【後編】ナンバー12、君に贈るクリスマスプレゼント
本年もたくさん小説を書いていきますので、今年もよろしくお願いします!
「華久也サマー、オ三時デス。オ茶ト、オ菓子ノ差シ入レニ、ヤッテマイリマシター」
メロディを鳴らす配膳マシンの上段に、その小さなロボットは乗っかっていた。
全長およそ十三センチ。最先端の高度AIを使用した、その丸っこいロボットの名前はBON。華久也の所有物であり、当人のお世話係を勝手に名乗っている相棒のような存在だ。
「……やけに早かったな、BON。雑用は全部終わらせてきたのか?」
「ハイー。BONニカカレバデスネェ、掃除洗濯、庭木ノ剪定カラ大キナツリーノ飾リツケマデ、最高速カツ、ハイクオリティデ完遂イタシマスゥ。
マ、ホトンド、ホカノ家事専用ロボットニ命令シテオイテ、BONハ監督ダケヲヤッテイレバ、イインデスケレドネ」
えっへん──と胸を張る代わりに、ボディライトをやかましく点滅させた。そんな上機嫌のロボットに、主である華久也は心の内で舌打ちをするのであった。
「やぁ、BONくん。じつにナイスなタイミングに来てくれたね。そろそろ、ひと息入れようと思っていたところなんだ」
機械だろうが、雪斗は誰に対しても愛想がよい。
反対に、基本主人以外には慇懃無礼なロボットは、本物の人間以上にわかりやすく音声のトーンを下げた。
「……不服デスガ、『丁寧ナオ仕事』ガBONノモットーデスカラ。チャント、ドロボーサンノ分モ用意シテオキマシタヨ」
ドロボー。
いまBONが発した呼称は、けして比喩や嫌みなどではない。
漢字に置き換えて、泥棒。
それが、絵描きの灰堂雪斗の正体だったりする。いや、もっと正確に、常識外れな言いまわしをするのであれば──。
そのときだった。華久也の目の前、デスクの上のディスプレイから通知音が鳴った。
目に飛びこんできた通知内容に、華久也はさらに表情を固くした。システムを介して同様に反応したBONが「華久也サマ!」と声を張り上げるも、少年はそれを静かな目配せで制する。
そのまま、通知先のURLにアクセスした。
『八田ヶ瀬市より、臨時ニュースです』
お住まいの地域にフォーカスした、ネットニュースの配信動画である。
あえて音声を消し、字幕のみの表示にしているのは、向こうにいる雪斗には知らせたくない内容であったからだ。
『昨夜未明、同市にお住まいの、さる有名な芸術家のご自宅に……またしても、例の怪盗から予告状が届きました』
……少しでも良識を持ち合わせた人間であれば、いま流れているニュースは『フェイク』だと断定するだろう。
だが、頭の痛いことに、まぎれもない現実だ。じっさいに月丸華久也の身のまわりで起こっている、世にも奇妙な日常の一片なのである。
「──残念だね、華久也くん」
「おわっ!」
華久也が振り返ると、すぐ真後ろに雪斗の姿があった。
いったい、いつの間に移動したのか。
そして、いつの間に顔の上半分を黒い狼の仮面で覆い……いつの間にエプロン姿から、キザったらしい夜会服へと着替えたのだろうか。
頭から爪先まで。全身『怪盗』のコスチュームを着こなした雪斗は、涼しい顔でティーカップの紅茶をすすっていた。
「な、何度見ても心臓に悪いな。その手品みたいな早着替えは……」
「絵の仕上げは先送りになりそうだ。ご覧のとおり、怪盗スコールとしての、急な仕事が入ってしまったからね」
脇からBONが「また、件のプロデューサーさんからの指令ですか?」と訊ねれば、雪斗はうなずいて、自身の改造端末をこちらに見せた。
時候の挨拶とともに、ゴテゴテしい絵文字の飾りからはじまったメール文……もとい、怪盗仕事の指示書である。ターゲットの画像、所有者のプロフィールや自宅の見取り図など、危ない計画に役立つ資料がたくさん添付してあった。
以前、華久也たちの在住地である、ここ八田ヶ瀬市において、おかしな騒動が起こった。
八田ヶ瀬は資産家など、セレブの多い街として有名だ。その住民らが所有する美術品や希少性の高いコレクター品を狙って、あるとき、白昼堂々と窃盗の犯行声明が出されたのである。
いまから、あなたの大切なモノを盗みます──という、いわゆる『予告状』である。
その予告状の差出人として刻まれた名が、『怪盗スコール』。
その手の界隈では有名な泥棒らしく、彼に狙われた獲物は魔法のように必ず盗まれてしまうのだとか。
