【10】人間の国の建国祭
――――新婚旅行から帰ってきてから数日。季節は秋の風を運んできた。
「これ……祖国からの便りだわ」
「人間の国か」
「ええ。もうすぐ建国祭があるのよ。それに私も出席するようにと」
「うーん……俺たちの結婚も両国の友好のためのものだ。出席も仕方がないか。だが何か懸念があるのか?」
「懸念と言えば人間の国の姫君ね。その……言いにくいんだけど彼女」
「ああ……何となく分かったよ。俺との結婚を嫌がった姫か」
「……そうね」
リュヌさまのことを呪われているからと嫌がった。リュヌさまはこんなに素敵な方なのに。
そもそも彼女の他者の外見しか見ず我が儘を通す言動。それは今に始まったことではない。
※※※
――――人間の国の国の姫君ミシェル・クラウン。姫君と呼ぶのも躊躇ってしまう彼女は顔だけは美しいが中身は醜悪な女だ。
私が異変に気が付いた頃にはもう手遅れだった。
「すまないな、ツェリ。もうミシェルじゃないとダメなんだ」
当時の婚約者はミシェルの腰を抱きながらそう言った。
「ミシェルと私は身体の相性まで抜群だ」
「やだ、もう。ジャックったら」
そんな話、聞きたくない。
「もうミシェルじゃなきゃ満足できないんだ」
「んもぅっ、正直ね」
そんな爛れた関係を聞かされるために私はここにいるの?
一国の王女でありながら公爵令嬢の婚約者に手を出した。ジャックは顔だけは良かったから。
「そう言うわけだからツェリ、ジャックさまは私にちょうだい」
そんなこと言ったって、そんなの私にはどうしようもない。もうとっくにあなたが寝取ったのでしょう?
「お父さまだってきっと認めてくださるわ!私たちのこと。お父さまだって私を恐ろしいと噂の妖精王子に嫁がせたくないもの」
そんな理由で私の婚約者を寝取ったの?自分が嫁ぎたくないから?面食いだから?
「だから妖精の国にはあなたが嫁ぐのよ」
「ああ、ミシェルは何て賢いんだ。私が公爵位を継いだらお前は公爵夫人だ」
公爵位を継ぐって……ジャック、あなた私の家の公爵位を継ぐつもり?
私と結婚しないのに?
「やだっ!素敵ね。私もジャックと結婚して公爵夫人になる!お父さまもきっと認めてくださるわ!」
そんな馬鹿な。しかしながら下された判決は非情なものだった。
「ツェリ・ファータ公爵令嬢、妖精の国の妖精王子リュヌ殿下に嫁ぎなさい」
「そんな……」
「妖精の国には無理を言って変更してもらったのだ。もう後戻りもすげ替えもできん」
「え……」
「もうそなたが嫁ぐしかないのだ」
そんな、陛下。ミシェルの不貞を盾に私には妖精の国に嫁げと?ミシェルの尻拭いのために。
こうして私は妖精の国に嫁いだのだ。
※※※
「……り、ツェリ?」
「リュヌさま」
「考え事をしていたようだが大丈夫か?」
「ごめんなさい……人間の国でのこと、思い出してたの」
「辛かったのか」
「そう……ね。でも結果的にリュヌさまに出会えたの。だから私、幸せよ」
「ツェリ……大丈夫だ、俺がついている。それに建国祭には二番目のローランド兄上とアンジェ義姉上も同行するはずだ。だから何があっても守ってみせる」
「リュヌさま……!ありがとう……ありがとう……」
その抱擁が、腕の中が私を安心させてくれる。いつの間にかリュヌさまは私にとって掛け替えのない存在になっている。
※※※
――――久々の人間の国。当然のことながら周りが人間ばかりで逆に妙な感じだ。
「聞いたわよ、人間の国でのこと」
「アンジェお義姉さま」
「大丈夫よ、私たちがついてるもの。エリンも一緒だものね」
「ええ」
私の世話役としてエリンも同行してくれているから心強い。それに……。
「ツェリ夫人とは初めて会うな。リュヌの2番目の兄であるローランドだ」
「ローランドさま」
シルバーブロンドにマリンブルーの瞳の青年こそローランド・ブルーム公爵である。
「そのような他人行儀に呼ぶ必要はない。ローお義兄さまでいいぞ」
「えと……その」
いきなり砕けすぎにはならないだろうか?
