エピソード3 『人と獣と狩人と』
小さな町の酒場には、不釣り合いなほどの盛り上がりがあった。
鎧を着込んだ五人の男たちが、まるで店を占拠したかのように、我が物顔で酒を煽っている。
男らは、傭兵だった。
よほど懐が潤っているのだろう、リーダーと思しき男が
「ちまちま頼むのは面倒だ、樽ごと持ってこい!」
と大きな声で叫んでいた。
給仕の若い女が料理を運ぶたび、男たちは女の肩や腰に手を回し、酌をするように迫っている。
心中の憤りを苦笑いに隠し、給仕の女はその手を払う。
カウンターの奥では、店主が布巾を握りしめたまま様子を伺っている。
止めに入るべきか、しかし下手に口を挟めば、なにをされるか分からない。
店主は見て見ぬ振りをして、酒樽の数を数えはじめた。
やがてテーブルが料理で埋め尽くされたとき、鼻に古傷のある大柄な男が、エールを煽りながら大きな声で笑った。
「ははは! あの連中の顔、見たかよ! 槍を構えたまま、腰が引けてやがった!」
その向かいで、痩せた男が肩をすくめる。
「仕方ねえさ。俺たちが突っ込んだ瞬間、もう勝負は決まってた」
「五十人はいたよな?」
兜を脇に抱えた、まだ若そうな男が、指を折るような仕草をする。
「さあな、数えちゃいねえ。斬った数のほうが覚えてるくらいだ」
テーブルの上に肘をついて、鋭い目をした男――五人の中でも、ひときわ落ち着いた様子の男が、そう言ってジョッキを揺らした。
男たちは、まるで武勲話を肴にするように、口々に戦場の話を語り始めた。
「結局、俺たちの損害は?」
口髭を生やした男が言った。
「かすり傷ひとつだ。相手が悪かったな」
鼻に傷のある大柄な男が、もう一度豪快に笑う。
哄笑が起こる。
酒場の他の客たちは、視線を合わせないようにしながら、黙って酒を飲んでいた。
そのとき――
ぎい、と、酒場の扉が軋む音を立てて開いた。
現れたのは、黒い頭巾付きの外套を頭から被り、背丈より頭ひとつ分ほど高い杖をついている、小柄な人影だった。
五人組のひとりが、かかっと笑う。
「おいおい、ここは酒を飲むところだぞ。ガキはさっさと家に帰って母親の乳でも吸ってな!」
なあ、お前ら、と痩せた男が周囲の客を煽った。
人影はその言葉を無視するように、カウンターへと足を運んでいく。
大柄な男は、その不遜な態度に舌打ちをすると、人影の前に立ち塞がり、見下ろすように睨みつけた。
「無視するんじゃあ……ねえ!」
そういって、大柄な男は頭巾を跳ね上げた。
その下から現れたのは、長く美しい金の髪と、澄んだ碧い瞳を持った、まだわずかにあどけなさの残る、美しい少女だった。
一瞬の沈黙――。
だがそれは、すぐに下卑た笑いへと変わった。
「おいおい、こいつぁとんだ上玉じゃねえか。お嬢ちゃん、ちょいと付き合えよ。金ならたんまりあるぜ」
そういって少女の頬に触れようと大柄な男が手を伸ばしたとき、少女の碧い瞳が、冷たい光を放ち、男を射抜いた。
大柄な男はその視線に、思わず喉を鳴らす。
固まったまま動けなくなった男の脇を抜け、少女は、身を隠すように床を拭く店主を呼ぶように、
――とん、とん。
とカウンターを叩いた。
カウンターの下から身を起こし、店主が少女に向き直る。
「い、いらっしゃい。ご注文は?」
「……ホルガー、という人を知ってる?」
「ホルガーさん? あんたホルガーさんの知り合いかい?」
「いいえ、面識はないわ」
要領を得ない受け答えに、酒場の店主は怪訝な表情を浮かべた。
「どういうことだい? あんた、いったい何者だ?」
