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村雲怪異探偵事務所  作者: 石動なつめ
CASE5 帰れないげっこ様

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4-3 取り憑いていたモノ

 ハルたちはまずカモメの様子を見た。 

 彼女の中には不気味な様相の霊がいる。それは相変わらず人の形をしていて、全体がぼこぼこと不気味に蠢いていた。


「まずはカモメに取り憑いている霊が何なのかだが――恐らくげっこ様と、それ以外の何かだ。この辺りに住むじいちゃんばあちゃんたちに話を訊いたんだが、どうにも、げっこ様ってのは二種類いるらしい」

「二種類ですか?」

「ああ。簡単に言うと、善いげっこ様と悪いげっこ様だ」


 フユキとナツが調べた話によると、この地には昔、悪さばかりをするげっこ様がいたそうだ。田畑を荒らしたり、人を騙して命を奪ったり。恐らく妖狐の類だろうとフユキは言う。

 そんな悪さばかりするげっこ様を見かねて、もう一方のげっこ様が止めに入った。七日七晩の戦いの末に善いげっこ様が悪いげっこ様を追い払い、そしてこの地を守るようになった、というのがげっこ様信仰の本当の話らしい。


「道端に立っている像の顔が怖いのは、キクコさんの話通りだな。悪いものってのが、その追い払われた悪いげっこ様なんだと」

「人々が悪いげっこ様に気付けるように、敢えて怖い顔で石像を作ったって説もあったねぇ。だからキクコさんが見たげっこ様は、善いげっこ様なんだろうね」


 ナツはげっこ様の石膏像を眺めながらそう言った。


「なるほど……。そう考えると、所長の行動も理解できます。力尽くで除霊もできたでしょうにしなかったのは、善いげっこ様を守るためだったのかもしれない」

「ああ、俺も同意見だ。それで、ここからどうするかだが……まずカモメに取り憑いている霊を落とす。それで、どっちがガワ(・・)かは分からんが、二つを分離させる」

「分離の方法は?」

「見てくれは人型だからな。腹のあたりに霊力をぶつけて吐き出させる」

「なるほど」


 フユキの話す作戦にヒバリは何度か頷いた。力業な対処方法に、もう少し難色を示すのではと思っていたが、あっさりと受け入れられていることがハルには少し意外だった。


(浮島リサーチもそういう方向性なんですかねぇ)


 彼らとは現場で一緒になることも時々あるが、村雲怪異探偵事務所(じぶんたち)と比べると、大人しい手段を取るイメージがあった。もしかしたら実際は、ハルたちと似たようなやり方をしているのかもしれない。


「じゃ、役割分担を発表するぞ。まずはハル、お前はカモメに取り憑いている霊を祓ってくれ。出てきた奴に霊力をぶつけるのは俺がやる。ナツとヒバリは、分離した後の対処を任せる。アキトは周囲の警戒だ。憑いてない奴も騒ぐかもしれねぇから、くれぐれも注意してくれ」

「分かりました」

「はーい!」

「は、はい!」

「承知しました」


 四人はそれぞれ頷く。そしてすぐに各々準備を整えて、カモメに取り憑いている霊の対処を開始した。


「では、始めますね」


 カモメの横に座ったハルは、ぱちり、と扇子を開いて言う。

 それから、すう、と息を吐きながら、広げた扇子に霊力を纏わせていく。

 扇子へ十分に霊力が行き渡ったら、今度はそれを、カモメの体の上で扇ぐように軽く動かした。霊力の粒子がさらさらと、まるで小雨のように彼女の体に落ちていく。

 その、数秒後、カモメの体に異変が起きた。

 彼女の体が、ビクッ、と大きく跳ねたかと思ったら、小刻みにカタカタと揺れ始める。

 ややあって、彼女の体から人の形をした黒い靄がふわりと浮かび上がる。全身をぼこぼこと蠢かせたそれを見上げながら、ハルは「離れました!」と伝えつつ後ろへ下がった。

 入れ替わるように前へ出たのがフユキだ。その手には愛用の特殊な銃を持っている。霊力を銃弾のように固めて打ち出すことのできる特別製だ。

 フユキは銃の引き金に指を乗せ、黒い靄の腹部に狙いを定めて――撃つ。

 ガンッ、と音が響き、白い光を纏った霊力の銃弾が放たれ、黒い靄にぶつかる。靄は大きく体を仰け反らせ、天井を向いたかと思ったら、口にあたる部分から白い光が無数に飛び出してきた。


「——狐?」


 そう、狐のような形をした白い光だ。

 それらは天井付近で、ぐるぐると円を描くように周ると、ヒバリの方へ向かってくる。


「ヒバリさんっ!」


 咄嗟にハルが扇子を構え直すが、フユキが手で制した。ハルは叔父を見上げた後、もう一度ヒバリを見る。すると、どうだろうか。白い光はヒバリではなく、彼が手に持っているげっこ様の像に集まっていた。


