【6】アンジェ・ブルーム
――――妖精の国に嫁げば周りは妖精族だらけ。当たり前のことであるが。
「お茶会の招待状……か」
旅行の日程まではまだ余裕があるからしっかりと貴族夫人の役目も果たさなくてはならないのだが。
「妖精って美男美女だからなぁ」
「何を仰ってますの?奥さまは大変可愛らしくいらっしゃいます」
「エリン……」
妖精の中でも飛びっきり美人なエリンに言われれば少しだけ自信を持ってもいいような気がしてくるのよね。
「だけど妖精の貴婦人や令嬢とはあまり交流は取れなかったから」
自ら進んで声をかけることもできなかった。リュヌさまとお揃いの黒だと気が付く前は妖精の国でもこの瞳は不吉なのだろうかと臆病になっていた。
「ではこちらはいかがです?ブルーム公爵夫人からのお茶会の招待状ですわ」
「同じ公爵夫人……」
「ええ。もちろん公爵邸に乗り込んでくるような阿婆擦れとは雲泥の差でございます」
「あ……阿婆擦れ」
しかし事実でもある。
「でもさすがエリン。詳しいわね。確か生まれは伯爵家だったかしら」
「ふふっ。それもありますが……彼女は嫁ぐ前のフルール侯爵令嬢の頃から交遊のある友人ですの」
「エリンの……っ!?」
「はい。ですからこの招待状も元妖精王子の旦那さまの権力目当てなどではなく、私がそれとなく勧めてくれるように送ってきたもののはずですわ」
「そこまで読んでるなんて……」
現にエリンは勧めてくれたわけである。
「それに彼女は第2王子であらせられた現ブルーム公爵の妻」
「……リュヌさまのお兄さまの……」
「ええ、ですから義理の妹の奥さまのことが気になっておられるのです」
「それはむしろ私の方から挨拶に行くべきだったわ」
婚礼の儀の際もお会いしたかもしれないがあの時は初めての土地に知らない妖精族ばかりで大変だったもの。義理の兄姉のことを気にする余裕もなかった。
「失礼なことをしてしまったわ」
「そんなことございませんわ。彼女も既に準王族であった妖精王子の婚約者の座から臣下の妻となったのです。折り合いを見て挨拶をすることも心得ております」
「折り合い……」
「例えば旦那さまがちゃんと素顔でデュラハンとしてパーティーに参加するとか」
「……割りと周りに見られてたのね」
悪い意味ではなく、もちろんいい意味で。
「今がちょうど、良いタイミングでしょう?」
「本当だわ」
それに私もエリンに勧められてお会いしたいと思い始めたもの。
「どんなお方なのかしら。お会いできるのが楽しみだわ」
「ではご参加と言うことで」
「ええ、もちろんよ。だけどどうしようかしら。義理の姉なのだし何か手土産を……」
「それでしたら良いものがございますわ」
「良いもの?」
「ええ、こちらへ」
エリンについてくれば、そこは温室である。その中で見慣れた青年を見付ける。
「ロバート?」
「これはこれは奥さま。ひょっとしてお呼びでしたか?申し訳ございません」
「い……いいのよ!それにロバートはノームなんだから、その、ガーデニングも好きなのね」
「ええ。温室や庭園の手入れは庭師のノームたちが務めておりますが、私もたまにこうして土と触れ合いに参るのです」
妖精の特性を最大限尊重してくれるリュヌさまの邸らしいわね。
「それより奥さまはどうしてこちらへ?」
「それは……」
「アンジュへの手土産にする花を見に参りましたの」
「それはブルーム公爵夫人の……?なるほど、奥さまの初めてのお茶会の行き先としては素晴らしい選択です」
「あら、そこまで分かりまして?」
「だてに家令はしておりませんよ」
クスクスとロバートが微笑む。思えばまだ20代だと言うのにものすごい抜擢である。優秀さは日々感じている通りね。
「でもやっぱり……絵になる夫婦よね」
まさに美男美女。
「まぁ、奥さまったら。奥さまと旦那さまが一番絵になるのですわ」
「その通りです」
「え……と、そう?」
「もちろん。それを間近で見られる私たちは役得ですわね、ロバート」
「ええ。その通りです」
そう言われてしまうと……何だか嬉しくなっちゃうわね。
「当日は奥さまを象徴するような花がいいですわね」
「では庭師に申し伝えておきましょう。みな、自慢の花を張り切って用意いたしますよ」
それは私も楽しみである。どんな花を用意してくれるのかしら?
