神の宣告.3
「報酬の査定でも終わったのかい?」
「分かるのか?」
俺の問いに十六夜はクスリと笑う。低ポリの表情差分を見分けるその目は流石の医者と言ったところか。ドットの細かな違いまで見ていると思われた。
「そんなに自由になりたいなんて不思議な子だ。案外自由とは窮屈なものだよ」
彼女の哲学的問いに俺は思案したが、上手い返しを思いつかず、
「発言自体が矛盾しているな」
とそのまま返すことしかできなかった。
───しかし彼女の言う通り、自由になることが良いことだと思ったのは一体いつからだろう。
俺は大切な何かを忘れているような気がしてならない。
「自由の価値を計り損ねているようだね」
「……信じがたいが、どうやらそうらしい。俺には目的がある、きっとそれ自体が大切なんだ」
「停滞を恐れているのかい?」
「かも知れん。……監獄の中は息苦しい。何もかもが停まっているんだ。ずっと。……まるで世界に限りなく無視されているみたいでな」
「20年以上そこにいるんだろ?それが普通だとは思わないのかい?」
「日常のデータは殆どが、キャッシュされるんだぞ。大事な記憶は残っていても、どうでもいい記憶は本当に頭の中から消えてしまう。だから濃密な三年ぐらいを過ごしているような感覚で監獄にいるんだ」
つい先週一緒に酒を飲んだ、という話を囚人同士でしても、それが実は一年以上前のことだったりする。俺たちの人生は静かに消し飛んでいるのだ。俺はそれが怖かった。
何かをし続けている、その実感だけが加速し続ける世界で、俺に時間を与えてくれるのだ。その時間は安心であり、恐怖から逃れるための現実逃避でもあった。
「だから俺は……自由になるという目標を見失うワケにはいかないんだ。見失えば、俺はもう完全に世界から消えてしまう」
「……君の業は誰にでもよくある話だ。だけど、記憶が完全に消えるという点では、後悔すらできないのは、他とは違う点だ。恐ろしいものだね、後悔できないというのは」
「アンタも犯罪者になったらわかる」
「ごめん被るよ。流石に私も自分のボクセルアートは見たくない」
豊満な胸を撫でおろしながら、「コレがぺったんこになるのだろう?」と彼女は笑う。
「酷い言われようだな」
「差し支えなければ、どんな犯罪をしでかしたのか、興味本位で訊いてもいいかな」
「ああ。俺は《誕生罪》で生まれた時からこの監獄にいる」
そう言うと彼女の瞳の奥に、興味の色が光ったのが分かった。
人の不幸に興味津々なんて悪い医者だ。
「へぇー……《誕生罪》か。まさか本当に存在していたなんてね」
一般人はそもそも低ポリと関わりを持たないから、当然と言えば当然だ。
「知らないのも無理はない。だいたいすぐに誕生罪は右も左も分からないまま特別任務に駆り出されて、小型バグに食われて消滅するからな」
誕生罪、それは母親のデータから生まれてくる子供のうち、余分に生まれてしまった子データに付与されるものだ。三人までしか産んではいけないというルールがあるのに、それ以上産むと誕生罪が適応される。
理由は単純明快、子データが増えればサーバーが成長する以上に人口が増えて、サーバーに負荷がかかるからだ。
サーバーは俺たちにとっての世界であり、秩序が必要な国だ。
当然そこで人口爆発などという、イレギュラーを認めることはできない。それゆえに余分なデータはある程度歳をとると、中ポリゴンから低ポリゴンに解像度を落とされ監獄に入れられる。理不尽だが、こればかりは産んだ親を怨む他ない。
消えることを前提に設計された人間、それが俺だった。
それでもしぶとく生き残っているのは、もはや執念だといっていい。サーバーも想定外だろう。今もこうして給料を受け取り、生存の糧を手に入れているなんて。だから毎日申し訳ないと思いながら生きている。そしてそんなナーバスな気持ちとは裏腹に、きっと今回は中型も倒せたから大きな額面になっているだろうという、喜ぶ気持ちもあった。
「報酬を確認しても良いか?」
「ん……ああ」
わくわくしながら網膜に投影されたハンバーガーリストからメールボックスを選択する。
慣れた手つきで未読のメールを表示させ、給料明細の確認を行おうとしたところで……その半透明なUIの向こう側に映る十六夜女医の顔が曇っているのが見えた。
「なんでアンタが落ち込むんだよ」
「私の使命は患者の命を救うことだ。……だからかな、その命がぞんざいに扱われる様を見るのは、少し堪えるようだ」
ふぅー、とタバコの煙を天上に向けて吹く十六夜。
彼女が背負う業はここにはない。憐れに思われる筋合いもなかった。
「よせよ。社会のシステムに文句を言っても仕方がない。世界を変えようとするな、自分を変えろ。よくそう言うだろ?我儘を言っちゃあダメだ」
そう言いながら俺は、メールボックスにある件名を確認する。
件名:【重要】特別任務 査定完了のお知らせ
執行者 U+2620 様
特別任務を遂行していただきありがとうございます。
下記内容をご確認ください。
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■ 特別任務 査定完了のお知らせ
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特別任務の査定が完了いたしました。
査定内容は下記の通りです。
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討伐数: 小型×4 中型×3 大型×0 特殊型×1
獲得ポイント: 合計119点
(※内訳:小型×1点 中型×5点 特殊型×100点)
支給方法:【報酬:4,000,000KB】または【刑期:-5年】を選択可能
※このメールは送信専用です。返信いただいてもお答えできませんのでご了承ください。
「減刑五年だと……!?」
通知された数字が嘘じゃないか点の目を擦る。
通知ウィンドウにも何かのバグが起きている可能性があるからだ。
「それは……凄いのかい?」
メールを見て喜ぶ俺を見て、十六夜は不思議そうに訊いてきた。
「凄いぞ。普通は一ヵ月とか三か月の減刑で、一年刑期を減らすのに何度も特別任務に出る必要があるところを、一度に五年も減刑か……とんでもないボーナスが出たもんだ」
「データ量では支払われないのかい?」
十六夜にそう訊かれて、一応4,000,000KBという選択肢もあることを伝えた。
「400万KBということはつまり3.8GBだね。君にとっては大金じゃないか。そっちにしたまえよ」
「金は持っていたところで使い道がないからな。普段の刑務作業でも少量ではあるが、金銭は発生するんだ。それで娯楽費は足りている」
「無欲なんだねぇ、君は。だけど少しだけ、報酬を選択するのは待ってくれないかい」
「なぜ?」
俺の問いに十六夜が答える前に、サーバー全体に関する無機質なアナウンスが監獄の外から聞こえてきた。
今日も2話投稿です。
後書きは書いたり書かなかったりする自由帳にする予定です。
今日はプチ設定書きます。
【十六夜女医についてのコーナー】
十六夜冴子はルーズに白衣を着崩していますが、その白衣は少し黄ばんでいたり、ボタンが外れていたりします。こういう大人の女性が不潔であることは素晴らしい、というのを不潔美というらしいですよ。昔の偉い人は不潔な女性が良いって知っていたみたいですね。昔の人は凄いや。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




