神の宣告.1
ビットに言われた新しい客。
それはキャシーに体の検査を任された、死神の異名を持つ女医だった。
ブロック状のボクセルアートみたいな手を前後に振りながら、少ない自由時間を使って、指定された医務室に向かう。普段健康診断などに使われる一階の医務室ではなく、訪れたのは監獄塔の四階最奥の医務室を指定された。
四階廊下まで階段で上がってくると、奥から確かに人の気配がする。それと同時にその部屋からは流れるような紫煙が漏れ出ていた。
「ビットが言っていた女医はココか?」
口を抑えながら煙が滞留する廊下を奥へと進んでいく。
ジワジワと体からデータが霧散して行くような、チリチリとした痛みに眉間に皺がよる。さながら剣山の上を歩かされているような苦痛。苦悶に口を抑える力を強めながら、部屋の扉をノックした。
「……」
返事がない。
再びノックする。
「……いないのか?」
ドアを引けば、鍵が開いている。
「不用心だな……」
自由時間で囚人が闊歩している監獄内で、鍵を掛けないことが危険だというのは赤子でも分かる。どんな天然が椅子に座っているのかと、興味がげら引き戸をスライドさせ、中の様子を確認した。
「だれだァ、今日は予定が入ってるんだぞー……おや?」
中には高ポリゴンの女医が、下着に白衣を羽織った恰好で机に肘をついて、タバコを吸っていた。アンニュイな表情を浮かべる彼女が、引き戸の音で振り返ると、医務室前に立つ俺をうろんげな目で見る。僅かに彼女の眼の中に電子的な光が走るのが見えると、小さく「あぁ……」、と漏らして俺を手招きした。
「囚人番号U+2620……君が件の問題児か。さあ……掛けたまえよ。今は君のための時間だ」
リムレス眼鏡の奥に控える、気怠げな垂れ目で、彼女は椅子に視線を移す。その下には過労による深い隈が刻まれていて、しばらく休暇を取っていないことが窺えた。
全身から疲労を滲ませる彼女の髪はクシャクシャで、しばらくデータキャッシュに入っていないのかアホ毛もぴょんと、頭頂部に跳ねている。伸びた髪は腰まで届き、乱雑でベタついているように見えた。
「お疲れのようだな」
椅子に座りながらそう訊いた。
「しばらく仕事が立て込んでいてね。中々家にも帰れん。君が大人しく私に診断されてくれれば、私も早く家に帰れる。協力すべきだとは思わないかね」
ふぅー、と紫煙が女医の口と鼻から洩れ出る。煙の中からは壊れた電子データが0や1の記号として浮かびあがっては霧散していく。
そして彼女はフィルターギリギリまで吸われた紙タバコを、吸殻が山積みになった焦げ茶色のビーカーに沈めた。
そして再び、白衣の胸ポケットからタバコを取り出し口に咥え、机に備え付けられたシガーライターを押し付け火をつける。
口から零れるように漏れ出る煙でさえ、彼女の危険信号を暗示しているかのように見えた。
「協力しよう。アンタこのままじゃあ、倒れそうだ」
「結構だ。さてと……君の過去のカルテだが、棚に収めたままだったかな」
彼女はふらふらと立ち上がったかと思うと、脱ぎ捨てたピンヒールをローヒールでどかし、棚に仕舞われた資料ファイルを次々胸の間に挟んで行く。
豊満な胸の上には資料ファイルと、タバコの灰が落ちてできたであろう痣が痛々しく残っている。痣の色を見るに一度や二度のやらかしではないように見えた。
「タバコの灰、危なくないのか?その……落ちたら熱いだろ」
そう言った後で、俺は彼女が何度も落としているのなら、灰が落ちることも理解しているのではないかという考えに思い至り、発現を後悔した。これは全くもって余計なお世話だ。場合によっちゃあ、セクハラでもある。
しかし彼女はそんなを俺を責め立てるようなことはしなかった。
「ふふふッ……鋭い観察眼だと褒めておこう、ムッツリスケベくん。それとも、その目は現場で長生きするための知恵なのかな?」
タバコを加えたまま、ニヤリ、と笑みを浮かべる女医。
あまり褒められた気はしなかった。
「アンタの恰好は俺じゃなくても目を惹くだろう」
「そうだな。もちろん視線誘導も兼ねてある。どんな相手でも困らないためにね」
彼女の手にはいつの間にか麻酔薬の注射器が握られていた。
大胆に曝け出された胸部を使った、彼女のミスディレクションの術中に、まんまと嵌っていたらしい。
「綺麗な薔薇にはトゲがある、か」
そう言うと彼女は、フフッ、と笑い下着の上から白衣のボタンを上二つ残した状態で留めると、椅子に腰かけた。
「キザな割にウブなんだね」
彼女の白衣の隙間から覗く、ブラに乗ったテラテラとした胸の贅肉に顔を顰めながら、
「揶揄われるのは嫌いだ」
と、俺は強がりを言った。
「そうかい、なら猶更楽しめる」
彼女の言葉に俺はさらに顔を顰めると、彼女はクスクスと子供を小馬鹿にしたような大人の反応を見せて、机の上に資料を広げた。
「改めまして、今日から君の主治医になった十六夜だ。よろしく頼むよ。姫守君」
彼女はそうやって俺を子供扱いするが、俺も二十代後半、彼女も見た目は同い年に見える。同い年でも、人生経験でマウントを取るつもりだろうか。
「主治医?」
「キャシーから話は聴いてあるだろう?私は彼女の主治医でもあるんだ」
「高ポリゴン専門の医者なのか」
「違うな。高ポリゴンの中でも一際サーバーに負荷をかける、超高ポリゴン専門の医者だ」
貴族専門と訊くと、利権にまみれた悪い医者というイメージを彷彿とさせる。金はとる癖に腕は二流に劣る、そんなイメージだ。
「腕は確かなのか?」
冗談で訊いてみた。
「それは君が判断してくれたまえ。私は私の診断をするだけだ。必要があれば処置も行わせて貰うし、セカンドオピニオンも許さない。君は私の患者だ。わかったかね」
前に患者でも取られたのか、彼女の言葉には妙な圧を感じた。
「なにもないことを祈っている」
「私もその方が仕事を速く終わらせられて助かるがね……事前情報じゃあ、そう簡単に済む話じゃなさそうなのは聴いている」
彼女のリムレス眼鏡が白く光る。
眼鏡を通して俺の内部にスキャンを掛けているようだった。
後書き:
キャラが濃い医者の十六夜 冴子さんです。
一応、ヒロインの一人です。
リアクションされると喜びます。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




