神の宣告.2
───数分後。
スキャンが終わったのか、彼女は溜息をつく。
「よくない結果だったのか?」
「見ればわかるよ」
彼女は机に置いてあるプリンターに信号を飛ばすと、ピーガガッ、という古い電子音と共にプリンターから俺の内部データが、写真として出てくる。
さらに彼女は別のファイルから、写真を取り出すと並べて俺に提示した。
「まずこれが一般人の血管だね」
フォン、という音と共に写真から映像が浮かび上がる。血液が全身を綺麗な水流のように巡っているのが分かった。
「それで君の血管がこれ」
フォン、と再び浮かびあがった別の写真からは、黒いタールのようなドロドロに凝縮された血液が流れていた。
「君、ほぼ毎日筋トレしてるだろう。こんなにドス黒い、血液は初めてみたよ。際限なくファイルに圧縮データを送るなんて、何がしたいのかさっぱり分からないよ?ZIP爆弾にでもなる気かい?」
「ZIP爆弾……」
ZIP爆弾というのは、高圧縮ファイル爆弾の通称である。
読み込んだ瞬間にシステムをクラッシュさせたり、使用不可にさせたりする、悪意のある圧縮ファイルのことを指す。
10年以上筋トレを続けてきたばかりに、俺の体はそういう類の存在になってしまっていたようだった。
「1GBのファイルの中に、数ペタバイトの「座標ログ」が無理やり詰め込まれてるから、君の人体は今、所々にこの事象の地平面《ブラックホール》が出来ている状態に陥っている。私のスキャンも吸い込んで歪めてしまうような、そんな状態にね」
深刻な話を彼女はしているようだったが、俺は話について行けてなかった。
「ペタバイト……ってなんだ?」
「……いい、よく聞きなよ、ムッツリ君」
十六夜が身を乗り出す。はだけた白衣からこぼれ落ちそうな肉感的なラインが、俺の眼前に迫る。
彼女の唇が耳元に触れるか触れないかの距離で止まり、湿った吐息が俺のボクセルの耳に熱を伝えた。
「1ペタバイトは1ギガバイトの100万倍だ。つまり君の圧縮し続けたデータは、君の想像もできないほど遥かに膨大なデータになっていて、君の体に内包されているというわけだ。一体何でこんな無駄なことをしたのか、まるで理解できないけれども、そう言うことになる。つまり君は───」
《マニアックな無駄データの収集癖オタクくんだ》、と。
彼女は俺をそう呼んだ。もちろん不服であり、異議申し立ては迅速に行った。
「俺の他にも筋トレが趣味な囚人は多いぞ。俺だけがそんな風になっているとは考えられん」
「君の圧縮率は異次元だ。普通はこんなに圧縮しようと思っても、不可能だからね。だからきっと筋トレのやり方が他とは違うんだろう。実に興味深い結果だよ」
そう言われても、ピンとこなかった。
筋肉に向き合っている間に誰かを見るなどしない。
筋肉を見ているからだ。
「あと気になったのは、このウニの針みたいにとげとげしている|幾何学的なライン《ベクトル線》についてだね。これも、静止しているように見えて、常に超高速で嵐のように回転している。恐らくこれは《ベクトル化された検索インデックス》とみて間違いない」
「《ベクトル化された検索インデックス》……さっきから謎の専門用語ばかりだな?」
俺の脳みそが理解を拒んでいた。
医者ならもっとわかりやすい言葉で要約して欲しい。
「外部からの刺激に対して、瞬時に最適な「解」を黒い塊から引きずり出すための、超高速の検索システムと言えば良いかな」
体の中にインターネットが出来てる……みたいなことだろうか。
いや、さっぱり分からない。
百歩譲って体の中に検索エンジンが入っている、ということは飲み込もう。体がインターネットになっちゃった。という無理やりな理解で何とか飲み込めた。
しかし圧縮しているデータを引きずりだすというのはもっと意味が分からなかった。
圧縮ファイルは情報を段ボールに詰めているようなものだ。
箱を開けずに情報を抜き出すようなことはできない。
ビットもそう言っていたから、筋トレなんて無駄なことは止めろと再三にわたり俺に忠告してくれていたのだから。しかし彼女の話について行くには、その前提すらも越えて「圧縮データを無理やり圧縮データのまま利用する」という方向で考えなければならないようだった。そんなことができるのかは不明だが。
「えーと……じゃあ圧縮データを仮に圧縮データのまま利用することができたとして、その状態じゃ使えないよな?」
「ああ。だから圧縮データの断片的な情報から、間を演算して補間する必要がある」
「なる……ほど?」
仮に1+x=3、っていう式があったとしたらx=2、を頭の中で計算して導き出すってことか?
