2-3 五十島家を守るモノ
夕食のご用意ができましたよ、と呼ばれてハルたちは客間へと集まった。
長いテーブルの上に、美味しそうな料理がででんと乗っている。夏野菜の入ったほうとう鍋だ。おお、と歓声を上げたナツとフユキは、いそいそと席に着いた。
「僕、ほうとうって初めてだ。一度食べてみたかったんだよねぇ。ん~、良い香り」
「ふふ、それは良かった。しっかり食べてくださいね。ご飯もありますから、遠慮なくどうぞ」
ハルたちの様子を見てイサザはニコッと笑うと、そのまま静かに部屋を出て行った。
食事代でも結構な負担になるだろうと、ハルは少々申し訳ない気持ちになりつつ、席につく。アキトとヒバリもそれに続き「いただきます」と声を揃えて言い、食べ始めた。
「それで調査の話なんだがな」
食事をしながらフユキが切り出した。
「家を荒らされた時の写真をイサザさんに見せてもらったんだが、やっぱりありゃ人じゃねぇな。動物だ」
「動物?」
「ああ。動物とかカラスとか……生き物がゴミを荒らした時の様子に似てる」
そう訊いて、ハルの頭の中にげっこ様が浮かんだ。あの神様も見た目は狐だ。
関係があるかないかはともかく、判断材料として必要だろうとハルは口を開く。
「動物と言えば、先ほどキクコさんから聞いた話なんですが――」
げっこ様の話、キクコの作った石膏像、そして消えた狐石の目。それらを順番に話すと、全員が箸を止め神妙な顔になった。
「げっこ様……狐か。この辺の信仰だろうな」
「狐……そう言えば、この家の玄関にも狐のお面が飾られていましたよね。あれもそうなんでしょうか?」
「はい。あれもげっこ様のお面らしいです。ただ、この辺りに伝わっているげっこ様のお顔とは違いますが……」
ヒバリはハルの方を見た。
「ハルさんが見たものと似ていませんか?」
「そうですね、確かに。もしかしたら、キクコさんが会ったげっこ様はそれなのかも」
「どういうことですか?」
不思議そうにアキトが首を傾げる。
「彼女が見たげっこ様は、この家を守る神様——産土神のようなものではないかなと」
「なるほど、神様……あっ、そだそだ、居間に神棚があったね。あれってそういう?」
「はい。五十島家の皆さんはげっこ様を祀っていると言っていましたが」
産土神は人々が生まれ育った土地を守る神様で、その土地に生まれた者の一生を見守ってくれると言われている。げっこ様と似ている部分もあり、そう考えるとキクコの前に姿を現したげっこ様の表情が、穏やかなものだったことにもひとまず説明がつく。
しかし――。
「そうだとしたら、この家の神様はどこへ行っちゃったんだろう」
ナツが指の背を顎に当てて、不思議そうに言った。
問題は、そこなのである。キクコが会ったげっこ様が産土神だと仮定すると、この家は神様に守られている。人の前に姿を見せるような、近しい関係にある神様の気配ならば、こういう仕事をしているハルたちは少なからず感じ取れる。浮島リサーチもそうだろう。
しかし、今この家の中には、そういう気配が感じられない。
「神無月ならご不在なのも分かるのですが……」
「その頃は、出雲に出かけるもんねぇ」
「ま、その辺りは神様にもよるが、実際に気配は感じられねぇな。封じてあるなら別だがよ。異変が起き始めた頃の様子から考えても、五十島さんたちはそういうことには疎そうだ。となると、げっこ様はどこへ行ったのか……」
フユキの視線がすいとカモメが眠っている方向へ向けられる。彼女に取り憑いている『何か』を思い浮かべているのだろう。
カモメがすぐさま除霊しなかったあたりその可能性もあるが、あの嫌な気配は守り神という雰囲気からはかけ離れている。
「どーにも分からんな。ひとまず明日、キクコさんがげっこ様に会ったっていう裏の山を調べるとして……」
そう言いかけた時、ぎゃおう、と悲鳴のような声が聞こえてきた。
声のした場所は近い。ちょうど、カモメのいる部屋の方からだ。
ハルたちは顔を見合わせると、立ち上がって客間を飛び出した。
バタバタと足音を気にする余裕もなく廊下を走り、部屋へ駆けつける。力任せに障子戸を開けて飛び込めば、一同は目を瞠った。
ハルたちが持ち込んだ荷物が、部屋中に散乱しているのだ。
唯一、何ともないのは中央で眠っているカモメだけだ。彼女の周りにだけは、まるでそこだけを避けたかのように、物が一つも落ちていない。
「こいつは派手にやられたな。……しかし、こうなるとカモメに取り憑いている奴以外の何かもいるってことか」
「なーんか、ややこしくなってきたね。えーっと、どっかに……」
言いながら、ナツは部屋をぐるりと見回しながら歩く。数歩進んで、彼は下を向いた。そこにはナツの携帯電話が落ちている。
ナツはそれを拾い上げると、すいすいと操作し始めた。
「ナツ、携帯電話こっちに置いてきてたんです? 珍しいですね」
「ちょっとね。ほら、僕たち夕食の時間離れるからさ、その間に何か映像が撮れるかなって録画してたんだけど……ああ、撮れてる撮れてる。すごいねぇ、これ」
動画を再生させると、ナツはハルたちが見やすいように、画面を向けてくれた。
映っていたのは、鞄の中身が、かき出されるような勢いで飛び出している様子だ。
「あらまぁ。やっぱり荒らしているのは人ではないですね」
「そうだなぁ。ナツ、とりあえず現場の写真も撮っといてくれ。それが終わったら、なくなった物がないか調べながら片付けるぞ」
「はーい」
フユキの指示で、ヒバリも含めてハルたちは動き出す。その中で、アキトだけが何か思案するような顔で立ちすくんでいた。
そんな彼に気が付いて、ハルは手を止めて振り返る。
「アキトさん、何か気になることがありましたか?」
「えっ、あ、いえ……はい。さっき聞こえた、悲鳴みたいな声についてなんですが……あれって人の声なんでしょうか。私には別のものに聞こえてしまって」
「別ですか?」
「はい。ほら、私の家は山の中にあったでしょう? だから、色んな動物の声も聞こえてくるんですが……さっきの声、狐に鳴き声に似てるんです」
アキトがそう言うと、他の三人もこちらを見た。
「えっ、狐って、コーンって鳴くんじゃないの?」
「創作ではそうですね。コン、とか、ワン、とか聞こえることもあるんですが、実際はぎゃーとかぎゃおうとか、しゃがれた感じなんです」
「へぇー、狐ってそうなんだ……って、あれ? 五十島さんのお母さんが聞いた悲鳴も、それじゃなかった?」
「そう……そうです。確かにそう仰っていました」
ヒバリがハッと顔を上げて頷く。
「つまりどの異変も犯人は狐……」
全員の頭に、一つの名前が浮かぶ。
「——げっこ様?」




