【5】デュラハンの洗礼
――――side:アメリア
子どもの頃からの夢だったのに。
「どうして……何でなのよぉ」
私だってリュヌさまのお嫁さんになりたかったのに。
『これこそが俺。デュラハンだ』
……って何なのよ!知らないわ!
首が外れる妙な妖精なんて気持ち悪いじゃない!私と結婚する妖精王子なんだから私のことを最大限尊重すべきだわ!
「もう……後には引けないの」
臣籍降下したとはいえ残った妖精王子はリュヌさまだけだ。
「私は妖精王子のお嫁さんになるためにこんなに努力してきた!美しく、気高く、妖精公女として!」
それなのにどうして?私の方がかわいいじゃない!美しいじゃない!あんな地味女なんかよりもよっぽど!
「妖精王子のお嫁さんは美しい妖精であるべきよ」
人間の地味女にその座を渡してたまるものですか!
「そうと決まれば取り戻しに行くわよ……!妖精王子のお嫁さんになるのは私なの!!」
私はお父さまに言い付けられた謹慎などお構いなしにシルフィード公爵邸を飛び出した。
――――side:ツェリ
暑い日はアイスティーに限る。
「んんっ、美味しい」
仕上げたコースターを並べながらひとくち。
「早速使おうかしら」
こちらはリュヌさまへのプレゼント用ではなく自分用。妖精の丘をイメージした一品。
「なかなかいいわね」
リュヌさまにも是非使ってもらいたいわね。
「あ、奥さまこちらに!」
駆けてきてくれたのはこの間御者を務めてくれたデュラハンの青年だ。
「ええとあなたは確か……」
「リックっす、奥さま!」
「リックね。今日はどうしたの?」
ふとリックの足元を見れば可愛らしい男の子がいることに気が付く。
「その子は……」
「うちの弟たんのザックたんです」
呼び方が独特なのだが。
「ザック……たん?何歳かしら」
「10歳になりました。奥さま、ご機嫌麗しゅう」
「あ、ありがとう!」
何だか想像以上にしっかりしているわね!?
「今日は社会科見学のために遊びに来たんすよ。もち旦那さまからはオケもらってるっす」
「いつもリック兄上が粗相をしており申し訳ありません」
「いやその、粗相はしていないから安心して?」
「それはようございました。デュラハンはイタズラ好きな気質を持つ妖精なのです」
「イタズラ好き……」
まぁ普段から陽気さを振り撒いているが。
「しかし同時に恐ろしい噂もあるのです」
「ええと……死の使者とか馬車とかかしら」
「ええ。それから姿を見られるのがものすごく嫌だとか」
「そうだったの?」
いつも首を持ち上げて見せ付けてくるが。思わずリックを見る。
「別に俺は嫌じゃないですけど、ひと見知りもいますからね。トウガラシハバネロたっぷりドロドロソースぶっかけたり鞭で目を潰そうとしてくる過激派もいるっすよ」
「こ……恐っ」
特に後者!
「でも大丈夫っすよ!奥さまは旦那さまの愛妻としてデュラハン界でも有名なんでソースかけられたり鞭で応戦とかないっすから」
「そ……それは良かったわ」
「でもー、何かされたら言ってくださいね。ソースぶっかけますから!」
「いや、その……そう言えばそのソースって……」
「デュラハン伝統の真っ赤なソースっす。うちは父ちゃんもじいちゃんもデュラハンなんで伝統を受け継いでますよー」
「弟のぼくもデュラハンです」
ザックくんがひょいっと首を持ち上げる。
「子どもでも外れるのね」
「ええ。自分の頭を脇に抱えられるようになる頃に外れるようになります。でも生まれた時はくっついてるからよく何の妖精か分からないことも多くって」
妖精の羽根やセイレーンのような魚の尾などの特徴がなければ迷うところよね。
「成長してデュラハンって分かってびっくり!ってパターンもあるんすよ。母ちゃんは父ちゃんもデュラハンなんでザックたんの時は『ああやっぱり』って笑ってましたけど」
「はい。ぼくも無事デュラハンだと分かり父上や兄上にトウガラシハバネロたっぷりドロドロソース作りを習っています」
「そうなのね。あ……それならリュヌさまのように遺伝じゃない場合、ソースはどうするのかしら」
「周りのデュラハンが教えてくれますよ。旦那さまには代々デュラハンの俺が教えましたから!」
「へぇ……じゃぁリュヌさまも作れるのね」
「もちろん!デュラハンたちはお手製ソースをかけて食べるのも好きなんでー。旦那さまも好きですよ」
「え……っ、辛いものも好きだったの?気が付かなくて」
「奥さまをびっくりさせぬよう遠慮していたのでは?」
「そうだったのね。今度から遠慮しなくていいって伝えてあげなくちゃ。だけど……どのくらい辛いのかしら?」
ハバネロも入っている以上相当よね。
「では厨房に行ってみます?旦那さまやここのデュラハンたちお手製のソースがあるはずですんで」
「それなら……そうね!一度見てみたいわ!」
※※※
――――マグマと言うのはこう言うものを言うのかしら。
「料理長からちょうど余ってた唐揚げをもらってきたんでこれにかけてっと」
ひぃ~~っ!もはや発光しているような赤さ!
「はーむっ!ん~~っ!うまから!」
ええと……案外普通にいけるのかしら?
