3-2 美術準備室
美術室の方はヒバリに任せ、ハルはワサビと共に美術準備室を調べ始めた。
「そう言えば、あたし、こういう準備室って入ったことないわ。先生たちがいるとこでしょ? 結構ごちゃごちゃしてるねぇ」
「そうですね。授業で使うものを置いているんでしょうけれど……」
美術準備室をぐるりと見回せば、狭い室内に所狭しと物が置いてある。中央には机が向かい合わせに二台、その周りに棚があり、そこに書籍に書類、画材に絵のモチーフ、それからよく分からない像が並んでいた。
その中に、げっこ様らしき像もあった。顔つきはキクコの作ったものと似ている。彼女の石膏像を元に作ったものかな、とハルは思った。
何となく気になって像をじっと見つめていると、左の方でガタンッと音が聞こえた。
ハルとワサビはぎょっとしてそちらを向く。
「え? 何なに? 何か落ちた?」
「これは……アルバム?」
見れば、昨年度の日付が記されたアルバムが、開いた形で落ちている。近くの棚から落ちたのだろうが――今しがたざっと見た時はそんな様子などなかった。
ただ空中をふわりと霊力が動いたような感じはする。
(何かいる?)
そう思いながらハルはアルバムを拾い上げようとして、開かれていたページに目が留まった。そこにはキクコが見せてくれたものと同じ写真が収められている。
(これは、どうにも……)
アルバムが落ちただけなら百歩譲って偶然とも言えるが、この写真のページが開いたとなれば不自然だ。
ハルがそう考えていると、
「あ、賞状持ってる。何かで賞取ったのかな」
「ええ。確か、美術部の生徒がコンクールで賞を取った時の写真だと聞きました」
「へー、すごいなぁ。あたし、そういうの全然縁がないからさ。……あ、ねぇねぇ、これってもしかして、げっこ様って奴?」
ワサビが写っている狐の像を指差す。
「はい。よくご存じですね」
「えっへへ。所長さんから連絡もらった時に、この辺りのオカルト話ちょっと調べておいたんだ。本物は結構怖い顔してるけど、こっちはかわいいよね。イラスト投稿サイトのに似てるわ。もしかしてあれ描いたの、この学校の生徒さんだったのかな~」
「イラスト投稿サイトですか?」
「うん。えーっと、ほら、これ」
ワサビは携帯電話を取り出すと、件のサイトを開いて見せてくれた。検索結果には確かに、タイトルにげっこ様とつけられたイラスト作品がいくつも表示されている。投稿者は同じ人物のようだ。
そのイラストを見てハルは目を瞠った。何故なら描かれたげっこ様の目が、翡翠色に塗られているのだ。
順番に見ていけば、ある日を境にぴったりと投稿が止まっていた。
今から大体四ヵ月前だ。キクコの像から目がなくなったタイミングと同じである。
「狐石の瞳……」
「どったの、ハルちゃん?」
「ワサビさん、その予想、当たりかもしれません」
◇ ◇ ◇
美術室と美術準備室をひと通り調べた終えたハルたちは、お昼休みまで待って、今度は美術部員を探してげっこ様の像について話を聞いていた。
「あー、げっこ様ね! 五十島先生が作った像でしょ? あれ、かわいいよねぇ。顔もかわいいけど、目がすっごく綺麗だったよね。皆で翡翠かな~なんて話してたんだけど、四ヵ月くらい前だったかな。急になくなっちゃったんだよね」
「それにはいつ気が付きましたか?」
ハルが尋ねると、美術部の三年生だと言う磐田は、顎に人差し指をあてて「ん~と」と天井を見上げる。
「……確か、授業が終わった時かな。朝、美術準備室を覗いた時にはあったんだけどね」
「朝……部活です?」
「ううん、違うよ~。あたしバスで通学してるんだけど、家が遠い上に路線が一日三本しかないのよ。しかも朝は早い奴。だからそれに乗って来てるんだけど、授業始まるまで結構時間あってさ、ヒマなんだよね。それで五十島先生に相談したら、じゃあ準備室で時間を潰すといいよって言ってもらえたんだ。先生ね、こっそりコーヒー飲ませてくれるの。豆から曳く奴ね。美味しーのよ、これが。先生も優しいし、最高だったんだけどなぁ……」
彼女はにこにこ微笑って話してくれていたが、最後の方は少し表情が曇った。
「……げっこ様の目がなくなって、それからちょっとだけ、部活内でギクシャクしちゃって」
「ギクシャクですか」
「うん。部員の誰かが像の目を盗ったんじゃないかって話になってね。ほら、美術準備室って、あんまり人が寄り付くような場所じゃないじゃん? いるのは大体先生か美術部員で……だから、うちらの誰かの仕業じゃないかって。それで、マキとちょっと喧嘩になっちゃって」
「マキさんとは?」
「多田マキ。絵がすっごく上手な子でね、コンクールで賞も取ってるんだよ」
コンクールと聞いて、あ、とハルは先ほどのアルバムを思い浮かんだ。たぶん彼女のことだろう。
「差支えなければ、どうして喧嘩になったか教えていただいても良いですか?」
「良いよ。んー……何て言うかな。盗まれたんじゃないかって話になって、それで、犯人は自分たちの中の誰かじゃないかって話してて。でも、誰も自分だって言わないでしょ。あたしも仲間が犯人だって思いたくないけど……でもさ、そういうことがあると、お互いに疑心暗鬼になっちゃうじゃない? それで五十島先生の像に一番興味を持っていたマキが疑われて、五十島先生もそのあとで休職になっちゃって……」
「ああ……」
その光景が頭に浮かんで、ハルは何とも言えない気持ちで軽く頷いた。
犯人がいるかいないかはともかく『疑われた』という事実は、心理的にもかなり負担がかかる。犯人ならば嘘を吐くし、犯人扱いされたなら反発するだろう。そこから喧嘩に発展して――磐田の様子を見ると、恐らくこの話はまだ解決していない。少なくとも人間関係はこじれたままなのだろう。
「……マキね、あの像の目が綺麗だねって、ずっと言ってたんだ。げっこ様の絵もよく描いていたし。コンクールに出したのもげっこ様の絵でね。だから目がなくなった時に、真っ先に疑われたの。五十島先生は、何かの拍子に落っこちて、どこかに紛れ込んだんでしょうってフォローしてくれたんだけどね……」
「なるほど……。お話を聞かせていただいて、ありがとうございます。多田さんにもお話を聞いてみようと思いますが、どちらにいらっしゃるかご存じですか?」
「昼休みは分かんない。あの一件以来、美術室でご飯食べなくなったから……人がいないところへ行ってるんじゃないかな。でも放課後なら、校舎裏の桜の木にいると思うよ。そこ、小鳥が集まってくるから、スケッチしてると思う」
「ありがとうございます、行ってみますね」
ハルは磐田に頭を下げると、くるりと踵を返す。
(とりあえず、放課後まで待ちますか)
その時ふと、ハルの肩に何かが触れた。一瞬立ち止まって顔を向けるが、何もない。ただ、ふわりとした霊力の揺らぎは感じた。美術室で感じた霊力と同じものだ。
何かが学校内を動き回っている。けれども、それからは何か悪さをしてやろうという嫌な感じはしない。
もしかしたら、と思いながらハルは次の美術部員を探して歩き出した。




