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アイツがある日、突然嫁を連れて帰ってきた  作者: 川平直
親友と酒を飲む▢

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第9話

 東京へは電車と新幹線で向かうと言うことで、大きなキャリーバックを引きずる俊介を地元の駅で見送ることになった。


 見送りに来ていたメンツは健一と春、そして俊介の姉と母親の四人。


 俊介の父親の姿はそこになかった。


 父親は俊介が高校卒業後、東京へ上京することに反対していたと言う話は聞いていた、この場にいないのも、そのことが関係しているのだろうか。


 人様の家の話に首を突っ込むようなマネは出来ないが、その事が少しだけ気になった。


 各々が、順番に俊介へ門出の言葉を掛けていく中、大変だったのは春だ。


 今生の別れと言わんばかりに大泣きして、手がつけられず、言ってることも正直、半分くらい言葉になっていない有様だ。


 それでもなんとか春も別れの言葉を伝え、いよいよ健一の番が回ってきた。


「ありがとう、健一には色々世話になったね」


「別に世話をした覚えはねぇよ。まぁ色々振り回されはしたような気もするが」


「はは、違いない」


 不意に俊介が、右手を健一へと差し出した。


「それじゃあまた」


 差し出された右手に健一も答える。


 またいつでも帰って来い。


 そう言おうとと思った。


 だがその言葉どういうわけか、喉でつっかえてでて来なかった。


 結局「ああ」と、曖昧な言葉が出てきただけで終わる。


 俊介の乗る電車が駅へと到着する。


 扉が開くと同時に、俊介が電車へと飛び乗り、各々が改めて最後の声を掛ける中、扉が閉まり電車が動き出す。


 それをその場にいた全員が見送った。


 春なんて瞳に涙を浮かべながら、電車が見えなくなるまでずっと手を振り続けていた。


 そんな春の様子を、何となく見ていたその時だった。


 ある感情が健一の胸に浮かんできた。


 その事に気が付いた時、胸の中が不快感で一杯になった。


 努めて見まいと思っていた酷く醜い物を、ついに見てしまったような、そんな感覚だった。


 その時の感覚は、呪いのように今も時折顔を出しては健一のことを苛んでいる。


           *


 食材をしこたま買い込んで家に帰るなり、春が自分の城である台所へと勇み足で突撃していってた。


 それからしばらく経って、時刻は夕食の頃合いとなっていた。


 昼間とは違い、車のことを考えなくて良いということもあって、食卓には遠慮なく酒が並び、春が張り切って作ったご馳走も相まって、その日の夕食はちょっとした宴会の様になった。


「いいなー春さんは料理が上手で。私もこれくらい出来れば、俊介君に馬鹿にされることもないのに」


 良い感じに酒が回ってきているのか、頬がほんのり桜色になっている真奈美が、鰹のたたきを摘まみながらそんなことを言った。


「私だって初めから出来たわけじゃないもん。真奈美さんだって、練習すればすぐ出来るようになるよ」


「んー、そうかもしれないけど」


 言いながら俊介のことをジトーと見る。


「練習でも失敗しようものなら、この男に何言われるか」


「おいおい、俺がそんな酷いことするようなヤツ見えるのか、こんな優しい旦那様を捕まえて」


「昼に茶化してきたばっかりじゃない」


「そんなことあったけ?」


「調子良いんだから」


 真奈美がそう言うと、春がおかしそうにあははと笑う。


「本当に仲が良いんだね、二人とも」


 春がそう言うと、俊介は日本酒をあおり。


「新婚ですから」


 とさらりと惚気る。


「いいなぁー、ちょっとうらやましいかも」


 本当にただ何気なく春はそう言った。その何気ない言葉で、健一の心が僅かにざわつく。


「あー……悪い、ちょっと便所行ってくる」


 そう言い残して、健一は居間を後にすると、取りあえず宣言したとおりにトイレへと向かうが、何もすることなく外に出た。


「なにやってんだ俺は」


 そう独りごちてみるがどうにも居間に戻る気分になれず、どうしようかと思っていたら、窓の外で雲の隙間から白い月が覗いているのが見えた。


 ふと思い立って、行く先を居間から玄関へと変え、音を立てないよう慎重に外へ出ると冷気に背中を撫でられぶるると体が震えた。


 玄関に下げておいた上着は羽織ってきていたし、雪はやんでいたがそれでもこの時期の夜は身を切るように寒い。


 体を震わせながら今朝雪かきの時にそのままにしていたはしごを使い家の屋根へとよじ登り、雪を適当に払いのけるとその場所に腰を下ろした。


 積もった雪が音を吸収するおかげで屋根の上は酷く静かで、静寂の世界を青白い月の光が優しく照らしている。


 寒さは如何ともし難いが、一人で物思いにふけるにはこの場所は悪くない。


 ……いつから自分は、こんなに卑屈な人間になってしまったのか。


 月を見あげながらぼんやりと思う。


 春が俊介と真奈実の二人を見てうらやましいと言ったあの時、その言葉が自分への当てつけなのではと思えた。


 仲睦まじい二人を見て、純粋にそう思って出た言葉なのだという事は分かってる、春はそんな回りくどい嫌味を言うタイプではない。


 こんな物は単なる被害妄想だ。


 分かってる。


 分かってるのに、そう思わずにはいられなかった自分が嫌になる。


 胸にたまったもやもやした物を吐き出すように大きくため息を付くと、それは白い息となって空気の中へ溶けていった。


「寒くないの? こんな所で」


 呼びかけられ声のした方を見てみれば、俊介が屋根の上へとよじ登ってきている所だった。

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