店主の言葉をうけ、少女は胸元にぶら下げた黒ずんだ円盤を指で弾いた。
一本の縦線が円盤の中央を貫いている――それは、装飾品と呼ぶにはあまりにも簡素で無骨な首飾りだった。
「あたしはアリス。『獣』の件できた、といえばわかるかしら?」
『獣』という言葉に、店主の顔色が変わり、店のなかがにわかに騒めいた。
店主が声を潜め、そっと言う。
「その話はやめてくれ。みんな、それを忘れたくて昼間から酒を飲んでるんだ……」
そう言われ、アリスは後ろを振り返り、周囲を見まわす。
いかにも余所者な五人組の傭兵たちを除き、みな、ひそひそと話しながら聞き耳を立てているようだった。
「町の顔役だったホルガーさんが、どうにかするって領主様に訴えてくれたけど、そのホルガーさんが先日……病で亡くなっちまって――」
「おい、おいおい、お前ら、いま『獣』っていったか」
店主が困ったように嘆息すると、五人組のひとり、鋭い目をした男が、エールの満たされたジョッキを片手にカウンターへと寄ってきた。
鋭い目をした男が続ける。
「確か『獣』てのはあれだよな、夜の暗いところから生まれるっていうおとぎ話に出てくるやつだよな。俺の田舎でもじいさんがよく言ってたよ。確か『獣』がでたら『狩人』に退治を頼むとかなんとか――」
そこまで言って、鋭い目をした男は、ぐい、とジョッキを煽った。
「で、なんだ。こいつがその狩人様ってか?」
アリスの顔を覗き込むと、酒臭い息を浴びせかけながら、鋭い目をした男が哄笑する。
「冗談じゃねえぞ。こんな小娘にいったい何ができる? 野犬の一匹すら退治できるか怪しいもんだ」
その言葉に、大柄な男が続いた。
「ははは! 野犬どころか子猫にだって勝てやしねえぞ」
痩せた男が立ち上がり、周囲を見まわしてさらに続ける。
「お前ら、本当にあんな小娘になにかできると思ってんのか? おい、そこのお前、なんとか言ってみたらどうだ!」
痩せた男は隅のテーブルに座る三人組のひとりを指さした。
男は困惑し、視線をさまよわせる。
目つきの鋭い男がふり返り、大きな声で言う。
「誰でもいい、誰か本音を言ってやれよ。お前みたいな小娘に『獣』退治なんてできるのか、ってな!」
みな、カウンターに立つアリスに向け、上目遣いの視線を送りながら、頬をかき、目つきの鋭い男の言葉を肯定するように苦い笑みを浮かべている。
酒場の店主もまた、その言葉を肯定するように、小さく肩を落としていた。
「そういうこった」
目つきの鋭い男は周囲の様子を眺め、勝ち誇るように、アリスに向かって両手を広げた。
「そう、依頼主がいないのなら、あたしがどうこういうことじゃないわ。でも、どうするの?」
アリスは、傭兵たちの嘲笑をまるで意に介する様子もなく、淡々と酒場の主人に問いかけた。
店主は言葉に詰まった。
『獣』が出るのは事実で、放置していては、被害は拡大するばかりなのだ。
目つきの鋭い男――カヒルが、ぽん、と手を叩いた。
「マスター、その『獣』っての、俺たちが退治してやるよ」
他の四人が、どっと色めき立った。
大柄な男――ハインツが、眉をひそめてテーブルを叩く。
「おいおいカヒル、本気か? なんのためにだ。金になる話じゃねえだろ」
痩せた男――オイゲンは、肉をくちゃくちゃと噛みながら、次の皿に手を伸ばす。
「ハインツの言うとおりだ。俺たちゃ傭兵だ。慈善事業じゃねえ」
若い男――ヤニクは、鼻で笑ってエールを煽った。
「だいたい、どうせ熊か何かだろ。大げさに騒いでるだけさ。なあダミアン」
