二作
江戸井伊家屋敷の廊下
ドタドタと弁之介は足音を鳴らして歩いていた。
同行した住職が慌てて
「弁之介様、もう少し静かに歩かれた方が…」
「よい!どうせここには侍女の子と蔑む者しかおらぬのだろう。そんな奴らのために礼儀を尽くすべきとは思わぬ!」
屋敷中に響き渡るような大声で弁之介は言った。
直政との面会の日が決まってからずっと考えていた事だ。家康公の養女である正室、その侍女だった母。
側室の子ならまだしも正室のただの侍女が当主の子を産む等、明らかに自らが仕える者を裏切っていたと考えられる。なぜそんな事になったのか等は問いただしても意味がないからしないが、家臣から見て自分がどのように思われているかは容易に想像できる。
そのため、先手を打つことにしたのだ。
こんな風に叫ぶような奴はきっと裏で何かしたら大声で吹聴しまくると思わせる事が目的だ。
住職は何も知らないからかなり焦っているが、それもまた自分の扱いが難しいという事を周囲に印象付けている。直政の部屋の前まで来ると一息入れて落ち着き、
冷静な声で
「失礼致します。弁之介でございます。」
「入れ。」
中からの声に応じて静かに障子を開ける。
そして先ほどとは打って変わって礼儀正しく振る舞う。
中に入り、直政の前に座ると厳しい表情の直政はまず住職に声をかけた。
「和尚、遠路遥々(えんろはるばる)申し訳ない。
礼を申す。」
「いえ、そこまで大変でもありませんよ。」
「そうか。弁之介、息災であったか?」
「はい。直政様は先の戦でお怪我をされたとか。
お加減はいかがですか?」
「ふむ……なるほどな。
怪我は大した事ない。戦に出て怪我をせぬ等という事はないからな。」
「そうですか。ただ、本多様は毎戦を無傷でご帰還されるとお聞きしましたが?」
「忠勝殿が特別なだけだ。
それにしてもここまで皮肉を言われると逆に笑えてくるものだな和尚?」
「さすがに肝が冷え過ぎております。
弁之介様、お言葉は慎重にお願いします。」
「何か問題のある事を言ったか?ただ、そう聞いたと事実を申したまでだろう。」
直政も住職も弁之介がとぼけている事がわかっていたので、直政はニヤリと笑い住職は青ざめた顔になる。
直政が
「よし、秀忠様に紹介するのは弁之介にする。
ただ、秀忠様の前ではしっかりとせよ。いいな?」
「何がいけなかったかわかりませんが、気を付けましょう。」
短い会話しかなかったがこうして弁之介は父・直政との初対面を終えた。




