1-8 祟り
「これは……何が……」
「お静かに! お客様の前ですよ!」
驚くアキトをよそに、ツバキは村人をそう叱責すると、素早く生徒のところへと近付いた。
「…………」
彼女は手でそっと、タチバナの顔や首に触れる。
しかし直ぐに難しい顔になった。
「――これは」
「灰鐘さん、出来ればお医者さんに診ていただきたいのですが……この村にいらっしゃいますか?」
伊吹がそう訊くが、ツバキは首を横に振る。
「……申し訳ありません。この村に医者はいないのです。いつも村の外から来ていただいていますから」
「外?」
「はい。山を下りて、近くの町から。……ですが、恐らくこれはお医者様には治せません」
彼女の言葉に伊吹はぎょっと目を剥いて、ハルとナツはスッと僅かに目を細くした。
――断言しましたね。
――断言したね。
双子はお互いにそう目配せをする。
「治せないって、どういう事です?」
「これが山神様の祟りによって起こった事だからですわ」
「祟り……!?」
伊吹は絶句する。
言葉の後に「非現実な」等と続かなかったのは、伊吹がそういう事に理解がある人間だからだ。
彼は困惑した表情をした後、一瞬、目だけで双子の方を見る。双子はツバキに気付かれないように軽く頷いてみせた。
「祟りとはどういう事ですか?」
伊吹が尋ねる。するとツバキは、
「……あれは六年前の事でした」
とう前置きして話し始めた。
口無村は山神を祀っていて、その山神に何年かに一度、たくさんのお供え物を捧げ、村の豊作と安全を祈願する儀式を行うのだそうだ。
そして儀式を行うのは二十歳以下の双子だと決まっているらしい。
「六年前の儀式の日――その時も今日のように酷い雨天の翌日でした」
いつものように儀式を執り行っていたところ、土砂崩れが発生し、儀式を行っていた双子の片割れが命を落としたそうだ。
それ以降、村に双子が生まれる事はなく、儀式のためにと外の人間に頼んでもなかなか双子は見つからない。
災害で壊れたお社や祭壇は直ったものの、双子が見つからないために儀式が出来ずにいるのだそうだ。
「儀式が行われない――だからこそ山神様は怒っていらっしゃるのです」
ツバキはそう話す。それを聞きながらハルは、
(……頼んだのはたぶん件の会合で、でしょうね)
そう推測した。
ただ、見つからないのは当然だろうなとハルは思う。
そんな怪しげな儀式のために、こんな山奥まで来てくれる奇特な人間はそうはいない。よほどのお人好しか酔狂な人間でなければ、危険を感じて近付かないのが普通である。
「最初に山神様にお仕えしたのが双子だったから、儀式も双子で行うのが決まり……という事ですか?」
「ええ、その通りです。そうでなければ山神様のお怒りに触れると伝えられているのです」
ハルが少し思案してからそう聞いてみると、ツバキは顔をこちらに向けて頷いた。
この辺りは人間の思い込みや、たまたま不幸が重なったからだろうとハルは思う。
「双子が生まれるとも限らないと思いますが、その時はどうされていたのですか?」
「外の方にお願いをして来ていただいていたのです」
「なるほど。お社の管理等は双子でなくても構わないのですね?」
「――、ええ、その通りです」
ハルの質問にツバキは頷いてそう言った。
(それはちょっと無理がありますね)
儀式を行う人間にそこまで厳しく条件を設ける山神が、普段の世話は誰でもいいとは少々理解し辛い。
ハルがそう考えていると、ツバキが立ち上がってハルとナツの方へ体を向けた。
そして二人に向かって、
「このような事をお願いするのは、大変、ご迷惑かと存じます。ですがどうか……お力を貸していただけないでしょうか? 儀式が出来れば、山神様のお怒りも収まり、この方も助かるはずなのです」
と言って頭を下げた。
(……やはり、そう来ましたか)
何となくこの流れで予想はしていたが、その通りになったとハルは心の中で呟く。
ツバキを含めて、この村の住人達はやたらと双子を気にしていた。
なので、ここまで話されれば、そういう方へ持って行きたいのだなというのは分かる。
(断る事も出来ますが……)
ハルは少し思案した。
儀式を行うよりも、生徒の状態を見て処置をする方は、どう考えても確実な手段だ。
本当に祟りのようなものがあったとしても、その矛先が口無村の住人ではない自分達に向けられる事は、普通に考えればありえないのだ。
祟るとしたらその対象は儀式を行わない・行えない村の人間に対してのはず。
(タチバナ君に何かをしたのは山神ではなく村の人達……そうであるなら、ここで断るわけにはいきませんね)
村の人間が犯人だとすれば、ハル達が断った時点で、次はもっと過激な行動に出る恐れがある。
――それだけは避けたい。
ハルは軽く頷いた後、ナツを見た。
「ナツ。やりましょう」
「そうだね。一宿一飯の恩もありますから、いいですよ~」
ナツは頷くと明るい調子でそう答えた。
「ああっ、ありがとうございます!」
「感謝します、生徒さん方」
するとツバキを含めた村の人間達がホッとした顔になる。
「…………」
しかし、その時に唯一アキトだけが、難しい顔になったのが見えた。
何か思うところがあるのかもしれない。彼は自分達が双子であると知って直ぐに、心配するような言葉をかけてくれたのだ。
味方だと判断するのは早計だが、今の表情の事は覚えておこう。
そう考えていると、
「それではこちらへ。ご案内いたします」
ツバキはそう言うと歩き出す。
ハルとナツがついて行こうとすると、
「俺も話を聞きに行くよ。悪いが皆、少しの間、タチバナの事を頼む」
「先生?」
「祟りなんてもんが起きている中で、お前達だけ行かせるわけには行かないよ」
伊吹がそう言って一緒に歩き出した。
本当に面倒見の良い良い先生である。
「ありがと、先生」
「ありがとうございます」
揃ってお礼を言うと、伊吹は少しだけ笑顔を見せてくれたのだった。