口髭の男――ダミアンは、気だるげに欠伸をする。
「その通りだ、ヤニク。野生動物の駆除は、俺たちの領分じゃねえし、オイゲンの言う通り、慈善事業をするつもりはねえ」
カヒルは、そんな仲間たちをぐるりと見回してから、薄く笑った。
「金の話じゃねえよ」
全員の視線が集まる。
「考えてみろ。“戦に勝った傭兵団”なんてのは、掃いて捨てるほどいる。だが――“獣を狩った傭兵団”は、そうはいねえ」
ハインツが、鼻を鳴らす。
「名を売るってか」
「ああ。街道の酒場で名前が出る。依頼の格が変わる。俺たちは、そういうところまで行くんだ」
カヒルは杯を持ち上げる。
「俺たちは連戦連勝だ。いずれは大きな傭兵団を作る。戦場の“伝説”になる。その第一歩が、ここだ」
カヒルの言葉に、ヤニクが興奮したように笑った。
「いいじゃねえか! 獣殺しの五人組、ってわけだ!」
オイゲンも、にやにやと笑う。
「熊だろうが狼だろうが、化け物だろうが同じだ。斬ったら、死ぬか」
ダミアンは、肩をすくめた。
「……まあ、退屈しのぎにはなるか」
ハインツは、少しだけ考えてから、エールをあおった。
「……ちっ。隊長がそう言うなら、付き合うしかねえな」
カヒルは、満足そうに笑った。
「ようし決まりだ! お嬢ちゃんはお家に帰りな」
そういってテーブルに戻ると、カヒルはエールが満たされたジョッキを持ち、自分たちの前途を祝うように、高々と掲げた。
アリスは、どこまでも冷めた目で、五人の傭兵たちを見つめる。
「……夜が楽しみね」
その呟きは、酒場の喧騒にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
――それは、夜警をしていた男が、無残な死体で発見されたある日からはじまった。
ある朝、男の妻が、夫が戻らないことを不審に思い、ともに夜警をしていた男に夫のことをたずねた。
男は、「夜警を交代したときは特に変な様子はなかったし、俺はそのあと帰ってすぐに寝たからなあ」といった。
結局、夫は町の外れで無残な姿で発見されることになるのだが、それ以後も、家畜が姿を消したり、夜警の男が姿を消すことがたびたび起こった。
異常な事態に住民たちは、町の顔役だったホルガーに頼み、領主に願い出て狩人を待つことになったのだが――。
「それでやってきたのがこんなちんけな小娘じゃ、町の連中もやってられんだろうな」
そういって、カヒルは手に持った松明でアリスの横顔を照らした。
前を歩くハインツが、肩越しにアリスを振り返り、地面に唾を吐いた。
「どうしてお前がついてくるんだ。おこぼれにでもあずかろうってのか」
「狩人じゃなく、まるで盗人だな」
オイゲンが、ハインツに追従するように嘲笑した。
アリスの表情は変わらない。
「まあ、その『獣』ってのがどんなものかは知らんが、連戦連勝の俺たち五人に敵うはずないさ」
ヤニクは意気揚々と剣を抜き、闇に向かってその切っ先を向けた。
そのとき、闇の向こうから、家畜の騒ぐ声が聞こえた。
「あっちだ!」
カヒルが駆けだす。
ハインツが、オイゲンが、ヤニク、ダミアンが駆ける。
その目には、自分たちの前途を信じて疑わない、洋々たる光があった。
やがて、闇のなかにうっすらと家畜小屋の輪郭が見えてきた。
五人が、松明で周囲を照らす。
引き裂かれた牛の死体がひとつ、無残に転がっていた。
「……いねえな」
カヒルがぽつりと呟いた。
「くそ、逃がしちまったか」
ハインツが舌打ちする。
「俺たちが近づいてくることに気づいてびびったんじゃねえか」
