4-2 再び、五十島家へ
ハルたちが五十島家へ到着したのは、夜の九時を回った頃だった。
民家のぽつぽつとした明かりと、道路脇で不安げに点滅する街灯を横目に、ヒバリの運転する車のライトが屋敷を照らした時、家の前にナツが座っているのが見えた。
「あれ、ナツくんだ。どうしたんだろうね?」
後部座席から顔を覗かせたワサビが首を傾げる。確かに、この時間帯に外にいるのは少し気になる。体調が悪くて外の空気を吸いに出ているのかと、ハルは一瞬心配になった。
しかし、光の加減で顔色はよく見えなかったが、彼はハルたちの乗った車を見ると立ち上がり「おーい」と元気な声で右手を振り始めた。特に問題はなさそうだ。
それなら良かったと思っているうちに車は停まり、ハルたちは外へ出る。
「お帰り~! それからワサビさん、こんばんは。遅くまでありがとね!」
「こんばんは、ナツくん。いいよいいよ、あたし、バイトで来てるから。それにフユキさんから深夜手当も出るって聞いてるし!」
「……その辺り、意外とちゃんとしているのですね」
「そうだよ~? うちの事務所はホワイトだからね!」
ヒバリに若干失礼なことを言われたが、ナツはさらっと流していた。こういう部分がハルの双子の弟の上手いところである。
そんな話をしながらハルたちは五十島家の中へと入る。玄関に足を踏み入れた時、ハルは「おや?」と首を傾げた。何だか静かすぎる気がしたからだ。生活音が何も聞こえて来ない。
それに、屋敷全体に結果が張られている。これは守るためのというより、中のものを外へ出さないように、という種類のものだ。
「ねぇ、ナツ。不在中のことはヒバリさんから聞きましたけど、他にも何かありました? 何だか人の気配がしませんが……」
「いや、あの後は特に何もなかったよ。叔父さんがね、たぶん今夜が山場になるだろうからって、五十島家の人たち外で泊まってもらってるんだ。ほら、あの温泉のとこ。宿泊施設あったでしょ?」
「あ、そういうことでしたか」
今夜が山場ということは、フユキは今日中に決着をつけるつもりでいるのだろう。
なるほど、と頷きつつ、カモメのいる部屋へ向かう。廊下をぞろぞろと歩いて行くと、部屋の障子戸が開け放たれているのが見えた。
部屋は、入ってすぐのところにフユキとアキトが立っていて、ハルたちの足音に気付いてこちらを向く。
「おう、お帰り。大丈夫だったか?」
「皆さん、お帰りなさい」
「ただいま戻りました。ええ、何とか」
ハルはそう言いながらヒバリを振り返る。彼は頷くと、鞄の中から慎重にげっこ様の石膏像を取り出した。
よし、とフユキが口の端を上げる、今度はワサビの方へ目を向けた。
「ワサビも急に頼んで悪かったな。助かったわ」
「あはは。取材旅行にもなったし、こういう仕事するの初めてだったから、正直結構楽しかったよ。探偵みたいなこともするんだね」
「そりゃお前、うちの事務所の名前を思い出してみろ。村雲怪異探偵事務所だぞ。つっても、まー、心霊現象とか怪異現象専門だけどな」
フユキはそう言うと、上着のポケットから一枚の札を取り出し、ワサビへ差し出す。
「ワサビ、さっそくで悪いんだが、これを持って玄関の外で立っててくれるか?」
「いいけど……これって、お札?」
「ああ。今、悪いものが外へ飛び出さないように、この家にちょっと仕掛けをしていてな。玄関だけは開けているから、この札で塞いでてもらいたい」
「はぇー……分かった。でもさ、どうして玄関だけ開いてるの?」
「全部閉じちまったら、げっこ様も入れねぇからなぁ」
「あー、にゃるほど! そりゃそうだ」
ワサビはヒバリの手の中にあるげっこ様の像を見て、納得した様子で頷いた。それからちょっとだけ首を傾げて、
「……ねぇねぇ。家の中にちゃんと入れてる?」
「ええ、問題なく。もっとも、まだ像の中にいらっしゃるようですが……」
「目が戻ったばかりですからね。馴染むまで少し時間がかかるのではないかなと。馴染んだら、像の外へ出ることができると思いますよ」
ハルがヒバリの言葉を補足すると、ワサビは「そっか」と笑った。
「よーし、それじゃあ外に出てるね! 何かあったら呼んでよ~!」
「分かった。ああ、そうだ。あとな、もし誰か家の中へ入ろうとする奴がいたら、俺たちの誰かが合図するまでは止めといてくれ」
「おっけー! まかせて!」
ワサビは札をひらひらと振りながら元気に返事をして、来た道を戻って行った。廊下を走る音が静かな屋敷の中に響く。
それが遠ざかるのを待って、フユキは「さて」と手を叩いた。
「そんじゃ、始めようか」




