刑期127年の低ポリゴミ屑野郎.4
キャシーが登場します。
焦る看守を見物に一階まで降りてくると、監獄内が普段よりも慌ただしい雰囲気に包まれていた。看守から他の医療スタッフなど含めた全ての従業員が、大慌てで仕事に取り掛かっている。
「なにかあったのか?」
流動性の激しい廊下を横切り、看守室の前に着く。鍵がかかっていて中には入れないが、すりガラス越しに見えるのは連絡を寄越した看守。彼もまた慌ただしく、書類の整理に追われている様子が見えた。ただ事ではないのは確かなようだ。
(あの怠け者の看守が……片付けだと?)
扉を叩く。すると心底ウンザリしたような顔で、中ポリゴンの看守が中から出てきた。
「一体何が───」
「オマエの客だ。くれぐれも粗相のないようにしろ」
顎で奥の面会室の扉を指す看守。
先ほどから書類の整理にてんやわんやしていたからか、額には粒の汗が滲み出ていた。
「そいつは誰なんだ?」
廊下に背中を預けて腕を組む。
嫌な相手なら看守に言われても行かないつもりでいた。
「知るか。身なりで貴族なのは分かったがな。おかげで一気に監獄内の負荷がかかったよ。貴様のせいだぞ、まったく」
貴族、と聞いてまず一番にあの女騎士が頭に浮かぶ。
昨日の今日だ。
もしかすると、獲物を横取りしたことを、今さらながらに異議申し立てに来たのかも知れない。
「そんでお前。仮にもしも相手を怒らせて、処理落ちなんてしてみろ」
「どうなるんだ?」
看守はゴツゴツした指を俺の四角い頭の額に押し込んで、目を大きく見開いて忠告する。
「報告書じゃ済まされない。データ庁の検査局がやって来て、徹底的にデータを削ぎ落される。それで仮にも私のティーカップが没収されるようなことになってみろ、オマエのポリゴンから削って渡してやるからな‼」
早口で捲し立てる看守。
それに両手を突きつけて、俺は待ったをかけた。
「うるせえよ」
そう言うと思いっきり頭を殴られた。
この暴力に何か正当性があるかと言われれば、否だ。
もうかれこれこの看守とも10年以上の付き合いだと思うが、未だにコイツのことは嫌いだった。
俺が16かそこら辺の時、コイツは24歳の新卒で入ってきた。
コイツの同僚よりも古くから俺はこの看守を見ているが、まるで成長の余地を感じさせない。子供が大人になったようなヤツだ。
「なるべく手早く終わらせてやる」
「ああそうしてくれ。そしてなるべく早くお帰り頂くんだ! いいな?」
「バカじゃないんだ。いちいち同じことを言うな」
「年上に対してなんだその態度は⁉ 良いからとっとと面会室に向かえ! この脳筋ポリゴン!」
看守に面会室に放り込まれると、渋々先に部屋のパイプ椅子に腰かける。そして後ろから看守も同席するのか、部屋に入ってくる。
「おい、五分で面会は終わりだという風な設定にしろ」
「なに……?」
看守は眉を顰めたが、すぐに頷いた。
「良いだろう。五分という設定なのはお前の口から告げろ。私はそれに合わせてやる」
「了解した」
そして例の女騎士がやってくる。今日は鎧とは違って、白のワンピースだ。
そして目の前の玉座みたいに革のあしらわれた高ポリゴンの座椅子は、俺十人分の高解像度を誇っていた。この監獄は解像度に合わせて座る椅子まで変えるのだ。
俺はボロのパイプ椅子で、彼女はレザーシートの座椅子。なるほど実に分かりやすい差別だった。
「姫守さん!」
面会室の扉を開いて入ってきた彼女に世界が侵食されていくのが分かった。
俺がいる時は存在すら危ぶまれた埃や空気の質感が変わる。
文字通り、彼女がいれば周囲は明るく華やかに彩られた。
面会室のガラス壁一枚隔てて、向こうとコチラまるで別世界の様相を呈する。
高解像度のプロモーションビデオにでも使うのかというほどに、彼女の世界は動いていて、俺の世界は静止していた。
「またお会いできて嬉しいです!」
「俺はそうでもない」
「そう……ですか」
しゅんとする彼女の表情筋に物凄いデータ量が流れる。涙を浮かべようものなら、その処理負荷で横の看守に、ガンッ、と椅子の足を蹴られてしまうほどに。
「……いや、実は俺も会えて光栄だ」
「本当ですか! よかった。酷いじゃないですか、そんな嘘つくなんて」
涙目から一転、華のような笑顔を作るキャシー。
美人の笑顔は監獄にも良い影響を及ぼしたようで、隣の看守の顔色も穏やかになる。
どうやらキャシーの涙は監獄を破壊する情報量があるようだった。
恐るべし、高ポリ貴族。
「ああ、俺もそういう冗談は余り好きじゃない。……それと君にはなるべく笑顔でいて欲しい」
「え……?」
「困るか」
キャシーの笑顔は使用するデータ量が一番少ない。泣いたり怒ったりされるより、穏やかな表情でいて貰えることが一番波風立たない最善の選択のようだった。
「いえ……ふふっ。意外と、素直な方なんですね」
