1-7 不穏
翌朝、ざわざわした人の声と足音でハルは目を覚ました。
携帯で時間を確認すると朝の五時半を回ったところである。
(圏外……?)
その時ふと、携帯の電波状況が目に入った。
圏外だ。携帯を持ち上げてみたり軽く振ってみたりしたが特に変化はない。
昨日まではちゃんと繋がっていたと思うのだが……。
おかしいなと思っていると、ハルの隣の布団がもぞもぞと動いて、寝ていたヒナがこちらを向いた。
「ふぁ……ハルちゃん……? どうしたのぉ……?」
「いえ、外が何か騒がしくて。何かあったんですかねぇ」
「ううん……何だろぉ……」
彼女も足音で目を覚ましたのだろう。寝ぼけ眼をこすりながら上半身を起こした。
「私が様子を見て来るので、ヒナさんは寝ていて大丈夫ですよ。昨日は疲れたでしょう」
「いいの? あう、ありがとぉー……」
ハルがそう言うとヒナは、ぽすん、と倒れながら枕に頭を沈め、すぐにすうすうと寝息を立て始める。
よほど眠かったようだ。
可愛いなと思いながらハルは小さく笑うと、布団から立ち上がって浴衣を整える。
まだ寝ている子もいるので、音を立てないように静かに障子戸を開けると、ハルはそっと部屋を出た。
縁側から、ざあざあと雨が降っている外の様子が目に入る。
一夜明けて多少は弱くなっているが、それでもまだまだ止む気配はなさそうだ。
これは今日も村を出るのは難しいかもしれない。
そんな事を考えながら声のする方へ歩いて行くと、そこは男子の部屋だった。
村の人間も数人集まっている。
……クラスメイトに何かあったのだろうか。
嫌な予感を感じながらのぞき込むと、一人の男子が眠る布団の周りを大勢が囲んで、心配そうに見下ろしていた。
「あ、ハル」
どうしたのかと見ていると、ナツがハルに気が付いた。
彼はこちらへやって来て部屋の外へ出ると、ちょいちょいとハルを手招きする。
どうやら周囲に聞かれたくない話があるようだ。
ハルは頷いてナツについて行き、その場から少しだけ距離を取った。
「何かあったんですか? あれ、タチバナ君ですよね?」
「うん。……タチバナの奴さ、身体が冷たくなって、目が覚めないんだ」
「……! それは」
最悪の事態を想定して、ハルの顔色が変わる。
だがナツが「あ、大丈夫大丈夫」と慌てて首を横に振った。
「ごめん、言葉が足りなかった。タチバナは生きているよ。ちゃんと呼吸もしているから安心して」
「ああ、そうなんですね。びっくりした……良かったです」
「うん。ただね、まるで凍ったように身体が冷たくなっていて、呼び掛けても揺すっても、全然目が覚めないんだ」
ナツはそう説明してくれた。
生きている事は良かったが、どうも奇妙な状態になっているようだ。
「まだ早い時間なのに、良く気が付きましたね」
「ああ、それはね。寝相の悪い奴がいてさ。そいつの足がタチバナに当たったら、びっくりするくらい冷たかったらしくて、それで飛び起きて叫んだんだ。他の連中はその声で目が覚めたってわけ。……まぁある意味、良かったとは思うけど」
「……そうですね」
たぶん、相当驚いただろうけれど、発見が早かったのは良かったかもしれない。
「仮死状態とは違うように見えるんだよな。でも雰囲気的には少し似ているかも」
「なるほど……。……昨日の狼といい、今日のタチバナ君の事といい、どうも嫌な流れですね」
「同感。……だけどタチバナに関しては、誰かに何かをされたんだと思うよ。」
「と言うと?」
「僕が近くで見た感じだと、身体が見えない何かに覆われていたんだ。あれは霊力かな。誰かに術でも掛けられたんじゃない?」
そう言いながらナツはちらりと村の人間達へ視線を向けた。
ハル達のクラスメイトが、こんな場所でタチバナに何かする理由はない。
村に着いたとたんにこれならば、怪しいのは村の人間だ。
ただなぜそんな事をしたのか動機が分からない。
「ハル。とりあえず、アレを何とか出来ないかな」
「うーん。一度ちゃんと診てみない事には何とも。出来れば人払いをしたいところですね」
「だよねぇ」
ハルとナツは、住んでいる家――村雲怪異探偵事務所でやっているアルバイトの関係で、こういう不可解な現象の対処には慣れている。
先ほどナツが言った術という、ゲームや漫画で言うところの魔法のようなものもハル達は使える。
けれども人前でそれを使うのは、出来れば避けたかった。
理由は単純に「そういう風にして欲しい」と言われているからだ。
それに、妙な視線を向けて来るこの村の人達の前では、あまり見せない方が良いとも思う。
(……伊吹先生はこちらの事情を多少知っているから、頼んでみましょうか)
そう思っていると、
「うわああああ、祟りだ! 山神様の祟りだ!」
後からやって来た村の人間の一人がタチバナを見てそう叫び、腰を抜かした。
青褪めた顔で、頭を抱えてぶるぶると震えている。
「祟りだって……?」
ナツが怪訝そうに片方の眉を上げる。
何かをされたのは確かだが、そこに祟りと言う言葉が出て来るのは穏やかでない。
「僕にはそういう風には見えないけどなぁ」
「そうですね。そもそもうちのクラスメイトが祟られる理由がありませんし」
「祟られると言うなら、まずはこの村の人達からだよねぇ」
そんな話をしていると、さらに足音が二つ、こちらへ近づいて来た。
やって来たのはツバキとアキトだ。




