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村雲怪異探偵事務所  作者: 石動なつめ
CASE5 帰れないげっこ様

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2-4 温泉までの道


 部屋を片付けたハルたちは、カモメのもとに一人見張り役を置いて、交代で食事を済ませた。その間、おかしなことは起きなかったものの、異変のことで皆気がそぞろになっていて、食事中は静かなものだった。

 その後は近場の温泉へ向かった。体を清潔にするというのは衛生面でもそうだが、この仕事においても「清める」という意味で大事だ。だからハルたちは、依頼で遠出した時も、風呂には欠かさず入るようにしている。

 ちなみにキクコからは「うちのお風呂を使っていただいても……」と言ってもらえたのだが、さすがに人数が多すぎるためフユキはやんわりと断っていた。


「ヒバリはどうする?」

「私はこちらでお借りしているので結構です。それに一人は待機していた方が良いでしょう」

「そうか。なるべく早めに戻るから頼むわ」


 そう言って、ハルたちは歩いて温泉へ向かった。

 温泉の名前は『狐の湯』と言うらしい。それを聞いてナツが「また狐かぁ」とつぶやいていたが、その気持ちはハルにもよく分かる。ここへ来てから、ずっと狐の話題に触れてばかりだからだ。

 げっこ様自体は、きっと悪いものではないのだろう。道端に立っているげっこ様の像を見て何となく不気味に感じたが、古くから守り神として慕われるくらいだ。あの時感じた不気味さは、もしかしたらハルたちがこの集落に悪さを持ち込まないようにと、げっこ様が睨みを利かせていたせいかもしれない。


 そんなことを考えながらハルは田舎の道を歩く。街灯がチカチカと点滅している以外は、人工的な光源はほとんどない。星空の下に虫の声だけが響いている。

 何気なく周りを眺めていると、ふと、道の脇にげっこ様の像を見かけた。相変わらず怖い顔をしている。じろりとこちらを()めつけるその顔を見ていたら、ハルの頭にキクコの作ったげっこ様の石膏像が浮かんできた。


「ハル、何見てるの? って、あら、げっこ様だ。本物はこういう感じなんだね」

「ええ。五十島家へ来るまでの道にも、ぽつぽつ並んでいました。やっぱりキクコさんの作った像とは顔が全然違いますね」

「かわいい顔してたんでしょ? 僕も後で見せてもらおっと。……でも、確か狐石の目がなくなっちゃったんだっけ」

「らしいです。学校で……キクコさんは言葉を濁してはいましたが、盗まれたんじゃないかと思ってらっしゃるみたいですね」


 学校に置いた像からなくなったのだとしたら、犯人は学校関係者だ。

 キクコから聞いた話によると、普段この像は美術準備室に置いてあったらしい。そして美術部の活動等で絵のモチーフとして使う時に、美術室の方へ移動させていたのだとか。

 つまり、この石膏像のことをよく知る人間は限られている、ということになる。例えば、彼女が顧問を務めていた美術部員だ。


「急に目がなくなっちゃって、かわいそうだね。戻ってくるといいなぁ」

「……そうですね」


 ハルは頷くと、何となく手を合わせた。ナツもだ。双子は揃って目を閉じると、げっこ様の像に祈りを捧げる。


(ちゃんと解決できますように)


 ややあって目を開けた二人は、フユキとアキトの背を早足で追いかけた。



     ◇ ◇ ◇



 その時間帯の温泉にはハルたち以外に客がおらず、まるで貸し切りのようになっていた。

 遠くから響くナツたちの賑やかな声を聞き流しながら、ハルがゆったりとお湯に浸かって出てくると、ちらほらと人の姿が見え始める。駐車場に県外車が数台あったので、恐らく食事を終えた泊り客だろう。

