自由の不自由、尊重の不尊重
とある伯爵が反乱を起こした。理由を大々的に打ち出すわけでもなく、そのような素振りがあったわけでもなく。青天の霹靂だった。
一切前兆を察知できなかったことからも予想はできていたが、反乱の規模はそこまで大きいものではなく、被害は少なく抑えられていた。だが、籠城の体勢を取られたため、早期の終結とはいかなかった。
三日三晩の攻防の末、騎士達はようやく反乱の首謀者である貴族と相見えることとなった。
「ようやくここまで追い詰めたぞ!レフ伯爵!」
「こんなじじいのために命張ってここまで来るなんてご苦労なこった。」
筆頭騎士と伯爵は言葉を交わす。
「何故このような反乱を企てた!」
「どうせ記録に取るために聞いているんだろう?」
「答えれば捕縛で済むんだ!おとなしく理由を話せ!」
「ハッ!さっさと殺して首謀者は何も言わなかったって記録すりゃぁそれでおしまいだろうに。」
伯爵は鼻で笑った。そして少しの沈黙が訪れる。
「…まぁ良いだろう。ゆっくりと話してやろうじゃないか!」
伯爵は武器を下ろして地べたに座り込んだ。もう戦う気はないらしい。
「まずはきっかけから話そう。貴族議会では最近貧民の救済や福祉の充実を図っていただろう。貴族とはいえ民によって下ろされることがあるのがこの国の仕組みだ。媚びを売るような施策が出てくるのは分からんでもないさ。」
と言うのも、この国は貴族の行いが悪いと国民に判断されると罰や、場合によっては貴族としての権利の一切を失うこともある、民主主義に近い体制となっている。
「だが…我が国は昔は隣国と張り合えるほどの力を持っていたにもかかわらず、技術者不足とか何とか色々言って、今となってはどの隣国にも負けてしまっているじゃないか!それなのに国の成長を置き去りにして?一体何を考えているんだ?」
「いや...まぁ多少は国の成長に関する事業はありますし、おっしゃった通り資金もないですから…」
「削る場所なんていくらでもあるだろうが!貧民の救済だって要らないだろう!元々身体的な問題で働けなくなった人への救済や孤児への補助はあるだろう?それらを除けば働けない貧民なんていないはずだ!十分な金を手に入れる手段なんていくらでもあるんだ!どぶさらいは汚いから嫌だ?素材拾いなんて疲れるからやりたくない?それは仕事から逃げたいだけの言い訳だろう!」
伯爵はやや声を荒らげてそう言う。実際、国の雲行きが怪しくなってきたのは、福祉に関する事業に力を入れ始めた頃だった。
一息つくと、また話し始めた。
「国の成長を第一に考えることで、民の生活の向上にもなるはずだろう。ご機嫌取りに躍起になって大事なことをすっかり忘れてしまっている。成長が見込めなきゃ衰退するだけだってのに。」
伯爵は続けて話す。
「それに他にも問題がある。いろんな意見を取り入れるのは間違っちゃいないさ。だが無闇にやることを増やしたところで恩恵を受ける人の少ない施策は利に対して費用が割に合わん。なのに外聞が良いからと言って何でもかんでも…割を食うのは多数の側だと言うのに。そんな訳で事を起こしたって訳だ。まぁ駄目だったがな。」
「…言いたいことは分かる、それに納得もいく。だが武力を行使した以上、捕まってもらうしかない。」
「わかってるよ。話すことも話したし、さっさと連れてけ。」
これら会話の記録は公開されると社会に大きな影響をもたらした。主張を180度転換する貴族や、他国排斥の運動、この国の中途半端な仕組みから変えようとする者など…この事件による影響など挙げていったらキリがないだろう。
おそらく、伯爵もこれを見越して反乱を起こして、私に話したと思う。被害が少なく、死者どころか重傷者すらも一切無かったことからも伯爵は元々この反乱を成功させようとは思っていなかったのだろう。
結果的に伯爵は相応の処分をされたが、国民からの減刑を求める声もあり、爵位を剥奪されるなどの大きな罰を受けることは無かった。大きな武力的な争いにはならなかった。
それでも社会に強く印象付け、貴族たち含め、国民の意識を変えた。そういう面では反乱は成功したとも言えるかもしれない。
平等な幸福を考えれば停滞し、成長すれば格差が広がる。少数を助ければ多数が負担することになる。完璧に全てを平等にと言うのはやはり難しいらしい。どうするのが最適なのだろうか。
一介の騎士が考えたところで答えなど出るわけないと思い、また新しい仕事に取りかかった。結果的に方向性を定めるのは社会全体なのだから。
多様性とは一体なんだろうか。