第2話
十二月八日の朝。俊介が訪ねてくると言っていたその日。
健一は春が用意した朝食を食べ終え案の定、積もった雪にげんなりしながらスコップを片手に雪かきを始めた。
雪は昨晩から今も降り続けている。
かいたさきから雪が降り積もっていく様を見ていると、賽の河原で石を積んでるような気分になってくる。
雪かきなんて、好き好んでしたくはないがここは雪国新潟県だ。
玄関前の雪をどけないと、扉が凍り付いて開かなくなる。
道路の雪を放っておけば、車が通れないと近所から苦情が来る。
屋根の雪を下ろさなければ、誇張抜きで家がぺしゃんこにつぶれる。そんな土地柄なのである。
それに降り積もった雪は放っておくと一日と経たずガチガチに凍り付いて、スコップでも歯が立たなくなる。
どれだけ面倒くさくても雪かきだけは欠かす事が出来ない、これは雪国に住む人間の宿命だ。
それに今日は来客の予定だってある。せめて車庫までの動線くらいは確保しておいてやらなければならない。
白い息を吐きながら辺りの雪をどかし、屋根の上に登り積もった雪を下ろす。
そうして全てが終わった頃には、時間はそろそろ十二時になろうかという頃合いだった。
その時、ズボンのポケットに突っ込んでおいた携帯が鳴る。
多分そうだろうなと思いながら出てみればやはり相手は俊介で、もうすぐこちらに到着するという連絡だった。
電話を切り、スコップを車庫兼物置となっている裏の小屋に仕舞って母屋へと戻る。
「ケンちゃん、雪かきお疲れ様。はいお茶入れといたから」
「おっ、サンキュウ」
渡されたお茶を一気に煽る。
お茶は水出しだったが、厚着での重労働で火照った体には、むしろいい塩梅の冷却になって心地がいい、春はのほほんとしているようでこういう所は気が回る。
「あーそうそう、俊介もうすぐこっち着くってよ。今連絡があった」
「そうなの? よーし、それじゃこっちも仕上げに入っちゃうから」
台所へと向かうその背中には、気合い十分! と書いてある。なんせ、昨日の夜から仕込みをしていたくらいなのだ。
料理好きで、凝り性の春はこういうときその準備には余念がない。
やる気が漲らせ台所へと向かう春を見送り、上着を脱いで、居間へと戻る。
体は暖まっていたので炬燵には入らず、畳張りの床にそのまま寝転んだ。
朝から重労働をしていたせいだろう、気を抜くと一気に疲労感と睡魔がのしかかってくる。
うつらうつらとしている内に、健一の意識は徐々に微睡みの中へと溶けていった。
*
中学一年生になり、雪の代わりに桜の花びらが舞い始めた頃。初めて宮原俊介という男に出会った。
俺たちとはなんか違う。
それが、健一の俊介に対する第一印象だった。
何でも元々は東京に住んでいたらしいが事情があって俊介が小学生の時、父親の実家であるこの町に移住してきたのだという話だった。
そんな俊介は陰でよそ者だ何だと言われていることも多く、白状すれば健一もどちらかと言えばそっち側の人間だった。
俊介は初めの一ヶ月くらいの間、あまりクラスにはなじもうとしなかった。
自分の席で一人、黙々と読書をしていることが多くその様子はまるでオシャレなカフェで休息でもしているような、謎の風格があり不思議と大人びて見えた。
言葉遣いも自分達は方言や、特有のイントネーションが入るのに対し俊介にはそれが無い。
そんなどこか都会的で大人びた雰囲気が自分たちのことを田舎者だと、下に見ているような気がしていけ好かなかった。
それでも影で悪口を言うような、そんな恰好の悪いことはしない。
気に入らない物は気に入らないと、ハッキリ言うのが信条だ。
だから、苦手意識は態度の端々に出ていたし隠そうともしなかった。
それは俊介と初めてまともに喋った、あの時だってそう。
入学式から一ヶ月程経った頃、クラスで初めての席替えがあった。
その時、隣の席になったのが俊介だった。
「よろしくね、えーとー……」
席替えをした直後、俊介が人の良さそうな笑みを浮かべながら声を掛けてきた。
しかし健一の名前が、分からないらしい。
思い出そうとする素振りはしていたが、名前が出てくる気配はない。
まだ中学生になって、一ヶ月しか経っていないような時期だ、クラスメイトとは言え名前を把握できていなくてもおかしくは無い。
ここは普通なら、察して自分から名乗るべきなのだろうが。
「別によろしくしなくても構わねぇよ。俺はお前と仲良くするつもりは無い」
素っ気ない言葉に、俊介が困った顔と愛想笑いの中間の様な表情を浮かべる。
「えっと……俺なんかしたかな」
「別に。ただ、俺はあんたのことが気にくわない、ただそれだけだよ」
「……俺のなにが、気に入らないって言うのさ」
ムッとした様子で俊介が聞き返した。表情こそ人の良さそうな笑みのままだったが、その声には健一に対する不満が僅かに感じられた。
いいだろう、自分で売った喧嘩だ、買われたからに最後まで付き合ってやる。
「お前のその、周りを見下してるような態度が気にくわねぇ」
「別に見下してなんかいない」
「はっ、どうだか。クラスメイトの名前も覚えていなかったくせによ」
そう言ってやると、俊介の眉根が僅かに内側に寄って眉間に皺を作って痛いところを突かれたような顔をする。
「それは、まだ入学したてだからで」
「まぁな、確かに俺だって同じ学校だった奴ら以外、まだろくすっぽ憶えてねぇんだ。余所から来たお前に、クラスの奴の名前覚えろってのもムリな話だろうよ」
余所から来た、と言う部分で眉間の皺が僅かに深くなったような気がしたが、健一は敢えてその事には触れず俊介の事をギロリと睨む。
「じゃあなんで、お前はさっきから俺に名前を聞こうとしねえんだよ」
その一言に俊介が鼻白む。
「わかんねぇならわかんねぇで、素直に何だっけ? って聞けばいいぃ話だろうが。えーとー、じゃねえんだよ白々しい。名前も覚えてなかったような奴に、なんでわざわざ俺の方から名乗ってやらなきゃなんねぇ。そういう所が人を見下してるって言うんだよ」
言いたいことを言い終えて、健一は俊介の言葉を待ち構える。
怒るなり、言い返してくるなりしてくるかと思っていたのだが、予想ははずれて俊介は何も言い返しては来なかった。
僅かに俯いて何も言わないその様子は気のせいかもしれないが、少し落ち込んでいるように見えて、健一の胸の中で僅かに罪悪感が疼く。
「……全部ただのいちゃもんだ気にしないでいい。俺の方からお前に干渉しねぇ、誰が何しようがなに思おうが、全部そいつの勝手だからな。だから俺のことも放っておいてくれればそれでいい」
素っ気なく言った瞬間、授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
その日はそれ以降、俊介と話をすることは一度も無かった。
正直、二度と互いに口をきく事は無いだろうと思った。別にそれでも構わないとも。
だから、その時は度肝を抜かれた。
「菅山健一。で、名前あってるよね?」
翌日、なんと俊介の方から声を掛けてきたのだ。
当時それが彼との関係が変わる、切っ掛けとなるなんて健一は考えもしていなかった。




