情報食い.9
「執行者が散り散りになっている……?」
俺は中ポリ組が記されたマップを前に腕組みをして、動向の変化を眺めていた。
各々が大型から離れて混戦を避けるかのように動いている。
まるで腫れ物でも触れるように大型には見向きもしていない。
窓の外から状況確認をすると、大型は中ポリ組のことなど眼中にない様子で、手当たり次第に熱線を放っては辺り一帯を火の海に変えている。
大型バグの大きさは両肩から生えた翼を合わせても八メートルから十メートルほど。
大型の中では比較的小さいほうではあるが、面倒な点として空に浮かんで降りてくる気配がない。一方的に打ち下ろすような形で周囲を破壊する《プシュコポンポス》に、俺はなぜか倒す方法を考えていた。
「いやいや……なんで低ポリの俺が勝てると思っているんだ。驕るなよ」
前回トドメを刺した特殊バグの事を思いだし、首を振った。
「余計な記憶は圧縮しておくんだったな……」
いつ熱線の標的になるかも分からないため、大型から視線は逸らさらない。しかし同時に、脳裏にあの時の俺が浮かびあがる。高画質化した俺の姿だ。
もしも自由にあの姿になれたなら、俺は晴信を救えたかも知れない。あの燃えるミノムシも倒せたかも知れないのに。
「力が……欲しい。もっと自由になるための力が……」
俺は屋外に出て、歩き始めた。
目的地は《プシュコポンポス》が放った熱線によって、倒壊した一帯だった。
バグの目的は純粋な破壊だ。だから熱線により破壊された場所は《プシュコポンポス》の標的にはならない。
瓦礫の下に隠れることが安全に繋がる。
長年バスに乗り遅れたやつにしか分からない、謎のライフハックだった。
俺は瓦礫の下で長椅子に腰を下ろし、全体マップを見る。
「中ポリ組は……と、うーむ。分散して一対一だと手こずるのか?あまり倒せてないな」
様子を見ていると、俺が隠れている瓦礫の前で、中ポリ組の一人と中型バグが姿を現した。
「なんやコイツ、矢が全然気かへん!」
黒髪ショートカットの弓使いが文句を言いながら中型バグに向けて矢を連射している。敵の中型バグは、溶けだした雪だるまの形をしたバグで、矢が脳天から下まで大量に突き刺さっていた。
地方の方言で怒りを露わにしている彼女は、中型バグのボタンでできた目を潰したり、バックジャンプをしながら、ニンジンのような見た目の鼻に矢を突き刺したりしているが、効いている様子はない。
俺はその敵、《ジャックフロスト》を視界に捉えながら弱点を探す。雪だるまに見える《ジャックフロスト》には足がない。滑るように砂地を歩いては、その部分を雪に変えて進んでくる。
たまに冷気を吹いて一面を凍らせることもあるが、この暑さではその氷もすぐに解けて、後にはグズグズの泥濘だけが残っていた。
「放置してても死ぬんじゃないか……?」
《プシュコポンポス》の登場により暗雲が立ち込めているとはいえ、気温は依然として高温を維持している。《ジャックフロスト》に勝ち目はないように思われた。
「もう動き続けんのも疲れたって!はよ死んでよ!」
後ろに飛びながら弓を打ち続ける黒髪ショートカットの中ポリ。《ジャックフロスト》が近接タイプなのを見切っているのか、絶対に敵を攻撃範囲に入れないように、冷たい対応を取り続けている。
このまま逃げ切れば、彼女の勝ちが決まるだろう。そう観察を続けていると、《ジャックフロスト》は突然地面に、バシャ、と雪の手をついて地面に霜を走らせた。
「なんや⁉」
彼女は驚きながらも距離を取ろうと、またバックステップを踏む。しかしその背後には、氷の壁が立ちのぼっていた。
「イッタ……!」
激しく氷の壁に頭をうち、後頭部を押さえる中ポリ。
《ジャックフロスト》も最終手段だったのか、先ほどの攻撃で体の自壊に拍車がかかった。腰の辺りにはコアの一部が露出するほどまでに、それは限界を迎えていた。
「今だな」
俺は瓦礫の中で裸足になり、刺突モーションを取る。
ジャックフロストは近接型、近づけば危険な相手だが、不意打ちに対策は出来ているだろうか。
砂地をスタスタと走りながら、ピョン、と跳躍して《ジャックフロスト》の腰にあるコアに大剣を突き立てた。
振り返った《ジャックフロスト》は、「誰だ、オマエ」と言いたげな、驚愕の表情を最後に溶けて消えていった。
「ちょ、あんた!」
《ジャックフロスト》を挟んで向こう側、ショートカットの女が頬を膨らませて腕を組んでいる。
「アタシの獲物とったやろ!」