オイゲンが、かかっと笑った。
そのとき――
オイゲンの背後で闇が盛り上がった。
カヒルが異変に気付く。
「オイゲ――」
呼びかけるより早く、オイゲンの上半身がちぎれ飛び、吹き出した血が、カヒルの松明を消した。
一瞬、誰もが何が起きたのか理解できなかった。
闇に沈んだ視界のなかで、何かが地面に落ちる鈍い音だけが、やけに大きく響いた。
「……は?」
誰かが、間の抜けた声を漏らした。
次の瞬間、ハインツが息を呑む音が聞こえ、ヤニクが一歩、後ずさる。
「おい……冗談だろ……?」
ダミアンの声が震える。
「くそ! オイゲンがやられた!」
ハインツが、反射的に斧を構え、闇を睨みつける。
「どこだ……どこから来やがった……!」
ヤニクは剣を抜きながら、周囲を見回すが、闇の中には何も見えない。
「見えねえ……! 見えねえぞ……!」
さきほどまでの余裕は、どこにもなかった。
あるのは、理解の追いつかない現実と、得体の知れない恐怖だけだった。
誰かが、転がったオイゲンの死体に躓き、別の誰かが闇雲に剣を振る。
パニックに収拾がつかなくなりかけたそのとき、カヒルが一喝した。
「慌てるな! 全員で取り囲め!」
カヒルの叫びに、訓練された傭兵である四人の男たちは、素早く我を取り戻し、黒い塊を取り囲んだ。
「落ち着け、相手をよく見ろ……!」
努めて冷静に振舞うカヒルの声は、まるで自分に言い聞かせているようだった。
ハインツが、手に持った松明で、黒い塊を照らし出す。
「で……でけえ……!」
驚嘆するように呟く。
それは、大柄なハインツがなお見上げなければならないほどの、巨躯の『獣』だった。
空気が、ピンと張りつめていく。
巨躯の『獣』は首をまわし、男らを舐めるようにぐるりと一瞥すると、天に向かい、吐き出すように吠えた。
びりびりと空気が震える。
ハインツが松明を投げすて、戦斧を構える。
『獣』はその動きにつられ、ハインツへと向き直った。
その一瞬を、カヒルは見逃さなかった。
「いまだ!」
カヒルとヤニクが駆け抜けながら『獣』の足を斬った。
『獣』の態勢が傾ぐ。
次の瞬間、大上段に構えたハインツの戦斧が力任せに振り下ろされ、『獣』の肩口に深く食い込んだ。
咆哮をあげ、『獣』が膝をつく。
肩口から噴き出す血に濡れながら、ハインツは勝ち誇ったような笑いをあげる。
「はは! どうだ!」
ハインツの繰り出した一撃に、場は一気に盛り上がる。
「勝鬨だ! 勝鬨をあげるぞ!」
そう言って、カヒルが拳を突き上げようとしたそのとき、ハインツの目に、異様な光景が飛びこんだ。
『獣』の肩口が不気味に蠢いたかと思うと、筋肉が盛り上がり、裂けた肉が内側から押し戻されていく。
食い込んだ戦斧が押し出され、傷口は、瞬く間に元に戻った。
「――は?」
目の前で起きた事態を理解するよりも早く、『獣』の一撃がハインツに襲いかかった。
重厚な鎧が、ぐしゃりとひしゃげる。
吹き飛ばされるハインツを、カヒルたちは、ただ眼で追う事しかできなかった。
地面に叩きつけられたハインツは、倒れたまま動かない。
残された三人もまた、動くことができなかった。
『獣』が、ゆっくりとカヒルに向き直る。
持ち上がった『獣』の腕が、カヒルに向かって振り下ろされる。
カヒルは声も出せず、目をそらすことも、背を向けて逃げ出すこともできなかった。
――これはなんだ?
――俺たちは連戦連勝、無敵の五人だったはずだろ。
――いつか大きな傭兵団をつくって戦場の伝説になるんだよ。
――『獣』ってなんだ?
――死にたくねえ!
