十三作
「直孝様、少しお下がり下さい。
前田勢が攻め込んでいますが、籠城する側の方が準備は万端整っております。」
「わかっている。
たがこのまま見ているだけでは……。
それに攻め込まれる地点が増えるほど装備を広く配置せねばならなくなる。我らの働きが前田勢の助けとなるだろう。」
「しかし………」
家臣が言いかけた所で大阪城の方から爆音が響いた。
「なんだ?」
直孝はそう言って、軍を止める指示を出して自らも様子見の体制に入る。そこに後ろから来た松平忠直が
「南条元忠の内通だろう。こちらが攻めあぐねているのを見て、内側から助力してくれたのだろう。
直孝殿、今が好機だ一気に攻めるぞ!」
「はい!」
直孝は強く答えて勢いよく馬を駆って攻め込んだ。
しかし、相手側の戦列は一切乱れる事なく火縄銃の応戦をしてくる。
「どういう事だ?」
直孝が呟く。
「直孝様、家康様からの伝令!
すぐに撤退せよとの事!」
「何?……わかった。
全軍撤退!引け、引け!」
撤退の指示を出して直孝自身も引こうとした時、大きな声で
「偽物の赤備えが尻尾を巻いて逃げていくぞ」
敵軍の中から野次が飛ぶ。
真田信繁は元々武田信玄公に仕えた将であり、彼の率いる赤備えこそが正統な赤備えといえる。
父が将として見いだされた時に兵の少なかったために武田の遺臣達を配下に加え自らも赤備えの鎧を着たと聞いている。
確かにあちらは武田の赤備えだ。
だが、我らは奴らの『偽物』ではなく『井伊』の赤備えなのだ。馬鹿にされるいわれはない。
「火縄銃を貸せ!」
「こちらを。」
直孝は勢いよく火縄銃を奪い取ると構えて野次を飛ばしていた者達の方に向けて引き金を引いた。
威嚇のつもりだったし当たるとも思っていなかった。
しかし、予想外に直孝の放った銃弾は相手の陣を仕切っていた将に命中した。
銃を撃った本人の驚きをよそに味方からの割れんばかりの歓声が上がる。
直孝は一瞬戸惑ったが銃を高々と掲げて、
「将を撃ち取ったり!体制を立て直す。
一時撤退せよ!」
先程まで緩やかに撤退していた直孝の軍は急激に速度を上げ撤退を始めた。
「この馬鹿者共が!」
かなりの混乱の末での撤退であったため時間を必要とした上に火縄銃への防御のための竹束や鉄楯がなかったために損害がかなり出てしまった。
それに対して家康が各将を呼んで叱責を始めたのだ。
特に前田利常の軍の先鋒を任されていた本多、長崎の両名は前田利常からの叱責も加わりかなり厳しいものとなった。そして家康は直孝に向き直った。
どんな怒号が飛ぶかと身構えると家康は静かな声で
「直孝、おぬしも突撃した事は浅はかといわざるをえん。しかし、その勇猛な突撃が味方を鼓舞したとも言える。無謀であった事は変わりないが戦場の士気を上げたおぬしの活躍は見事であった。
あれぞ井伊の赤備えの戦だ!
確かに先走った事は軍令違反かもしれんが、味方を奮い立たせるために無謀な突撃をするのが直政であり、そこから活路を開くのも直政であった。
此度は活路を開くまではいかなんだ。なればこそ、次までに学び鍛え、父の様にいや、父以上の活躍を期待する。」
「はっ!必ずご期待にお応えいたします。」
自分の至らなさを指摘されているだけだと言う事はわかっていた。この時に直孝の脳裏によぎったのは家康や秀忠のどの言葉でもなく北野寺の和尚に言われた
『感情に任せて周りが見えていない所が短所だ』という言葉だった。功を焦り、敵からの挑発に乗り、500人もの被害を出してしまった。
家康のいう通りより学び鍛えそして同じ過ちを犯さない。直孝はこの時に強く心に誓ったのであった。




