【4】これがデュラハンだから
――――ホールに響き渡った絶叫にパーティーホールがしんと静まり返る。
「ナメられたものだな」
その声は脇に抱えられた首から発せられる。
「これこそが俺。デュラハンだ」
「だ……だからって、首なんて外れていたら気持ち悪いじゃない!」
「それが何だ?それがデュラハンの妖精としての特徴だぞ」
「で……でもっ、社交界なのだし」
「妖精族の社交界は妖精独自の特色を最大限加味するものだ」
そうよね。王妃さまだって肌の乾燥を防ぐためにお色直しをするのだから。
「それにお前がいくらデュラハンを貶そうが関係ない。ツェリはこのままの俺を受け入れてくれる」
「もちろんよ」
少なくともデュラハンが首を脇に抱えているくらいで絶叫したりしないわ。
「そんな……何で、何でなのよぉ」
「ツェリはお前のように心が汚れていないんだ。当たり前だろ?」
「人間なんかよりも妖精族の方が妖精王子の妻として相応しいわ!」
「知るか。妖精王子だなんていつの話をしている。やっぱりお前は俺の王子だった肩書きにしか興味がなかったのだな」
「そ……そんなことないわよ!」
「なら何故俺がデュラハンであることを否定する?そのような女、こちらから願い下げだ」
「そんな……ひどい、ひどいわ!私は妖精公女なのに!人間の公女なんかよりも相応しいわ!」
「ではシルフィード公爵家は妖精王陛下が命じられた婚姻にケチをつけると?」
「え……?」
「だってそうだろう?俺とツェリの婚姻に横恋慕しようとしているのだから。シルフィード公爵!」
一際厳しいリュヌさまの声にアメリアに良く似た特徴の男性が慌てて駆けてくる。
「も……申し訳ありません!」
「その気持ちがあるならばとっととこの無礼な令嬢を連れ帰れ!」
「は……はい。アメリア、来なさい!」
「嫌……!まだ話は終わってないのよ!」
「いい加減にしなさい!下手したら陛下の不興を買うやもしれん!今日のところは帰るんだ!」
「嫌!イヤァァァァ!!」
未だごねるアメリアを公爵が無理矢理引っ張っていく。
最後までデュラハンを否定したこと、謝罪もなかったわね。
※※※
――――side:アメリア
何で何で何で!何でなのよ!
幼い頃。
「お父さま、わたし、妖精王子さまのお嫁さんになりたい!」
妖精王子に見初められた妖精のお姫さまの絵本。絵本を指差しながらお父さまを見上げれば。
「ああ、アメリアならきっとなれるよ」
お父さまの言葉を信じ自分を磨いてきた。
初めてのお城でのパーティーには2人の王子さまがいた。
「お父さま!私あの方のお嫁さんになりたいわ!」
陛下によく似た美しい妖精王子。
「すまない、アメリア。あの方は第1王子殿下。既に婚約者がいるからお嫁さんにはなれないんだよ」
「そんな……」
私の夢は?お父さまはなれるって言ったのに!
「じゃぁあっちの王子さまがいい!」
「第2王子殿下か。なら現在婚約者の選考の真っ最中だろう。早速アメリアを推薦してあかげよう」
「わぁい!」
これで私も妖精王子のお嫁さんになれるのね!
――――しかし結果は最悪だった。
「す……すまないな、アメリア」
「どうして……どうして私がお嫁さんじゃないの!?」
「その……年齢が離れすぎていると言うのと、
後は第2王子殿下が幼馴染みのフルール侯爵令嬢を選ばれたからだ」
「そんな……何で、何で私じゃないのよ!」
「王子殿下が選ばれたからとしか……」
「お父さまの……嘘つき!!」
私は3日三晩泣きわめいた。だけど結果は変わらず、フルール侯爵令嬢に身を引けと迫ったけどダメだった。私の方が家格は上だし美しいのに……何でなのよ!
「アメリア」
「何よ!お父さまの嘘つき!」
「その……王子殿下ならもうひとりいらっしゃるんだ」
「え……?」
お城のパーティーでは2人しか王子さまがいらっしゃらなかったのに……!
