【1】ひとり旅と生首
――――この世界には妖精族の治める妖精の国と人間の国がある。人間の国は両国の親善ために姫を妖精王子に嫁がせようとしたが、この姫は嫌がった。
『だって聞いたのよ!その妖精王子、呪われてるって!』
本当に呪われているかどうかは分からないけど。
「だからって代わりに私が嫁ぐだなんて」
祖国にいた頃はツェリ・ファータ公爵令嬢だった私。薄い茶髪にここいらでは珍しい黒い瞳。王家の親戚とはいえ姫君とは雲泥の差の平凡顔。
「旦那さまが冷遇したとしても仕方がないわよね」
妖精王の末王子に嫁いできたのは姫ではなく公女だったのだから。
「奥さま、旦那さまが帰還なされます」
「はーい、今行くわ」
妖精族のメイド・エリンに呼ばれて玄関に急ぐ。私の出迎えなんて旦那さまが望んでいるかは分からない。
出迎えのために玄関で待っていれば全身漆黒の鎧に身を包み素顔すら見せない旦那さまが帰ってきた。職業は近衛騎士なのだが、魔物討伐に赴くことが多いそうで鎧のことも多いそうなのだが。
しかし邸でも兜を脱がないとは。
「お帰りなさいませ」
私が告げれば使用人たちも一様に『お帰りなさいませ』と告げるものの、今晩も今晩で会釈もひと言すらない。
「本日もお仕事お疲れさまでした」
「……」
やはり不満は尽きないのだろうか。
私と結婚したことで臣籍に下り今ではアートルム公爵となったリュヌさま。
婚礼の儀ですらその素顔を見せたことがない。その黒一色の全身鎧は不気味さも相成って呪われているとか言われる原因にもなっているのだが。
「あの……食事は」
問いかけに答えることなく旦那さまはそそくさと去ってしまわれる。またひとりで取れと言うことか。
「……」
やっぱり本物の王女ではないから?顔が平凡だから……?この……瞳のせい?
真偽は分からないがそう言うことなんだろう。
※※※
――――人間の国にいた頃。
よく嘲笑の的にされた。
「見て、あの瞳。黒よ」
「ファータ公爵令嬢の瞳の色が黒だって本当だったのね」
舞踏会に出ればみなこぞってこの瞳を揶揄してくる。
「不吉よね」
「不気味だわ」
黒い瞳ってだけでどうしてそんな風に言われなければならないの?
お父さまは気にしなくて言いと言ってくださった。東国の血を引くお母さまゆずりのきれいな瞳だと。
だけど周囲の心ない噂話が私の心を蝕んでいく。
「ねぇ、そう言えば聞いた?」
「なぁに?」
「デュラハンって言う呪われた妖精がいるんですって」
デュラハン……?その妖精のことは知っているが彼らは別に呪われている訳じゃないはずだ。
「黒尽くめの鎧で自分の首を脇に抱え黒い首なし馬に股がった首なし騎士」
「やだ……不吉だわ」
「不気味よね、馬まで黒尽くめよ?」
本当にどうして……?黒と言うだけでどうしてこうまで不気味と囁かれなければならないのだろう。
デュラハンも何一つ悪いことをしていないのに。だけどこの珍しい黒い瞳との共通点を見つけた。
いつか出会えたら彼らはこの瞳をどう言うだろう?
彼らの黒と同じ色。
ならば私を否定しないでくれるだろうか……?
※※※
――――ずいぶんと昔の記憶を思い出してしまった。
カタカタと轍を踏む馬車の車輪の音に目を覚ます。
目の前には漆黒の鎧で微動だにしない旦那さま。
「もうすぐ……城ですね」
「……」
やはり無言か。
漆黒の鎧に身を包んでいる彼はこの瞳をどう思っているのだろうか。ついつい気になってしまう。
しかし人間の国から嫁いだとはいえ貴族は貴族。貴族夫人として社交の場に出ることも重要だ。
「奥さま、どうぞお手を」
「ありがとう」
御者に手を取ってもらい、暫くすれば馬車の中でカチャカチャ音がして旦那さまが降りてきた。
馬車の中で何かをしていたのかしら……?順当に考えて鎧の調整かしらね……?
