4-3 取り憑いていたモノ
ハルたちはまずカモメの様子を見た。
彼女の中には不気味な様相の霊がいる。それは相変わらず人の形をしていて、全体がぼこぼこと不気味に蠢いていた。
「まずはカモメに取り憑いている霊が何なのかだが――恐らくげっこ様と、それ以外の何かだ。この辺りに住むじいちゃんばあちゃんたちに話を訊いたんだが、どうにも、げっこ様ってのは二種類いるらしい」
「二種類ですか?」
「ああ。簡単に言うと、善いげっこ様と悪いげっこ様だ」
フユキとナツが調べた話によると、この地には昔、悪さばかりをするげっこ様がいたそうだ。田畑を荒らしたり、人を騙して命を奪ったり。恐らく妖狐の類だろうとフユキは言う。
そんな悪さばかりするげっこ様を見かねて、もう一方のげっこ様が止めに入った。七日七晩の戦いの末に善いげっこ様が悪いげっこ様を追い払い、そしてこの地を守るようになった、というのがげっこ様信仰の本当の話らしい。
「道端に立っている像の顔が怖いのは、キクコさんの話通りだな。悪いものってのが、その追い払われた悪いげっこ様なんだと」
「人々が悪いげっこ様に気付けるように、敢えて怖い顔で石像を作ったって説もあったねぇ。だからキクコさんが見たげっこ様は、善いげっこ様なんだろうね」
ナツはげっこ様の石膏像を眺めながらそう言った。
「なるほど……。そう考えると、所長の行動も理解できます。力尽くで除霊もできたでしょうにしなかったのは、善いげっこ様を守るためだったのかもしれない」
「ああ、俺も同意見だ。それで、ここからどうするかだが……まずカモメに取り憑いている霊を落とす。それで、どっちがガワかは分からんが、二つを分離させる」
「分離の方法は?」
「見てくれは人型だからな。腹のあたりに霊力をぶつけて吐き出させる」
「なるほど」
フユキの話す作戦にヒバリは何度か頷いた。力業な対処方法に、もう少し難色を示すのではと思っていたが、あっさりと受け入れられていることがハルには少し意外だった。
(浮島リサーチもそういう方向性なんですかねぇ)
彼らとは現場で一緒になることも時々あるが、村雲怪異探偵事務所と比べると、大人しい手段を取るイメージがあった。もしかしたら実際は、ハルたちと似たようなやり方をしているのかもしれない。
「じゃ、役割分担を発表するぞ。まずはハル、お前はカモメに取り憑いている霊を祓ってくれ。出てきた奴に霊力をぶつけるのは俺がやる。ナツとヒバリは、分離した後の対処を任せる。アキトは周囲の警戒だ。憑いてない奴も騒ぐかもしれねぇから、くれぐれも注意してくれ」
「分かりました」
「はーい!」
「は、はい!」
「承知しました」
四人はそれぞれ頷く。そしてすぐに各々準備を整えて、カモメに取り憑いている霊の対処を開始した。
「では、始めますね」
カモメの横に座ったハルは、ぱちり、と扇子を開いて言う。
それから、すう、と息を吐きながら、広げた扇子に霊力を纏わせていく。
扇子へ十分に霊力が行き渡ったら、今度はそれを、カモメの体の上で扇ぐように軽く動かした。霊力の粒子がさらさらと、まるで小雨のように彼女の体に落ちていく。
その、数秒後、カモメの体に異変が起きた。
彼女の体が、ビクッ、と大きく跳ねたかと思ったら、小刻みにカタカタと揺れ始める。
ややあって、彼女の体から人の形をした黒い靄がふわりと浮かび上がる。全身をぼこぼこと蠢かせたそれを見上げながら、ハルは「離れました!」と伝えつつ後ろへ下がった。
入れ替わるように前へ出たのがフユキだ。その手には愛用の特殊な銃を持っている。霊力を銃弾のように固めて打ち出すことのできる特別製だ。
フユキは銃の引き金に指を乗せ、黒い靄の腹部に狙いを定めて――撃つ。
ガンッ、と音が響き、白い光を纏った霊力の銃弾が放たれ、黒い靄にぶつかる。靄は大きく体を仰け反らせ、天井を向いたかと思ったら、口にあたる部分から白い光が無数に飛び出してきた。
「——狐?」
そう、狐のような形をした白い光だ。
それらは天井付近で、ぐるぐると円を描くように周ると、ヒバリの方へ向かってくる。
「ヒバリさんっ!」
咄嗟にハルが扇子を構え直すが、フユキが手で制した。ハルは叔父を見上げた後、もう一度ヒバリを見る。すると、どうだろうか。白い光はヒバリではなく、彼が手に持っているげっこ様の像に集まっていた。
