2-1 異変
ハルたちがまず行ったのは、この家に住み着いた霊がどういうものか、という調査だ。
いつからいるのか、どんなことを起こしているのか。大体は、すでに浮島リサーチが調査済みのため、その資料を元により細かいことを調べている。
浮島リサーチの資料によると、五十島家に霊が住み着いたのは今から二ヵ月ほど前のことらしい。らしい、というのは、ちょうどその頃からおかしなことが起こり始めたからだ。
「それじゃあ、改めてお話を伺わせていただきます。浮島リサーチが聞いた内容と重複してしまうかもしれませんが、どうかご容赦ください」
居間に五十島家の人間を集めたフユキは、そう言って彼らに話を聞き始めた。
まず異変に気が付いたのは五十島キクコだった。風が丘高等学校で教師として働いていた彼女は、とある事情で仕事を休職し、実家に帰っていた。そんな彼女が、夜に廊下を歩いていたところ、天井を走り回るような小さな足音を聞いたのだそうだ。人間の足音よりも軽い、例えば猫のような小動物の足音に似ていたと言っていたらしい。
ただその時は、野良猫が天井にでも入ったのだろう、というくらいで、あまり気にしていなかったそうだ。
しかし、それが毎晩続いたので、天井に住み着いたら困るなと思った彼女は、兄のイサザに頼んで見てもらった。けれど天井に何か動物が入った様子もなかった。幻聴ではないかとキクコは言われたらしい。あれだけはっきり聞こえたのだから、そんなことはないと思ったが、その足音は彼女以外に誰も聞いていない。休職の原因も仕事のストレスだった彼女は、そうかもしれない、と思うことにしたらしい。
そうしていると、今度はイサザの周りでも異変が起こり始めた。イサザや、彼の子供の部屋が、何者かに荒らされるようになったのだ。
机や箪笥の引き出しや押し入れが開いていて中身がぐちゃぐちゃにされていたり、ゴミ箱が転がって中身が床に散らばっていたり。一度や二度ならば、閉め忘れや自分が忘れているだけ、ということがあるだろう。けれどもそれは何度も続いて、最初は家族の誰かが意地悪をしているのではないかとイサザも考えたが、五十島家は昔から仲が良い。家族全員に確認してみたが誰もやっていないとの返事だった。
何者かが侵入しているのではないかと危惧したイサザは、警察に相談したり、部屋にカメラをしかけて様子を録画してみた。すると、どうだ。誰もいない部屋でひとりでに引き出しが開いて、中身が飛び出しているではないか。悲鳴を上げかけたイサザは、その時になって妹のキクコが言っていた話を思い出したらしい。
「もしかしたら、これは幽霊の仕業なんじゃないかって。そんな非現実なことあり得ないとは思ったのですが……今度は家中でおかしなことが起き始めたんです」
「具体的にはどんな?」
「靴箱から靴が放り出されていたり、冷蔵庫の中身が荒らされていたり……ああ、あと、母がおかしな声を聞いたと」
「おかしな声?」
「ええ。ぎゃあとか、ぎゃおう、とか……まるで悲鳴みたいな……」
「悲鳴……」
ハルは手帳にメモを取りながら、何だか被害が控えめだな、という風に感じた。
もちろん家中を荒らされるなんて困りものだし、正体不明の何者かが潜んでいると思えば精神的なストレスは大きいだろう。
話を聞けば、これらのことは二ヵ月間ほぼ毎日起きているらしい。次女のキクコはノイローゼになりかけているそうで、なるほど確かに顔色は悪かった。
そんな状況であるにも関わらず、五十島家の人間には誰も、霊から直接的な危害を加えられていない。そこにハルは疑問を感じた。
霊は何かの理由や原因があって、この家に住み着いている。それが恨みであれば、怪我や病気など住人に何かが起きているはずなのだ。
しかし、そうではない。五十島家の者たちは精神的に参っているが、それは不安からのものであって、霊が直接何かをしたわけではない。少なくともハルにはそう見えた。
(カモメさんが除霊していない、という点も気になりますし)
五十島家へ強い悪意を抱いているのであれば、カモメは強引にでも除霊していたことだろう。そうではないということは、ここに住み着いている霊は、住人たちへ危害を加えようとしているわけではないと推測できる。
「異変の原因について、何か心当たりはありませんか?」
「ありません。妹が家に帰ってきてすぐに起き始めたくらいで……」
イサザはキクコの方へ顔を向ける。キクコは気まずそうに俯いて「私が、何か連れて来てしまったのかしら……」と小さな声で言う。
「キクコさんが働いている学校でも、何か心霊現象が起きたんですよね?」
「はい。教室が荒らされたり、スピーカーから妙な声が聞こえたりしてきて……。思い出してみれば、今回のことと似ているかもしれません」
「なるほど。ですがそれは浮島リサーチが解決したと伺いましたが」
フユキはヒバリに、念を押すように確認する。するとヒバリはこくりと頷いて「ええ、間違いありません」と言った。
「所長が除霊を行い、それから数日様子を見ましたが、異変は一切起きませんでした」
「あっ、え、ええ、その……えっと……ご、ごめんなさい、私、失礼なことを……」
「いえ、お気にならず。このようなことが起きれば、そう思うのも当然のことです」
キクコは何か言いたげな様子で視線を彷徨わせた。おや、とハルが首を傾げていると、キクコを気遣うようにヒバリはやや声色を和らげる。彼女がホッと息を吐いたのを見て、こういう対応もできるんだな、とハルは思った。
「なるほど、分かりました。お時間をいただき、ありがとうございました。調査中にまたお話を伺うことがあると思いますが、今日のところはこれで大丈夫です」
フユキはそう言って頭を下げる。すると五十島家の人たちは、不安そうな顔をしているものの、立ち上がってぞろぞろと居間を出て行った。とん、と襖が閉まると、フユキが大きく息を吐く。
「はー、堅苦しいしゃべり方は疲れる」
「叔父さん、オンオフの落差が大きいよね。佐奇森さんみたい」
「あいつと一緒にせんでくれ。どう考えてもあっちの方が酷いわ」
フユキはうんざりと肩をすくめる。
「で、どう思う?」
「キクコさんが帰って来てから異変が起き出したなら、そこがトリガーになってるって考えるのが普通だよねぇ。最初に異変を感じたのもキクコさんだし。さっき何か連れて来ちゃったのかもって自分でも言ってたけど……ヒバリさんたちが来た時はどうだったの?」
「最初にお会いした時には特に何か取り憑いてはいなくて、今と同じ様子でしたね」
「そっか。それじゃあ別に、キクコさん本人に執着してるってわけでもなさそうだ」
良かった良かった、とナツは笑う。
それはどうだろう、とハルは思ったが、キクコだけに一点集中して異変が起きる状況では、彼女自身が危険だ。分散しているだけマシ、ということだろう。
「俺も同感だな。だが無関係とも考え難い。彼女が何かを持ち込んだのか、それとも彼女が来たことがきっかけになって霊が目覚めたのか――後者じゃねぇといいが」
言って、フユキがヒバリに「どうだ?」と訊く。
ヒバリはゆっくりと首を横に振り、
「まだ、何とも。社長は家を調べている時に偶然霊と遭遇して何かに気付き、自分の体に霊を取り憑かせたんです」
と言った。