俺は直感的に彼女が金のことを言っているのだと理解した。
執行者は討伐数に応じて報酬が支払われる。彼女はそれを気にしているのだと。
「戦闘記録から報酬は支払われるだろ」
倒したのは俺でも、それまで時間稼ぎをしたのは彼女だ。
ほぼ満額彼女が受け取ることになるのは間違いない。だというのに怒られる道理がわからなかった。
「パニッシャー取ったやろ!」
確かにジャックフロストの金ドクロは俺の手に渡っていた。
「手間賃だ」
「低ポリにはいらんやろ。返して」
「オマエのものじゃない」
「あんた私に喧嘩売る気?」
「頭を抱えていたのはそっちだ。あの時点で戦いの流れは変わっていた。あの時、アンタに何ができた?弱点も見極められていなかったあんたに」
俺の言葉に彼女は、言葉は不要と考えたのか。俺に向かって弓を引いた。
「低ポリがこの時間に生きてるのなんて奇跡みたいなもんやん?んでさ……命とそのドクロ、どっちの方が値打ちもんやと思う?」
「お前、マジか」
そう言った瞬間彼女の弓から矢が放たれた。
俺の耳を掠めんとする矢は、俺の前方で握り潰す。
あの特殊バグの攻撃に比べたら予測可能な軌道を描く矢を手にするぐらい、造作もない。
「うわキモッ……どんな動体視力してんねん。バケモンかアンタ」
「当てる気がなくても矢を撃つヤツに言われたくない。……というより、なんでそこまでパニッシャーに固執する?別に金ならいくらでも稼ぎようあるだろ」
「足りへんの。アタシ家族おるから、養育費とか食費とか考えたらこんなんじゃ足りん」
「長女で家族のために働いてます、てきな?」
「ちゃうわ。旦那と二歳の娘」
「お前幾つだよ」
「十九歳。あんたは?」
「二十代前半。精確には分からない」
「なんやそれ。元は大学生?」
「学校なんか行ったことないな。アンタも相当悪に見えるが?」
「アタシは高校まで行ってたで。妊娠バレて中退やけど」
「それで金か」
「そういうこと。ほら、アタシの方が困っとるやろ」
彼女にそう言われて、俺はパニッシャーを渋々渡した。
すると彼女は、キャッキャッ、と子供みたいに喜んだ。
「バーカ、嘘やって。旦那なんかおらん!私と娘の二人暮らしだっちゅーの!」
謎の嘘をついた彼女は、嬉しそうにパニッシャーを手に入れて小躍りする。
「……だからな、死なれへんのや。私は」
彼女は真剣な顔で弓の弦を確認した。
質の高い武器ではない。飾り気も皆無だ。しかし、手入れはされている強者の弓だ。
俺は改めて彼女の顔を見下ろした。
黒のショートヘアで、二重瞼がコチラを見返してくる。
「アンタなんで低ポリになったん。何人か殺したん?」
それっぽい目つきの悪さはしてるな、と彼女は俺の低ポリ顔を見ながら首を傾げる。
彼女の失礼な遺伝子を引き継いだ子供を俺は哀れに思った。
「誕生罪だ。俺は意識がある時には既に牢屋にいた」
「へぇ……よう知らんけど、生まれた時から牢屋ってことはさ、めっちゃ悪い人やん。そうは見えんけどなぁ」
彼女は俺の周りを歩きながら無知を晒す。否定する気にもなれなかった。
「極悪人かどうかは、好きに決めてくれ。俺は行く」
彼女のいない瓦礫の中に戻りたかった。
不用意な露出は狙われるリスクになりかねない。熱線が通ってできた大通りで、長時間喋り続けるのは、俺にとってデメリットでしかなかった。
だが彼女の汗ばんだ柔らかな掌が、俺の無機質な角に食い込む。
腕を握られたと理解するのはほんのすぐ後のことだった。
「ちょっと待ってよお兄さん。名前聞かせて。アタシ彩葉坂 秋子」
振りほどこうにも、彼女の腕の方が可動域は上だから、どこまでも彼女の手はついてきた。仕方なく振りほどくのを止めて口を開いた。
「───姫守だ。じゃあな」
話を切り上げて、今度こそ移動を開始する。
中ポリが低ポリの顔を見分けることは難しい。パーツの種類が少ないうえに、色味も少ないからだ。これから先彼女が俺を再び見つけることがない以上、自己紹介も本来であれば不要だった。
それに見上げれば、今回の任務でどちらかが死んでもおかしくない怪物が、空から俺たち執行者を見下ろしている。
その怪物、《プシュコポンポス》は着々と建物を破壊して周り、周囲を火の海にして浮かんでいた。アイツを倒さない限り自己紹介も無意味になる。
だけどそれを倒すのは俺じゃない。
後からくる強大な力を待ちながら、俺は瓦礫の下に隠れた。
誰にも気づかれず、その時をただひたすら待つように。