「アンジェだけお義姉さま呼びなんて悲しいじゃないか」
「それはその……じゃぁ、ええと。ローお義兄さま」
「ああ、いいね。リュヌなんてロー兄上としか呼んでくれないんだ。昔はローお兄さまとかわいらしく呼んでくれたのに」
「いつの話をしているんですか、ロー兄上」
「ほらこのとおり」
そんな息の合ったやり取りに思わず苦笑してしまう。
「だから君も……ツェリちゃんでいいかな」
「ええと……その、構いませんが」
ツェリ……ちゃん?
「ああ。君はいつまでもかわいらしくローお義兄さまと呼んでくれたまえよ」
「は……はい!」
それはその、光栄なことでもあるのだが。
「もう、ローったら。ツェリの一番は私なのよ?」
アンジェお義姉さまがしれっと腕を絡めてくる。
「馴れ馴れしくてキモかったらいつでも私に言ってちょうだいね。やめさせるから」
「そ……そんなことは……っ!むしろ光栄と言うか、何と言うか」
「まぁ……!それなら良かったわ」
にこり、とお義姉さまが微笑む。
「ふぅ……それにしてもこちらはなかなか乾くな」
「季節柄もあるのでしょう。無理はされないでくださいよ、ロー兄上」
「お前こそだぞ、リュヌ」
「俺はたまに首が外れるだけです」
「はっはっは。それもそうだった。しかしいたずらに外れれば人間たちを驚かさせてしまうぞ」
「できるだけ注意しますよ。できるだけ」
できるだけ……ってリュヌさまったら。
「しかし本当はルーク兄上が来る予定だったのだがな」
「義姉上の臨月ですから」
そうなのだ。王太子夫妻が参加できなかったのはそれが理由。
「ま、そうさな」
「そうです。ルーク兄上だけ連れてくるわけにもいかないのですから」
そう、王太子殿下だけでも参加と言うのは出来たのだが。王太子妃殿下のためにと弟の元王子2人が参加することで帳尻を合わせた。この2人も王族の直系であることには変わりないもの。
「しかし人間の国のパーティーか。一応我らの妖精事情は鑑みてくれるようだ」
ローお義兄さまが告げる。
「ええまぁ、国賓として招いているわけですからね。俺の首が外れたとしてもセーフです」
「私の乾燥もな。アンジェは大丈夫か?」
「私は昼間に光合成ができれば夜は平気ですわ」
「今日は天気も良いし得したな。私は乾くが」
「まぁ大変。ミストをどうぞ」
アンジェお義姉さまがローお義兄さまにミストをかけてあげている。何だかいいなぁ、夫婦で助け合っていると言う感じで。
「ツェリは大丈夫か?」
「ええ。私は人間だから」
「その、そう言うのよりも……心情的な面でだ」
「ええと……それは」
不安がないわけではない。
「リュヌさまが一緒だから」
ぎゅっとリュヌさまの腕に抱き付けばもう片方の腕でなでなでと頭を撫でられる。
「ツェリ」
「リュヌさま」
「俺がついている」
「ええ!」
緊張しながらも祖国の城へと足を踏み入れる。妖精の国からの参加を告げられればローお義兄さまとアンジェお義姉さまに続いて私たちも入場だ。
周囲の視線は美しいセイレーンのローお義兄さまとドリュアスアンジェのお義姉さまに向いているらしい。
2人とも絵になる美男美女夫婦だからかすごい人気である。
「ああ言うのはロー兄上の方が得意だからな」
「リュヌさまはいいの?」
「ツェリとこうしていられるのならそれもいい」
「もう、リュヌさまったら」
クスクスと苦笑していれば、その場に不釣り合いな声が響く。
「見付けたわよ、ツェリ・ファータ公爵令嬢!」
いや……私、もう結婚してツェリ・アートルムになったのですけど……?