彼女は頬をほんのりと赤らめ、嬉しそうに呟いた。
赤いと言えば、前の特別任務で見た時よりも少し化粧が濃いような気がした。主に頬や目の辺りが前回に比べて情報が盛られている。だが、そんな余計な事を言って事を荒立てるほど今の俺は自由ではなかった。
俺たちにとって、彼女の涙は世界を破壊する大砲なのだ。
大砲を向けられた状態で大人しくしない人間の方が少ないだろう。
「………要件を聞こう」
「まずはあの時助けて貰ったお礼をまだ出来ていませんでしたので。こちらの監獄にささやかではありますが、10TBほど寄付をさせていただきました。囚人の方に直接の謝礼の手渡しは禁止されているとのことでしたので」
ニコニコしながら頭を下げるキャシー。
10TBというのは、約10000GBだ。俺たち囚人の制限容量(1.5GB)で換算すれば、およそ6600人分の人生に匹敵する。
そんなデータ量をポンと出せる辺り、彼女は相当なお嬢様で俺たち低ポリの囚人とはまるっきり住む世界が違うようだった。
「そうか。アイツらも喜ぶ」
アイツらとは一体誰を指すのか知らないが、それらしい言葉を並べる。
「コチラでの生活は長いのでしょうか?」
ニコニコしながらキャシーは世間話をし始める。
しばらくここに居座るつもりなのか、椅子に深く座って話題を探ってくるので、制限時間があることを伝えた。
「えぇー……! 三分しかないんですか」
「ああ。だから、内容は手短に」
五分は俺の体力的に無理だった。看守が驚いたような顔をするが、コホンと咳払いする。
「それでは単刀直入にお伺いさせていただきます。あの時にしたあなたの動き、アレは一体どういったものなんでしょうか?」
「前にも言ったと思うが、体調がよかった」
彼女は俺の言葉に納得いかないのか、資料を提示してさらに俺を問い詰めた。
「あの後自宅に帰って貴方の動きを映像分析にかけました。あの時のあなたは確実に、100万ポリゴンを越える高解像でした。これでもまだシラを切るおつもりですか?」
画像に映っているのは、俺の知らない人間。彼は筋肉に陰影がついていて、情報の密度が研ぎ澄まされたダイヤモンドのように眩しい、最高のボディメイクを実践しているようだった。
「この筋肉は格別だな……一体誰なんだ?」
「あなたの画像です。……自画自賛とは余裕があるんですね」
「これが俺だって? 見ろよ、この腕を」
豆腐のような直方体の腕を見せる。
どれだけ鍛えても、食べるものを変えても、この直方体に影が入ることはない。
筋肉をその身に着けることができるのは、《中ポリゴン》以上の特権だ。
《低ポリの囚人》に着飾る権利はない。
「とにかくこれは貴方なんです。精密検査も受けて貰いますからね。暴かれるのを覚悟しておいてください」
そう早口で言うと、彼女は一瞬視線を左上に移動させ、慌てて立ち上がる。
「し、失礼します! また来ますからね!」
そう言って足早に面会室を出て行った。
「……律儀に時間守って帰りやがった」
時間は彼女が入って来てからピッタリ三分が過ぎたところだった。
再び静謐を手に入れた面会室で、はぁ、と溜息をついてパイプ椅子に持たれかかった。埃は舞うことはないし、風の流れもない。
空間が彼女の視界から解放されたのだろう。
横を見ると、看守たち不思議そうな顔をしてコチラを見ていた。
「あれはお前なのか?」
「いや、どう見ても違うだろ」
「おぉん……やはりそうだよな。全く解像度が違う。……あのお嬢さん、頭は大丈夫か?」
しばらくの沈黙の後、鼻を小さく鳴らして看守は大きく笑った。
「まあ何はともあれ《低ポリ》野郎! あの貴族様のおかげで監獄が大いに潤った! ビールか? 飯か? 今日ぐらいは奢ってやるぞ!」
上機嫌な看守たちは昼間からビール瓶を開けながら、ゴクゴク、と喉を鳴らしながらビールを流し込んでいく。奴らの不快な顔を殴れる権利が今は欲しかった。
「邪魔だ。……どけ」
「なんだ釣れないヤツだな。まあ、いつものことか。皆さん! あんな低ポリ野郎は放っておいて楽しくやりましょう!」
囚人とスタッフは、キャシーによってもたらされた特別ボーナスに酔いしれながら、その日をずっと楽しく過ごしていたようだった。
◇
数日後。
「おい姫守、またお前に客人みたいだぜ」
ビットが面倒くさそうに、看守の伝言を伝えてくる。
「今度は誰だ?」
「お前さんを精密調査するために派遣されてきた女医らしいぜ。しかもどうやらかなりの美人らしい。クぅ―…! 羨ましいぜ!」
「変わりに受けるか?」
「いや? いやいや? それはいい。ケッコウだ。どうやらその女医、あだ名が《死神》みたいなんでね。外野席から見て楽しむことにするさ。先発マウンドは任せたぜ、相棒」
「……」
次回は医者が出ます。
リアクションされると喜びます。
それではまた、次のお話でお会いしましょう。(´・ω・)ノシ