コミックのような存在が突如として日常に現れたとあって、八田ヶ瀬市の住民たちは大いに盛り上がった。市をあげての一大怪盗ブームが巻き起こる始末……老いも若いも、みな好き者なのであった。
先に真相を述べてしまうと、この怪盗騒動を起こしたスコールなる怪盗の正体が──華久也の隣にいる灰堂雪斗なのである。
けれど、雪斗はあくまで代理だ。本物のスコールは彼の双子の兄、灰堂霧斗である。
雪斗の話によると、灰堂家は由緒正しい怪盗の家系らしい。一族が代々名を継いでいる『スコール』の後継者をめぐり、少年時代、霧と雪の双子が争うこととなった。
勝者は、兄の霧斗であった。
以来、弟の雪斗は灰堂家を去り、一般人としての人生を歩むことになる。
めでたし、めでたし──と思いきや、最近になって、そのスコール役の兄の霧斗が消息不明となっていることが判明した。謎の怪盗プロデューサーの手引きにより、弟の雪斗が怪盗の代理を担うはめになったのだ──。
これまでの経緯を思い返して、華久也はこめかみを押さえた。
雪斗と知り合えたのは幸運であった。だが、まさか自分が、怪盗などというおかしな世界と関わることになるとは思いもしなかった。
一応、雪斗への説得は何度も試みている。
しかし、双子の兄のこととなると彼は頑固であった。自ら進んで犠牲になり、怪盗の代理として偽りの仮面をかぶる……そういう男なのだ、彼は。
さて、なにごとも切り替えが肝心だ。
意識を引き戻し、華久也は「よし」と扇を打ち鳴らした。
「仕方がない。なににも代えがたいオレの心の平穏のためだ。さっさとターゲットの下見に出かけて、いつもどおり完璧な計画を練ることとしようか」
ところが、せっかく人が無理やり前向きになったというのに、間の悪さというのは重なるものである。
椅子から腰を上げた拍子に、唐突にBONの機体から聞き慣れたチャイム音が鳴った。
「華久也サマ、オ客サマガイラシタヨウデス」
連携して、ディスプレイに玄関のカメラ映像が映し出された。
そこにいたのは腐れ縁とも言うべき友人の顔と、お馴染みのクラスメイトの面々であった。各々妙にめかしこんで、アポなしの突とはいい度胸である。
丁重にお引き取り願おうと思ったところで、先に雪斗に口を挟まれてしまった。
「華久也くん、今回は私一人で十分だよ。君の、友達と過ごす時間を台無しにしては悪いからね」
「はぁ? いやいや、勝手に話を進めるんじゃない。オレはこいつらの相手をするとはひと言も──」
話を聞かない雪斗は「ごちそうさま」と、空のティーカップを配膳マシンの上に戻しつつ、すたすたと窓辺へ移動してしまった。
その背中を引き留めようと、華久也も慌てて追いかける。だが、雪斗が窓を開けた瞬間──二人の間をさえぎるように、赤いカーテンが大きくふくらんだ。
「行儀が悪いけれど、私はこちらから失礼させてもらおう」
「雪斗っ、待てってば!」
「絵の完成が遅くなってしまうけれど……必ず、明日の朝までには君に見せられるようにするから」
それじゃあ。
と、自分勝手な別れの挨拶が聞こえた。
とっさに少年が両手を伸ばすも、ぶわりと高く舞い上がったカーテンの裾を握っただけに終わった。
風が止むと……もう窓の縁には、彼の姿は消えてしまっていた。
「ワイヤー銃デ、地面マデ下リタヨウデスネェ」
「……みたいだな」
「フー、静カニナッテヨカッタデス。ア、華久也サマ。外ハ寒イノデ、スデニオ客サマハ中ニオ通シシテオキマシタ」
あきらめた華久也は「わかったよ」と、短く返事をした。客人を迎えようと、踵を返して、アトリエを後にしようする。
無言のまま、書きかけの絵の横を通り過ぎる。
まっすぐドアに近づき、ノブに手をかけたところでおもむろに振り向いた。いまだ窓辺に留まったままのBONに向かって、「窓はそのままで。開けっぱなしにしておいてくれ」と指示を出す。
BONは目の部分に当たる電子パネルに、ハテナのアイコンを表示させた。
「ドウシテデス? 冷タイ風ガ入ッテキチャイマスヨ?」
少年は、いいからと機械に手招きをする。
一瞬だけ、絵のほうを見やると……短い嘆息をこぼした。
配膳マシンに乗ったBONを先にドアの外へ通して、彼は扉を閉めようとした。その折りに、先程の疑問の答えを口にする。
「……うちには、煙突はないからな」
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