「こっちがげっこ様みたいだな」

「それじゃあ、この黒い靄は……」


 全員の視線が、黒い靄へ向けられる。

 靄は苦し気に体を捩じっていたかと思ったら、その体がだんだんと違う形へと変化し出した。四つん這いになり、耳や尻尾ののようなものが頭に生え――こちらもまるで狐だ。


「こっちが悪い方のげっこ様ね」


 言うが早いか、ナツが愛用している打ち刀——白雉丸をすらりと抜く。刃の背を指でつうと撫でて霊力を纏わせると、刀身が白く輝き始めた。

 ナツはそのまま、流れるような動作で黒い靄へ向かって刀を薙ぐ。

 しかし靄がフッと後ろへ跳躍した。

 壁に、四つの足が当たる。

 その瞬間、黒い靄の()がはっきりと表れた。

 口を大きく開き牙を剥いた恐ろしい形相。まさに、道端に並んでいたげっこ様の像と同じだ。牙の端からぽたり、と黒い液体が滴り落ちる。


『喰ろうてやる』


 低く、しゃがれた声が聞こえたと思ったら、靄は壁を蹴り速度を上げてナツへ襲い掛かる。


 「させませんっ」


 ヒバリが防御術を行使して、ナツの前に光の盾を作り出した。靄はそれにぶつかって床に転がり落ちる。しかし、動きは止まらない。ごろり、と一回転した影は、盾の隙間からナツを狙って飛び上がる。

 ガンッ、とフユキの銃弾が靄の顔を霞めた。抉れた箇所から血煙のように靄が吹き上がる。続けざまにもう一撃。右の前脚を撃ち抜いた。


『喰ろうてやる、喰ろうてやる、喰ろうてやる。そうすれば、今度は負けぬ。あのような、人に尻尾を振る狐などに、負けたりはせぬ。一匹たりとも残さぬ、許さぬ、すべて喰ろうてやる』


 怨嗟の言葉を吐きながら靄はナツへ向かってくる。

 そんな靄とは正反対に、ナツは静かに刀を構え直し、


「それは困るからやめてね」


 ザッ、と振り下ろした。光り輝く刀身が靄の体を両断する。

 真っ二つに分かれた靄は、サァッ、と崩れて、空気に溶けるように消えて行った。

 終わった、とそれぞれが息を吐いた時、


「——っ上にもう一人いますっ!」


 アキトの声が響いた。

 バッと全員の視線が天井に向く。すると天井から、口が大きく裂けた霊がぬっと顔を出していた。女の霊だ。ニヤニヤと厭な笑い浮かべた霊は、無防備な状態のカモメに向かって飛びついてくる。


 ——しかし、霊の動きは途中で止まった。

 ぱちん、と風船が弾けるようにその体が霧散したのだ。

 そのまま、先ほどの靄と同じように溶けるように消えていく。


「……最悪の寝起きじゃないの」


 続いて聞こえてきたのはそんな声だ。

 声の方、床へ顔を向ける。そこでは、布団に横になった浮島カモメが、とても機嫌の悪そうな顔で、右手を天井に向かって挙げていた。

 よろよろと上体を起こした彼女に、ヒバリがほっとした様子で駆け寄る。


「所長! 良かった、目が覚めたんですね」

「覚めるには覚めたけど、これは一体何ごとよ? 何で村雲の人たちがいるの?」

「色々ひっくるめると佐奇森のせいだ。文句があったらそっちへ言えよ」


 カモメが何か言うより先に、フユキがぴしゃりと釘を刺した。するとカモメが怪訝そうな顔で「何で佐奇森さんの名前が出てくるのよ?」と首を傾げる。

 フユキはそれに答えずに、くるりとハルたちの方へ向きを変えると、


「よーし、ハル、ナツ、アキト。とりあえず、家の中を見て回るぞ~」

「えっ、ちょっと! 話はまだ終わっていないわ!」

「はーい。ワサビさんにも終わったって声をかけないとね」

「ねえ、聞いてる!? おーい! おーい!」

「そうですね。さっきの霊のこともありますし、家の中は清めた方が良いですよね」

「そうだな。ちょいと大変だが、手分けしてやるか」

「ちょっとぉー! ねーえー!」


 カモメの言葉を聞き流し、ハルたちは部屋を出る。アキトだけはオロオロしながら、それぞれを交互に見ていたが、少し遅れてついてきた。


「い、いいんですか? あの、彼女、あのままで……」

「いてもいなくても騒ぐだけだからな。文句を聞くなら一度でいい」

「アハ、だねぇ。でもまぁ、思ったよりも元気そうで良かったじゃない?」

「それはそうですねぇ」


 そんな話をしながらハルたちは廊下を歩く。

 後ろの方からは「ねー! 聞きなさいよー! ちょっとー!」というカモメの元気な声が聞こえていた。


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