私ったらてっきり妖精王子のお嫁さんになれないんだと悲観してしまっていた。
「そのお方は第3王子でまだ婚約者がいらっしゃらない」
「なら私、そのお方の婚約者になるわ!」
「だがその方は妖精種がデュラハンで……」
「なるなるなる!絶対私がそのお方の婚約者になるのよ!」
お父さまはその時とても大事なことを言った気がするのだが、その時の私には高揚して耳に入っていなかった。
「お前がそう言うのなら婚約を打診してみよう」
「ええ!お父さま。絶対よ!」
私も妖精王子の婚約者になれるのだ!フルール侯爵令嬢をぎゃふんと言わせられる!
ウキウキしながら私は来る日も明くる日も待ち続けた。しかし第3王子殿下との婚約決定の報は来ることもなく。
「アメリア……第3王子殿下がご結婚されるそうだ」
「は……?」
その時、私の世界が、人生が崩れ去る音がした。
何で……何で何で何で!
国同士で決められた婚姻だからもう既に白紙にはできないのだとお父さまに言われた。
そんなの……そんなの嘘よ!
私が先にお嫁さんになるはずだったのに!
悔しかった。悔しくて悔しくて。
パーティーに出向きどんな女が妖精王子のお嫁さんの座を奪ったのか見てやった。
「は……はは」
何よ、あの地味な女は!
しかもあの不吉な黒い瞳!醜い!醜い醜い醜い!あんな女より私の方が何百倍も美しい!!
「あんな女に……」
私の夢を奪われてたまるものですか!
だから奪ってやったのよ。第3王子……いいえ、既に公爵となられたリュヌさまは簡単に私の魅力にメロメロになった。
いける……これならいける!私が妖精王子のお嫁さんになれる!奪い取れる!そう……思っていたのに。
珍しく素顔を見せられたリュヌさまにいつものように手を伸ばせば弾かれ拒絶された。
何で……何でよ。全部上手く行っていると思ったのに!
「私がリュヌさまの……妖精王子のお嫁さんになるのよ!」
「まだそんなことを言っているのか、アメリア!」
お父さまの怒号が響く。
「ひ……っ」
「来い!もう今日は帰るんだ!」
「何で……何でなのよぉ」
今まで何だって許してくれたお父さま。何だって買ってくれたお父さま。
――――妖精王子のお嫁さんの座だけはくれなかったお父さま。
「もうみんなみんな……だいっきらい!!」
※※※
――――side:ツェリ
嵐のようにアメリアが過ぎ去ったパーティー会場は元の空気を取り戻しつつある。
「ツェリ、嫌な思いをさせたな」
「そんなこと……それにちゃんと断ってくれたから大丈夫よ」
「ありがとうな、ツェリ」
にこり、と笑めばリュヌさまがかぽんと首をもとの位置に戻す。
「さすがに父上に挨拶に行く時はな。落ちても特に気にはしないだろうが」
さすがはデュラハンの父。そこはさらっと流してくれるらしい。
「リュヌ、今日は素顔を見られて嬉しいぞ」
「そうよ、あなたったら毎回全身鎧で来るんだもの」
苦笑する陛下と王妃さまもどこか微笑ましそうである。
「奥方ともようやっと打ち解けたように見えるぞ」
「あはは……お陰さまで」
「それにしても先程の騒ぎ。アメリア嬢にも困ったものだな」
やはり陛下の耳にも入っていたわね。
「お前と来たら毎回強引に断る間もなく連れていかれていたが」
「それはその……」
「分かっている。お前が全身鎧で参加している時点で何を訴えているのかくらい」
「父上……」
「だが、今日はよくやったな」
「はい……!ツェリのお陰です。ツェリがあるがままの俺を受け入れてくれたからです」
「そうか……ツェリよ」
「は……はい!」
陛下に名を呼ばれ自然と背筋が伸びる。
「リュヌは自身がデュラハンであることで他者を恐がらせないかよくびくびくしていた。だからこそ息子を受け入れてくれて感謝している」
「は……はい、もったいなきお言葉です!」
満足げな陛下とふわりと微笑する王妃さまに自然と緊張の肩の荷がおりた気がする。
そして王太子殿下夫妻からもついにリュヌさまが兜を脱いだと称賛されてしまった。