「こっちがげっこ様みたいだな」
「それじゃあ、この黒い靄は……」
全員の視線が、黒い靄へ向けられる。
靄は苦し気に体を捩じっていたかと思ったら、その体がだんだんと違う形へと変化し出した。四つん這いになり、耳や尻尾ののようなものが頭に生え――こちらもまるで狐だ。
「こっちが悪い方のげっこ様ね」
言うが早いか、ナツが愛用している打ち刀——白雉丸をすらりと抜く。刃の背を指でつうと撫でて霊力を纏わせると、刀身が白く輝き始めた。
ナツはそのまま、流れるような動作で黒い靄へ向かって刀を薙ぐ。
しかし靄がフッと後ろへ跳躍した。
壁に、四つの足が当たる。
その瞬間、黒い靄の顔がはっきりと表れた。
口を大きく開き牙を剥いた恐ろしい形相。まさに、道端に並んでいたげっこ様の像と同じだ。牙の端からぽたり、と黒い液体が滴り落ちる。
『喰ろうてやる』
低く、しゃがれた声が聞こえたと思ったら、靄は壁を蹴り速度を上げてナツへ襲い掛かる。
「させませんっ」
ヒバリが防御術を行使して、ナツの前に光の盾を作り出した。靄はそれにぶつかって床に転がり落ちる。しかし、動きは止まらない。ごろり、と一回転した影は、盾の隙間からナツを狙って飛び上がる。
ガンッ、とフユキの銃弾が靄の顔を霞めた。抉れた箇所から血煙のように靄が吹き上がる。続けざまにもう一撃。右の前脚を撃ち抜いた。
『喰ろうてやる、喰ろうてやる、喰ろうてやる。そうすれば、今度は負けぬ。あのような、人に尻尾を振る狐などに、負けたりはせぬ。一匹たりとも残さぬ、許さぬ、すべて喰ろうてやる』
怨嗟の言葉を吐きながら靄はナツへ向かってくる。
そんな靄とは正反対に、ナツは静かに刀を構え直し、
「それは困るからやめてね」
ザッ、と振り下ろした。光り輝く刀身が靄の体を両断する。
真っ二つに分かれた靄は、サァッ、と崩れて、空気に溶けるように消えて行った。
終わった、とそれぞれが息を吐いた時、
「——っ上にもう一人いますっ!」
アキトの声が響いた。
バッと全員の視線が天井に向く。すると天井から、口が大きく裂けた霊がぬっと顔を出していた。女の霊だ。ニヤニヤと厭な笑い浮かべた霊は、無防備な状態のカモメに向かって飛びついてくる。
——しかし、霊の動きは途中で止まった。
ぱちん、と風船が弾けるようにその体が霧散したのだ。
そのまま、先ほどの靄と同じように溶けるように消えていく。
「……最悪の寝起きじゃないの」
続いて聞こえてきたのはそんな声だ。
声の方、床へ顔を向ける。そこでは、布団に横になった浮島カモメが、とても機嫌の悪そうな顔で、右手を天井に向かって挙げていた。
よろよろと上体を起こした彼女に、ヒバリがほっとした様子で駆け寄る。
「所長! 良かった、目が覚めたんですね」
「覚めるには覚めたけど、これは一体何ごとよ? 何で村雲の人たちがいるの?」
「色々ひっくるめると佐奇森のせいだ。文句があったらそっちへ言えよ」
カモメが何か言うより先に、フユキがぴしゃりと釘を刺した。するとカモメが怪訝そうな顔で「何で佐奇森さんの名前が出てくるのよ?」と首を傾げる。
フユキはそれに答えずに、くるりとハルたちの方へ向きを変えると、
「よーし、ハル、ナツ、アキト。とりあえず、家の中を見て回るぞ~」
「えっ、ちょっと! 話はまだ終わっていないわ!」
「はーい。ワサビさんにも終わったって声をかけないとね」
「ねえ、聞いてる!? おーい! おーい!」
「そうですね。さっきの霊のこともありますし、家の中は清めた方が良いですよね」
「そうだな。ちょいと大変だが、手分けしてやるか」
「ちょっとぉー! ねーえー!」
カモメの言葉を聞き流し、ハルたちは部屋を出る。アキトだけはオロオロしながら、それぞれを交互に見ていたが、少し遅れてついてきた。
「い、いいんですか? あの、彼女、あのままで……」
「いてもいなくても騒ぐだけだからな。文句を聞くなら一度でいい」
「アハ、だねぇ。でもまぁ、思ったよりも元気そうで良かったじゃない?」
「それはそうですねぇ」
そんな話をしながらハルたちは廊下を歩く。
後ろの方からは「ねー! 聞きなさいよー! ちょっとー!」というカモメの元気な声が聞こえていた。




