5 二つの怪異現象の正体
家の中を確認し、念のため清め終えた頃には、空はすっかり白んでいた。
徹夜は久しぶりだと思いながら、ハルが欠伸を噛み殺しつつ縁側で空を見上げていると、フユキたちもぞろぞろと集まってきた。
「はー、終わった終わった。これで大丈夫だろ」
「そうですね。悪いものの気配はもう感じませんし……」
ハルは後ろを振り返る。障子戸の開かれたそこでは、カモメがすやすやと寝息を立てていた。部屋の端では、ヒバリも壁に凭れて眠っている。
「カモメさんも穏やかな顔をしていますし」
「ヒバりんもねー」
「あれだけ寝て、まだ眠れるってのがすげぇわ。ま、体にアレを取り憑かせて留めておいたから、だいぶ体力を使ったんだろうな。ヒバリもカモメが心配で碌に寝てなかったみたいだし」
「ふふ、そうですね。……さっきのって、やっぱり悪いげっこ様ですよね」
「だろうね~。すっごい恨み節だったし」
ナツが頭の後ろで手を組んでため息を吐く。
「まーでも、思ったより弱っててありがたかったけど」
「そうなんですか?」
アキトが目を丸くして首を傾げる。
ナツは、そうそう、と頷いた。
「あの白い光……たぶん違う家のげっこ様かな。あれが抑えてくれていたんじゃないかな。その前に現れた奴の時もそうだね。もしも本来の状態だったら、もうちょっと苦戦したと思う」
「恨みで生きて来た奴は厄介だからなぁ……。怪我人も出なくて良かったよ」
「そうだねぇ。……あっ、っていうかさ、最後のアレ何だったんだろうね」
「アレ?」
「ほら、幽霊の方。どう見ても悪霊の類だったじゃない?」
ナツが手を解き、人差し指を立てて言った。
確かに、あの女の霊からは良い気配はまるでしなかった。ナツの言う通り悪霊だろうなとはハルも思うけれど、しかし、悪いげっこ様との繋がりがあるようには見えなかった。げっこ様が倒されそうになっても、助ける素振りはまったくなかったからだ。
「それさ、たぶんキクコさんに集まって来たんじゃない?」
するとワサビが右手を挙げた。
「キクコさんに?」
「うん。風が丘で情報収集した時に、前にヒバりんたちが除霊した時の話もちらっと聞いたんだけど。前回、怪異現象が起き始めたタイミングが、キクコさんが赴任してからみたいなんだよね。でも不思議なことに、キクコさんの周りでは何も起きていないの。特に美術室とか美術準備室では、まったく起きなかったんだって。ヒバりんたちが除霊した後から起き始めた方は、そうじゃなかったらしいけど」
「それはもしかして……」
ハルは顎に指の背を当てながら、視線をヒバリの方へ向けた。彼のそばには、キクコの作ったげっこ様の石膏像が置かれている。狐石の目が、差し込む朝日に照らされて、きらりと光っていた。
「キクコさんのそばにいたげっこ様のおかげかもしれませんね」
「なるほど……あれは子供を守る神様だったな」
フユキが小さく頷いた。キクコは大人ではあるが、げっこ様からすれば「五十嵐家の子供」である。家を離れて働く彼女を心配して、様子を見について行くくらいに大事に想われている。そんな彼女に害意が近付けば、げっこ様は守ろうとするだろう。
「そう言えば、この家でも異変に最初に気が付いたのはキクコさんだったっけ」
「ええ。彼女が小さい頃、山で迷子になった時に助けてもらったという話も、それが関係しているかもしれません」
「つまり、あれか。キクコさんは、霊を集めやすい体質ってことか……休職の関係も、それが悪影響してたのかもしれねぇなぁ」
はー、とフユキは頭をかいた。
「……この辺りのアフターケアは、浮島に任せるか。そうすりゃ、カモメもの文句も多少は減るだろ」
「そうですね。もともと浮島さんのお仕事ですし」
「荒れるは荒れると思うけどねぇ」
「おいおい、憂鬱になること言うなよ」
そんな話をしていると、むにゃ、とカモメの寝言が聞こえてきた。もう一度彼女の方へ目をやると、実に気持ちよさそうな寝顔をしていた。見ていると、こちらまでつられて眠気が増しそうなくらいである。
「とりあえず、どこかでひと眠りしたいですね」
「同感! 何なら、あそこの温泉で一泊する?」
「いや、さすがに狐はしばらくいいわ。街中の方にしようぜ。そこにも良い地酒が揃ってるところがあってな……」
「地酒……!」
「いいね、あたしも地酒飲んでみたーい」
「ちょっと、叔父さんたち最初と同じようなこと言ってない? ワサビさんまで交ざっちゃったよ」
賑やかなやり取りが続く。
ハルは目をこすりつつ、ふふ、と微笑ったのだった。
CASE5 帰れないげっこ様 了




