十五作
近江に戻り、大阪の陣前に兄・直継と面会した屋敷で休んでいた。直継とその家臣はまた別の屋敷に移っていたのでまだ会ってもいない。
家臣の中には『当主が戦より戻ってきたのに…』と怒っていた者もいたが、直孝としてはどう接すれば良いかで悩んでいたため、好都合だとすら思っていた。
支度を終えて自室を出ようとすると家臣が走ってきて、
「殿、徳川家家臣・藤堂高虎様が今お越しになられました。」
「なっ、先触れはあったか?」
「いえ、突然のご来訪です。」
「すぐにおもてなしの準備を……」
直孝が言いかけたところで
「良い、こちらが押し掛けたのだ。
すまんな、余計な気を遣わせてしまった。」
藤堂高虎は笑顔でそう言いながら現れた。
直孝は急いで頭を下げた。高虎は笑いながら
「まったく、井伊家というのは生真面目な人間しか生まれぬ家なのか?
これから15万石の大名になるのだからもっと堂々としておれば良かろう。」
「いえ、まだ正式にはなっておりませんし、歴戦の名将の藤堂様を相手に失礼は許されませぬので。」
「俺など直政殿に比べれば一兵に過ぎない。
と、まぁおぬし相手にこれ以上言ってもずっとへりくだりそうだな。」
「うっ。して、本日はどのようなご用件で?」
「ああ、里帰りついでに家康様から少しお役目を貰ってな。」
「どのような?」
「直孝は肝心な所で足踏みするから代わりに言ってやれとの事だ。おぬしは気にしすぎなのだ。誰もおぬしが思うほどおぬしを悪くは思っておらんのにな。」
「それはつまり……」
「俺が代わりに家督の分配について直継に話してやろう。徳川家の正式な使者としてな。」
「ありがとうございます。」
直孝は勢いよく頭を下げた。自分の悩みがまさか家康様に筒抜けだったのかという驚きと恥ずかしさも込めて頭をあげるのに少し時間を必要とした。
一刻後、直継も屋敷に現れたので二人並んで頭を下げて待っていた。
「藤堂高虎様、お入りになります。」
家臣が言い、その場にいた者達も頭を下げて待つ。
「表をあげよ。
高虎の一言で一斉に頭が上がる様は、あちら側から見れば壮観なのだろうか?そんなことを考えていると高虎が
「本題から入る。
井伊直継、徳川家康様よりの正式なお達しである。
おぬしを上野安中藩3万石の大名とする。
身体の弱いおぬしにこれから京都を監視する役職を担う近江の守護は厳しかろうとの判断である。
その点、弟の直孝は先の大阪の陣において勇猛果敢に戦場を走り周り味方を奮い立たせる活躍をした。
その功績もあり近江15万石の大名とする。
ここまでが家康様から伝言である。
ここからは俺の意見だ。
直継、築城見事である。あそこまで立派な物を築いたのは紛れもなくおぬしの功績である。
今の世では直孝の才能が評価されておるが、これから先の世において平和な世が続けば必ずおぬしの才能が評価されるだろう。
おぬしら兄弟がそれぞれに違う才能を持ちたまたま今回は乱世の名残りがあるがために直孝が選ばれた。
おぬしらの優劣はたまたま決まったに過ぎずどちらも優れておる事に変わりはない。
直継、上野安中を平和で豊かな土地として治めるおぬしを期待する。
そして直孝、おぬしには俺の故郷を含むこの領地を幕府の重要地としてだけでなく、平和な世が続く土地にしてくれる事を期待している。
俺からは以上だ。」
高虎はそれだけ言って部屋を出ていった。