「ちょっとずつ食べてみます?」
リックが細かく取り分けてくれる。
「それじゃぁいただきます。あーむ……っ」
む……。
「か……からっ!!」
まさに夏の暑さも吹き飛ぶわよ!
「ぼくも立派なデュラハンになるために食べ慣れるのです」
ざ……ザックくん!?
「はーむ……むむむっ、からっ」
ザックくんがむーんと眉間にシワを寄せる。
「そのうちザックたんも慣れるよー!デュラハンだかんな!」
「はい、兄上。精進いたします」
ザックくんは決意を新たにしたようであるが……。
「奥さま、坊っちゃん。こちら辛さを抑えたピリ辛風味です」
料理長が特別に用意してくれたアレンジソースの唐揚げ。
「ん……これなら食べられるわ!」
「はい!美味しいです」
「ええ。そうだ……その、料理長。今度夕飯に辛いものも出して欲しいの」
「よろしいのですか?奥さま」
「ええ。私はこっちのピリ辛でいいから。リュヌさまには大好きなトウガラシハバネロたっぷりドロドロソースで」
「承知いたしました。夏バテにも効く辛さですので、これからの季節にピッタリですしね」
「そう言われてみれば……ピッタリだわ!」
今ですら暑さが吹っ飛んだ気がするもの。
料理長のピリ辛アレンジを楽しみつつかわいいザックくんと交流していたのだが。
「奥さま、大変です!」
エリンが呼びに来たのだ。
「どうしたの?」
「シルフィード公爵令嬢が押し掛けて来まして」
「え……っ」
この前パーティー会場を追い出されたと言うのに性懲りもなく押し掛けてくるなんて……!
※※※
戦々恐々とした雰囲気の中響く怒号。それでもロバートたちが何とか抑えているようだ。
「みんな!大丈夫!?」
私が到着すると、ロバートたちがホッと胸を撫で下ろす。
「奥さま、よくお越しくださいました」
ロバートが声をかけたのも束の間、キンキン声が耳を突き刺してくる。
「現れたわね、ツェリ!」
「その……アメリア・シルフィード公爵令嬢」
いきなり呼び捨てにされる筋合いはないのだけど。
「リュヌさまにチヤホヤされていい気になってるんじゃないわよ!」
「その……妻なんですから別にいいでしょう」
チヤホヤ……ってどの部分のことなのかしら?
「煩いわね!私は認めてないのよ!」
「妖精王陛下が認めていらっしゃいます」
それ以上の証明などあろうか?いや、ないであろう。
「いいから、離縁しなさいよ」
「は……?」
「そして私がリュヌさまの妻の座に座るの!妖精公爵の妻に妖精公爵令嬢!素晴らしい組み合わせじゃない?」
そりゃぁ文字の羅列だけならば。
「でもあなたはリュヌさまがデュラハンであることを受け入れていないでしょ」
「知らないわよ!頭さえくっつけてくだされば私は妖精公爵の夫人として社交界で輝ける!」
それしか考えていないとは実に浅はかすぎる。
「いい加減にしてよ」
「は?」
「誰があなたみたいなひとにリュヌさまを渡すものですか!リュヌさまは私の夫!あなたなんかに渡さない!」
「何ですって!?」
激昂したアメリアが向かってこようとした時だった。
ぶぁしゃぁぁんっ!!!
次の瞬間アメリアが真っ赤に染まった。
「奥さまには指1本触れさせねぇっ!」
「兄上、カッコいいです。ナハトリッター子爵家の名に恥じないデュラハンのお家芸です」
ひいいいぃっ!!?リックが例のトウガラシハバネロたっぷりドロドロソースをアメリアにぶっかけたのだ。そして常識人だと思っていたザックくんまで目を輝かせている!やはり彼も……立派なデュラハン遺伝子受け継いでるわね。
「けっほ……いた……あつ……っひいいいぃっ」
当のアメリアは苦しそうにむせており、急いで馬車に避難しようとしているが御者も乗せたくなさそうにしているが乗せないわけにはいかないのだろう。
アメリアは真っ赤なソースまみれになりながら退散していった。
『いえええぇいっ!』
いつの間にか集まっていたデュラハンたちが手を叩きながら爆笑している。
「……やれやれ。デュラハンの邸にカチコむということはこう言うことですものね」
ロバートはどこか遠い目をしていた。
※※※
晩餐の話題の種はやはり今日のアメリアの急襲である。
「今日は大変だったようだな、ツェリ」
「ええ。でもリックたちのお陰で何とかなったわ」
「ああ、聞いているよ。シルフィード公爵家にはこちらからも抗議しておこう。安心してくれ」
「ありがとう」
「うむ。それじゃぁ早速夕飯に……」
しかし出てきた料理にリュヌさまが驚く。
「好物を我慢したらいけないわよ」
「だが……」
「私も料理長が調節してくれたピリ辛のものをいただくの。暑い夏にもいいでしょう?」
「確かに……でもいいのか?」
「もちろん!私も気に入っちゃったもの」
「そうか……それなら遠慮なくいただこう」
「ええ」
ちょうどよく調節されたピリ辛の料理はとても美味しくて。激辛であろうリュヌさまの皿も瞬く間になくなっていた。
「海辺の街でも色んなものを食べましょうね。リュヌさまの好きな辛いものもよ?」
「分かった。できるだけ我慢しないようにするよ」
「うん!」
新たなリュヌさまの一面を知って、ますます旅行が楽しみになってきたわね。