感情が、恐怖とともに爆発する。
「うわあああ!」
カヒルの叫びが闇夜にこだまする。
『獣』の爪がカヒルを切り裂こうとしたそのとき、小さな影がカヒルの前に立ちふさがり、巨大な剣で、その一撃を受け止めた。
カヒルはその場に尻もちをつく。
目の前に立つ小さな影は、間違いなくカヒルが小娘と侮った、あの少女だった。
「お……お前――」
小柄な少女は、カヒルが戦場でも見たことがないような大剣で、オイゲンの上半身をちぎり飛ばし、ハインツを鎧ごと殴り飛ばした『獣』の一撃を、正面から受け止めていた。
巨大な剣は、きしむ音を立てながらも、確かに『獣』の爪を押し止めている。
自身よりもはるかにか細い少女の腕に、いったいなぜそれほどの力があるのか。
カヒルはようやく理解した。『獣』と、それと対峙する『狩人』という存在の異質さに。そして同時に、自分たちの無知と傲慢さに、背筋が凍るような恐怖を覚えた。
「す……すまねえ、お……俺は……」
「――早く立ちなさい!」
アリスの一喝に、カヒルはびくりと肩を震わせた。
よく見れば、アリスの表情には余裕がない。
汗が一筋、頬を伝って流れていた。
カヒルは慌てて立ち上がると、ほとんど転ぶようにして、後ろへと下がった。
アリスの膝が、わずかに沈む。
(こいつ……とんでもない力だわ……!)
気を抜けば、このまま押しつぶされてしまう。
アリスは奥歯を噛みしめ、全身の力を柄へと込める。
ぐ、と地面を踏みしめる。
押し付けられるその重みを押し返すと、『獣』の腕がわずかに浮いた。
そうして一気に押し返す。
力の均衡が崩れ、化け物の体が後ろへ揺らいだ。
「おお!」
カヒルが感嘆の声をあげた瞬間、アリスは剣を振りかぶり、大きく一歩踏み込んだ。
同時に、『獣』の一撃が、横から襲う。
一瞬の交錯――。
『獣』の一撃がアリスの小さな身体をとらえ、肋骨をへし折ったその時には、アリスの一振りが、『獣』を脳天から切り裂いていた。
断末魔とともに、『獣』の巨体は左右に分かれ、血を噴き上げながら倒れていく。
アリスは大剣を地面に突き立てると、そのまま脇腹を抑えて膝をついた。
呼吸は乱れ、口元からは血を垂らしていた。
真っ二つに裂かれた『獣』と、その前で膝をつく小柄な少女。
まるで現実感のない光景に、カヒルは呆然と眺めていた。
「……勝った……のか?」
呟くようにこぼしたカヒルの言葉に、アリスが答える。
「……これで、終わりよ」
あとには静寂をまとった闇と、黒い灰、そして焦げた匂いだけが残った。
翌朝、宿の主人の厚意で泊めてもらったアリスは、町の門へと向かっていた。
いつものように頭巾付きの外套を頭から被り、手には背丈より頭ひとつ分ほど高い杖をついている。
「脇腹、大丈夫なのか」
背後から声を掛けられ、振り向くとそこにはカヒルが立っていた。
「……あの『獣』もあんたも、化けもんだよ」
悪態をつくカヒル。
だがそこに、悪意はなかった。
「……傭兵を続けるの?」
アリスの問いに、カヒルは小さく首を振った。
「オイゲンも死んじまったし、結局ハインツも助からなかった。それに……」
言い淀むカヒルに、アリスはただ黙って先を促した。
「……それに俺は……あのとき、死ぬのが怖いと思っちまった。死にたくねえって……心底から思っちまったんだ」
カヒルはうつむき、拳を握った。
「もう……戦場には立てねえ。死ぬのが怖い傭兵なんて、誰も雇っちゃくれねえしな。田舎に帰って、畑でもやるさ」
「……そう」
「じゃあな」
そういって、カヒルは町のなかへと戻っていった。
アリスは再び町の外へと歩いていく。
山の向こうから顔を出した太陽が、アリスの頬をそっと撫でた。