※※※
――――その日の晩餐は自然お茶会の話題となった。
「ロバートに聞いた。ブルーム公爵夫人のお茶会に行くのだってな」
「ええ、そうなの。エリンとも友人らしくて、一緒に行ってくれるのですって」
「それは心強い。彼女は兄上の夫人でもある」
「そうよね」
「本来なら俺から紹介すべきだったな」
「いいのよ、色々と事情があったのだから」
「ああ、すまんな。せめて楽しんできてくれ」
「分かったわ」
※※※
アンジェ・ブルーム公爵夫人の妖精種はドリュアス。
木と共に生まれ生きると言われている。つまり人間の国の言葉で言えばドライアド。
「ようこそお越しくださいました、ツェリ・アートルム公爵夫人」
出迎えてくれたのは深い緑の髪に緑の瞳の美女である。
「こちらこそお招きいただきありがとうございます。アンジェ・ブルーム公爵夫人」
「ふふっ」
「その……」
「私たちは義理の姉妹でしてよ。どうぞお義姉さまとお呼びになって」
「で……では私もツェリと」
「まぁ、ツェリ。かわいらしい妹が出来て私は幸せね」
「こ……こちらこそ」
素敵すぎる義姉である。
「それに……エリンとも久々の再会で嬉しいわ。あなたもお茶会に参加いたしませんこと?」
「とてもありがたいお言葉ですがわたくしにも奥さまのメイドと言う自尊心がございましてよ」
「あら、そうでしたわ」
クスクスと微笑み合う2人はとても仲良さそうである。
「ではエリンとの旧友を温めるのはまたの機会にして、2人でお茶を楽しみましょう」
「は、はい、お義姉さま」
それと……。エリンがタイミング良く花束を用意してくれる。
「これは……」
「お義姉さまにと思いまして」
「まぁ、素敵だわ。このかわいらしい小さな花びら。まるでツェリのようね」
「私……っ」
ノームたちが私をイメージして選んでくれたかわいらしい花。お義姉さまにも無事に伝わったみたいである。
ノームたちには改めて感謝ね。
そして席に案内されれば、お土産の花が活けられ早速お茶会が始まる。出席者は私だけ。義理の身内だけの細やかなお茶会である。
「まぁ、今度夫婦で旅行に?ラクリメはとても良いところよ」
「お義姉さまも行かれたことが……?」
「ええ。私の夫はセイレーンよりなの。だから海の見えるあの土地がとても気に入っているのよ」
王太子殿下は妖精王陛下よりにみえたがブルーム公爵さまはお母さま似だったのね。
「デュラハンは水が苦手と言うけれどリュヌさまはお義母さまを象徴するとあってよくお一人でご旅行に行かれていたとか」
「ええ、確かに結構詳しそうでした」
「ふふっ。そんな思い入れのある場所にツェリと行けるのであれば最高の新婚旅行になるわね」
「そうなれば嬉しいです」
やはり最初のお一人様旅行のことはノーカンとすべきね。リュヌさまはほぼ通いだったもの。
「それから……そうね、ラクリメだもの。海の幸もとても美味しいの。きっとツェリも気に入るわ」
「はい。楽しみです!」
「私もラクリメに行くと夫と海の幸を楽しむのよ。その中でも露店の海の幸は最高らしいの」
「露店……ですか?」
生粋の貴族であるお義姉さまと元王族の公爵が?
「ふふふ。意外でしょう?でも夫にこの遊びを覚えさせたのはリュヌさまでしてよ」
「リュヌさまったら……!」
いや、むしろらしいと言うかなんと言うか。リュヌさまも元王族なのだけど。
「あちらにはデュラハン仲間もいるらしくて、おすすめされたそうなの」
「デュラハン……!ラクリメにもいるのね」
「ええ。相変わらず水は苦手だけれど彼らの作るスパイスは海の幸にはうってつけだそうよ」
あの特製激辛ソースね。いや……ある程度はピリ辛アレンジにしてるでしょうけど。
「私もリュヌさまに聞いてみます」
「そうね。ツェリも是非味わって楽しんでね」
「はい!楽しんできます」
「ええ。帰ってきたら今度はお土産話をたくさん聞かせてね」
「もちろんです!」
初めてのお茶会の場だと言うのに、お義姉さまはとても親切でいろいろな話をしてくださった。
数ある妖精族の中でひとりきり……そう感じていたものの、一歩勇気を出して歩めばその通りではない。
それを学んだ日でもあった。