それを圧縮されたデータの数だけ、俺は体の中で行っている……ということなのか?
「それは……知恵熱で俺の頭が爆散したりしないのか?」
悪いが、おつむのデキはよろしくない。単純な計算は出来ても、難しい計算となればまるで無理だ。そんな俺の体内で物凄い数の演算が行われているなんて俄かには信じがたい。
「そう、そしてそんなことをしたら、本来なら脳が焼き切れるほどの演算熱が出ることになってしまう……。でも面白いかな、そこで君が先日取り込んだ異物が奇妙な役目を担っているんだな。見たまえ」
彼女に俺に見せたのは、体内を別のフィルターを通して取った写真だった。
そこには俺の体内にある圧縮データに向けて、赤いノイズが走っているのが見えた。赤いノイズは触手のように俺の体全体に侵食しようとして、各所で黒い塊と繋がり、曼荼羅模様を形成している。
「なんかヤバくないか」
写真を見て、自分の身に起きている事態に言いようのない悪寒がしてくる。
「ああ。本来であればかなりマズい状況だったのは確かだね。君が《特殊バグ》から浴びた大量の血液には《全てのデータを食い尽くして内側から消滅させるウイルス》が大量に仕込まれていた。普通なら、低ポリの君が巻き込まれて助かる可能性は、那由多彼方にまで消えたと言っても過言ではなかった」
「どういうことだ……?」
「言っただろう? 君の黒い塊は爆弾だ。不用意に触れれば、起爆して壊れてしまう」
「まさか……」
「ああ、バグにしてみれば、ウイルスを体内に侵入させたところまでは良かった。だけど、内側を壊そうとしてファイルを参照したら、中身がなんとZIP爆弾だった。───どんな悪運なのか、ウイルスは君の爆弾に触れて自爆。見事に破壊されてしまった、ということさ」
「知らないところで自滅していたのか」
「そう言うことだね。そしてバグは『参照する→破壊する』という特性を失い、『参照する』というフレームだけを残して形骸化しまったようだよ」
南無さん、と手を合わせる十六夜。
「しかもこのウイルスは元々高速演算で体内を破壊するタイプのモノだから、君の膨大なデータにも対応できる。君の高ポリゴン化はこの奇妙な共存によって発生したものと考えて良いだろうね」
彼女は説明を終えるとプカー、とタバコの煙を浮かべた。
俺はというと彼女の話を聴きながらそこに着地するのか、と唖然としていた。てっきり病気の診断をされて治療薬を渡されるのだとばかり思っていたからだ。まさかあの凄く調子のいい状態がウイルスに侵されてのものだったとは……。
「あの一瞬しかスキャンしていないのに、そんなことまで分かったのか」
「並列思考で複数の仕事を同時にこなしているからね。疲労はその分かさむが、こういう状況をすぐに分析したい時には便利だろう?低ポリゴンの今の君では、このシステムを載せるのは難しいが……高ポリゴンを維持できるようになったら、積んでみるといい」
彼女はそう言って、俺にも分かるように左手で俺の似顔絵を、右手で自身の顔を紙の上に描いて見せた。
「どっちがいい?」
並べられた似顔絵はどちらも似ていたから、俺は彼女の顔が掛かれた紙を受け取った。
「俺の絵は誰でもかけるからな。……こっちを受け取っておく」
「じゃあ私は君の似顔絵を持っておこう」
彼女はタバコの入っている白衣の胸ポケットに仕舞うと、薄く微笑んだ。
直後。
俺の視界端に新しい通知が入った。
件名は【前回の特別任務査定の結果につきまして】。
どうやら前回に出動した特別任務の査定が終わり、報酬の用意ができたらしい。