「その行きましょうか」
「……」
ドレスアップにも無言でエスコートするあたり、興味もなさそうね。だが女性に興味がないわけでもないのだろう。
「リュヌさま!」
隣に私がいるのに平然と駆け寄ってきたのは妖精族の美女アメリア・シルフィード公爵令嬢だ。
「お待ちしておりましたわ!」
確か妖精種は……シルフだったわね。金髪にエメラルドグリーンの瞳、尖った耳、典型的な妖精の羽根。
「うふふ、わたくしと回りませんこと?」
そう旦那さまの腕を取れば勝ち誇ったように旦那さまを連れ立っていく。
「ふふふっ、リュヌさまと一緒に回れるなんて嬉しいですわ」
旦那さまの王子時代から狙っていたと言う噂はあながち嘘じゃない上に、未だに伴侶の座に座れると思っているのだろうか。
「……今日もひとりきりか」
これじゃぁ何のために嫁いだのか。いいえ、これで両国が友好を築いているのなら意味のある婚姻なのだろうが。
「私はおひとりさまを楽しむもの。別にいいですよーだ」
そんな呟きはワインの余韻と共に夜会の喧騒さに掻き消され夜空に熔けていく。
※※※
今日の夜会もおひとりさまを貫いてしまった。
「結局今日も何も言えないまま」
シルフィード公爵令嬢の行為には本当に息がつまる。あそこで旦那さまを引き留める度胸すらないのだ。
「ふぅ……何か息抜きがしたいわ」
ぽすんと身体をベッドに沈めながら考えを巡らせる。
「そうだ……旅行にでも行こうかしら」
家令のロバートづてに聞いた限りでは予算内ならば私がどうすごそうと自由……と言うスタンスらしい。国命で結婚した以上おいそれと離婚もできない。ならば好きに過ごしてなんぼだろう。
早速夫人用の寝室にメイドのエリンを呼ぶ。
「ねぇ、旅行に行きたいのよ。1週間ほどひとひで。華美な旅じゃなくていいのよ。王都周辺の景勝地でほどよい場所はないかしら」
「それでしたら妖精の丘はいかがでしょう。貴婦人にも人気の景勝地ですわ」
「そう、ならそこでお願い」
「畏まりました」
エリンが早速手配に向かってくれる。ひとり旅だし旦那さまの予定は関係ないはずだ。
私も荷物の整理をしておこうかしら。
「そんなに多くなくてもいいわね」
スーツケースに入れる服を幾つかピックアップしておこう。
※※※
アートルム公爵家の黒塗りの馬車は独特な雰囲気を醸し出しているものの、乗り心地は快適である。
「それにしても景勝地とだけあっていい景色だわ」
馬車の小窓からはまるでパッチワークのような丘が描かれている。
「さて……宿についたら早速荷物の整理ね」
案内された部屋は景色も一望できる特等席のような圧巻。
「ここならリフレッシュできそうだわ!」
久々に楽しめそうね。
何なら外のテラスでお茶にしてもいい。
「ええとお茶のセットは……あれ?」
その時妙なことに気が付く。見慣れない鞄があったのだ。エリンが間違ってここに持って来てしまったのだろうか?
ひとり旅とはいえ公爵夫人。エリンたちお付きのメイドや騎士は従者用の部屋に泊まっているから。
ゴソ。
ん?しかもこの鞄、今動かなかったか?
「……」
何か動物が紛れ込んでしまったのかしら?そーっと鞄に近付き、ファスナーを開いた。
「……」
絶句した。目が合ったのだ。まるで紫の炎のような瞳。髪は黒髪で顔だちも相当整っている。
問題は……身体がなく頭だけだってこと。つまりは生首だ。
「剥製……よね?」
そっと目に触れようと指を伸ばせば。
シュッと瞼が閉じた。
「い、生きてる!?」
「あ、当たり前だ!目潰しでもする気か!」
その瞬間カッと眼に炎が灯る。
「……あ……えと……すまない」
しかし思いの外すぐに鎮火してしまう。
「あの……あなた」
「俺のことは……気にするな」
「気にするなって言ったって、女性の部屋に潜入する男性の生首なんてろくなものじゃないわよ」
女の生首だったらいいとかそう言う問題でもないけれど。
「その……でも」
「な……何だ」
「あなた……リュヌさまよね」
「……」
生首がぽかんと口を開けている。
「そ……そんなわけないだろう!何を言っている!」
「いや……でも声が」
「え……」
「婚礼の儀の時に誓いを述べた声だわ」
兜ごしだったとはいえどうしてか分かる。
「……」
「リュヌさまですよね?」
「……だから違うと」
「違うと言うのなら不法侵入生首としてさらします」
「や、やめんかっ!生首さらすとか恐ろしい!!」
生首なのにさらされるのは嫌なの……?
「じゃぁリュヌさまで間違いないと言うことですよね?」
「……分かった、認める」
「でもどうして鞄に……しかも生首が?」
「お前が……ひとりで旅行になど行くと言うから……勘繰るだろう、男として」
「ええ……」
「何だその微妙な顔は」
「昨日だってシルフィード公爵令嬢といい感じだったじゃない。それなのに私は疑う気?」
「いい感じなわけあるか!」
「じゃぁ何で断らなかったのよ」
「だって強引に腕を引っ張られたら……」
断れないってこと?何せずっと無口だったんだもの。もっと硬派だと思っていた。でも今は……饒舌と言わんばかりにしゃべっている。
「その……部屋のドアを開けてくれないか」
「え?」
その瞬間コンコンとドアがノックされる。
「誰かしら」
「……俺だ」
「いや、あなた今ここにいるじゃない」
「今いるのは首だけだ!その、外にいるのは俺の身体の方だ」
「……はい?」
意味が分からない……が、身体は身体で行動できると言うこと?
「いいから鍵を開けてくれ」
「わ……分かったわよ」
恐る恐る部屋のドアを開けば……そこにはいつもの黒鎧が立っていた。しかも今日は兜がない。兜を脇に抱えている。
「その……あなた」
生首を見下ろす。
「デュラハン?」
こんな特殊な体質を持つ妖精なんて一種類しか思い浮かばない。
「……そうだ」
生首が静かに頷いた。