「少しバルコニーにでも出るか。注目を集めすぎると言うのもな」
「そうね。ちょっと夜風にでも当たりましょうか」
久方ぶりに兜を脱いだリュヌさまは瞬く間に社交界の話題になったようだ。夜会の喧騒から遠ざかり、リュヌさまは先程の王太子殿下とのやり取りを思い出しクスッと笑む。
「全く、大袈裟なんだから」
とはいえ長兄に褒められたリュヌさまはどこか嬉しそうである。
「でも、リュヌさまの色の宝石にも喜んでくださって……」
夫婦仲の良好さを感じ取ったのかとても嬉しそうにしていた。
「うん……そうだな。なら今度はツェリの瞳の色の宝石を身に付けてもいいかもしれないな」
「でも黒よ?祖国では珍しかったから不吉とか不気味とか言われてきたし」
鮮やかな色彩の貴族の中でこの瞳の色は異質だったのだ。
「それなら好都合だろ?」
「え?」
「まさにデュラハンの色だ」
「確かに伝承では黒尽くめに描かれたりするわね」
「だろう?不気味だの不吉だの言われるのはデュラハンにとっては好都合。威嚇にもなるからな」
「そう言う考え方もあるのね」
「だからこの瞳で悪い虫が付かないように威嚇もできるな」
「そ……そう?」
「ああ。しかもデュラハンの色だぞ?まるで俺の色を映してくれてるみたいだ」
「そう思うとこの瞳の色も悪くないかも」
「だろ?」
2人でにこやかに微笑み合う。
「俺の一番好きな色だ、ツェリ」
「う……うん」
「ツェリが妻になってくれて本当に良かった」
「わ……私の方こそっ」
「ありがとうな」
「その……っ、それは私の台詞よ」
「ふふっ、嬉しいな」
「私もだわ」
ここに確かにあると感じる幸福。初夏とは言え夏の夜はひんやりすると言うのにどこかぽかぽかする。
「ツェリ」
「う……うん」
リュヌさまの掌の熱が頬に触れる。
「今日は最高の日だ」
そしてゆっくりと唇が触れ合う。ゆっくりと名残惜しげに唇が離れれば、リュヌさまの瞳をまっすぐに見つめ頬の紅潮を覚えていることに気が付く。
リュヌさまと出会ったお陰で自分自身も好きになれるなんて。
今夜は今までの夜会の中で最高のひとときだった。
※※※
――――初夏の陽光を浴びながら小鳥の囀りが聴こえる。
昨晩の頬の熱は未だ覚めやらない。ついつい唇に手を持っていく。
「ツェリ?」
気が付けばリュヌさまが自身の頭を身体に引き寄せ不思議そうにこちらを見ていた。
「顔が赤いが……熱か?」
「いやその……そう言うわけじゃ……平気だから!」
「それならいいが……無理はするんじゃないぞ」
「え……ええ」
平常心、平常心。リュヌさまだってそうじゃないか。いや……その、リュヌさまは気にしていないのかしら、昨日のこと。
聞きたい気持ちもあれど、勇気が出ない。ひとりだけ舞い上がっているだけだったらどうしようと思ってしまうのだ。
「もう少し季節が進んだら社交界も少し落ち着くだろう」
「そ……そうね」
初夏や秋も盛り上がるとはいえさすがに暑い夏は避暑地で過ごす貴族も多い。
「今度は2人で予定を立てて旅行に行きたいな」
「旅行……夏だし海とか?」
「う……海」
あれ……?何だか顔色が良くない?
「海は嫌?」
「その……遠目で見るのはいいが、入るのはちょっと」
「泳ぐのが苦手なの?私は気にしないけど」
「それは何よりだがこれはデュラハン的な問題だ」
「それって……」
「デュラハンは水が苦手なんだ」
「そうだったの。ごめんなさい」
「いや、いいんだ。セイレーンから生まれたのに全くカッコ悪いな。だけど……遠目で見るのは好きだ」
「それは……」
「母上を連想させるからかな」
「なら海の見える街で過ごすのはどう?海水浴やビーチじゃなくても私は大丈夫よ」
「そ……そうか!それならいい景勝地がある。母上もお気に入りの水の都ラクリメだ」
「わぁ……楽しそうね。それじゃぁ夏はそこに……」
「ああ。俺も早速予定を詰めてみるよ」
「ええ!」
今度はおひとり様旅行ではなくて夫婦での旅行。今からでも暑い夏が楽しみだわ。