 すれ違う際に軽く会釈して温泉のロビーへ向かう。そこにはまだナツたちの姿はなく、ハルはひとまずソファに座って待つことにした。

 窓際にある、丸テーブルを挟んだ白いソファに腰を下ろす。窓から外を見れば、夜の色に染まった森と星の瞬く空が広がっていた。


「ねぇねぇ、お姉ちゃん」


 ハルが風景をぼんやりと眺めていたら、ふと、右手側から声をかけられた。

 顔を向けると、七歳前後くらいのおかっぱの女の子が立っていた。彼岸花柄の白い浴衣を着ている。かわいらしい雰囲気の子だ。


「はい、何でしょう?」

「お姉ちゃん、五十島のお(うち)へお仕事に来た人でしょう?」


 ハルは思わず目を瞬いた。五十島家のことを知っているなら、この子は地元の住人だろう。それにしても耳が早い。ハルたちがこちらへ到着したのは夕方で、五十島家以外の人間とほとんど接触もしていないのに。

 驚きつつも、ハルは「そうですね」と頷いておいた。


「あなたはここの生まれの方ですか?」

「そうだよ! ずっとここにいるの。ここね、とっても居心地の良い場所なんだよ」

「ずっと?」


 いくつかの言葉に引っかかりを感じたハルは、少し首を傾げて訊き返した。しかし、女の子から返ってきたのは「うん!」という元気な肯定だけだ。


「五十島の子が頑張ってくれていたからなの。でもね、五十島のお姉さんが引っ越す時に、ちょっとだけ一緒に行ってくるねって言ってお出かけしたまま、戻って来れなくなっちゃったの。だから皆で頑張っているんだけど大変なの」

「……?」


 引っ越した五十島のお姉さんというのはキクコのことだろう。五十島家にいる女性はキクコと彼女の母親だけだ。

 では戻って来ない五十島の子というのは誰を指しているのか。キクコは結婚していないし、子供がいるならば、年齢にもよるが「お出かけ」ではなく一緒に行ったままではないだろうか。

 ハルが怪訝に思いながら女の子の話を聞いていると、不意に彼女の表情が少し曇った。


「帰りたくても帰れないって、泣いているの。かわいそうなの」

「……その子は、今どこにいるかご存じですか?」

「あのね、風が丘――」


 ハルの質問に、女の子が答えかけた、その時。


「やー、良い湯だったわぁ」

「あ、ハルもう上がってる。」

「お待たせしました、ハルさん」


 背中側からフユキたちの声が聞こえて、ハルは反射的にそちらを向いた。彼らはそんなハルの表情を見て、軽く首を傾げる。


「ハルさん、どうしました? あ、のぼせたりしました?」

「いえ、そんなことは。今、この子の話を……」


 ハルはアキトに返事をしながら、顔を女の子の方へ戻した。

 しかし、そこには誰もいない。ハルは目を瞠った。


「あれ……?」

「誰かいたのか?」

「あ、はい。ここに女の子が……。彼岸花の浴衣を着た、七歳くらいのおかっぱの子なんですが」

「女の子? 僕たちがロビーに来た来た時は、その辺りに誰もいなかったよ」

「…………」


 ハルはぽかんと口を開けた。もしかして、あの子は幽霊だったのだろうか。

 実のところハルは、人間と幽霊の見分けがつかない時がある。カモメに取り憑いている霊のように嫌な気配がするとか、そちら側ならばすぐに分かるのだが、そうでない場合は普通の人間のように感じてしまう。

 今回もそうだったのかもしれない。状況が状況だけに、何だか狐につままれたような気分にもなるけれど。


「浮遊霊かなぁ」

「どうだろうな。近くには……いねぇみたいだが。その様子だと、何か気になる話を聞いたんだろう? ここじゃ何だし、ひとまず五十島家へ戻るか」

「あ、はい。そうですね」


 ハルは頷いて立ち上がった。

 その時に何となく、もう一度女の子が立っていた場所へ顔を向ける。


(風が丘……どこかで聞いたような)


 彼女は確かにそう言った。どこにあるかは知らないが、最近聞いた覚えがある。

 どこで聞いたのだっけとハルは考えて、ややあってたどり着いた。


(——キクコさんが赴任していた学校だ)

 

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