上げていた気が。
俺が目を覚ましたことに全く気が付かない様子の彼女にイタズラ心が芽生えたが、流石に申し訳ないため遠慮しておくことに。
「おはー、俺起きてるぞ」
「え……っ!!」
声を上げた瞬間、爆速で握っていた手を離し距離を取る。なんか傷つくなぁ……。
「お、起きてるなら言いなさいよっ! (良かったぁ、死ななくて良かったよぉ……)」
バシッと肩に鋭い痛みが走る。くそう、こちらは怪我人だぞ。この野郎、雰囲気的に止めてやったのに、ならやり返したる。
「ぁぁああ! いってぇえ!」
「……ッ! どうしたの?! (待って待ってごめんごめん!!)」
「っつ……脳に、響いた」
「ふ、ふん! 自業自得よ(本当に大丈夫かな……何やってんのよ私!)」
珍しく自分に怒ってる。このパターンは初めて見るぞ。俺は演技を辞めずどんどん痛がる素振りを強めていく。
「がぁ……マジで、いてぇ……!」
「嘘を、つかないのっ! どうせ痛くないのバレバレだから! (痛いの痛いの飛んでけーで治るかな? でも、身体が動かない……!)」
「痛いの痛いの飛んでけーで治る気がする……んだけ、ど」
チラッと視線を送ると、ギュッと拳をつくり自らと葛藤していることのがいた。頬をこれでもかと赤らめている様子から見るに、自分の頭の中でイメトレをしているのだろう。
「――ッ(高道くんが、言ってるんだし……でも、今までの私を考えるとそんなこと……っ!)」
膠着状態から状況は動かず、ことのは俯いて動かなくなってしまった。いかん、やりすぎたか。自分を助けてくれたのに、恩知らずの行動過ぎたな。
そう思って演技を終わらせようとした瞬間――、
「ったわよ……分かった分かった分かった!! やるっ! やるわよ!!」
「ちょ、は? な、何言ってんだことの。お前――」
こちらの言葉を聞かず彼女は震える手のひらをこちらに伸ばしてくる。
加えて彼女の心の中を覗いても全くもって何も見えない。今までは心の中に本意があったのに真っ白けだ。
つまり、これは――
先程とは真逆の手つきで肩に触れる。そっと小動物を愛でるような力具合で、彼女は言う。
「痛いのー、痛いのぉー、飛んでけぇ〜」
人生で異性にこんなことをした経験は絶対にない。
陶器のように白かった肌はリンゴのように紅潮し、瞳がうるうるとし始めている。
「ぷっ……あははは!」
「な、何笑ってんのよー!!! バカぁぁ!!」
今度はボカッという打撃音が保健室に響いた。
②
数日後、すっかり元気になった俺はいつものように授業を受けていた。黒板に書かれる内容を黙々と板書していく、のだが。
「すーき……(言っちゃった言っちゃった!! 気づいてないよね?!)」
「……集中できねぇ」
あの日からことのが本心を口にするようになった。
本心を言えるようになるのはとても良いことだろう。でもなんで告白なんだよ!
「カッ・コ・イ・イ(聞いてる? 聞いてる? 高道くーん)」
聞こえとるわぼけ! 今まで心の中で言ってのになんで急に口に出すんだよ。
板書するフリをしながら時折こちらを見ては愛の告白をしてくることの。恐らく今まで本心を伝えられなかったというもどかしさの反動が出ているのだろう。
「……く、そぉ」
「おい高道、ちゃんと写してるのかー」
「は、はい。写してます! ただ隣のことのがうるさくて……」
「冤罪も良いところね。私は何も言ってないわ(聞こえちゃってたんだ……! じゃあ次はバレないように小さな声にしないと)」
「小声で言えばいいってもんじゃねぇよ?!」
「分かった分かった。浮かれる気持ちもある程度理解出来るが、落ち着け高道」
くそ……先生もことのサイドだ。
彼女に視線を向ければ、勝ち誇ったようにふっと笑っている。口角を上げたまま勘違いに等しい小さな動きで口を動かす。悪魔的な笑みを浮かべた後、何食わぬ顔で板書を再開する。
残念なことに口唇術に長けているわけではないため、俺はすぐさま心を読む。
(愛してるって言っちゃった! どうしよどうしよ! こっちもハラハラするけど、やっぱり心の中が一番ね)
ほぉう? 愛してる? それに心の中が一番だと?
(好き、大好き。付き合いたい。結婚したい。今すぐにでも告白したい。かっこいい。授業早く終わらないかな、早く話したい!)
心の中で随分と愛の告白をしてくれているようだ。
俺は先生がこちらに背中を向けたタイミングを装い、彼女の机をトントンと指で叩く。
幸せな雰囲気を微かに放っていた彼女はすぐさまツンデレモードに変わる。
そして俺は小声で、彼女にしか聞こえない声量で告げる。
「俺、実は心読めるんだよね。俺も、好きだぜことの」
そう告げるとみるみるうちに彼女の顔は真っ赤に変色していき、両手で口を覆う。
「〜〜っ!!」
そのまま悶絶してしばらく動かなくなったのは言うまでもないだろう。




