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村雲怪異探偵事務所  作者: 石動なつめ
CASE5 帰れないげっこ様

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1-1 浮島リサーチ


 かえりたい。

 かえりたい、かえりたい、かえりたい。

 でも――。


 かえりみちが、みつからない。



     ◇ ◇ ◇



 その日、村雲怪異探偵事務所では、所長フユキの怒声が響き渡っていた。

 

「だから、文句なら佐奇森に言えって言ってるだろーが! うちは超現課からの依頼を受けただけで、そっちの客を取ろうだの何だの、そんな意図はねーよ!」


 固定電話の受話器を手に、唾でも飛びそうな勢いでフユキは言う。普段ここまで語気を荒げないフユキにしては珍しいが、それも仕方がないなぁと叔父の姿を横目に見ながらハルは思った。

 電話の相手は浮島(うきしま)リサーチという、怪異や心霊現象を調査する会社だ。ハルたちの同業者である。

 けれども関係は良好とは言えない。浮島リサーチが、村雲怪異探偵事務所を一方的にライバル視しているのだ。

 その理由は家同士の確執だ。浮島リサーチを経営している浮島家は、昔からハルたちの本家である村雲家と仲が悪いのである。

 浮島リサーチとは仕事現場で鉢合わせることもあるが、そのたびに所長が、フユキを猫のように威嚇して噛みついてくるのだ。もっともフユキが年の功(彼もまだ三十代だが)もあって上手くあしらっているのだが、毎回疲れた顔になっている。相手をすると体力をごっそり吸い取られたような気になるらしい。ハルも、こちらへ不条理に文句を言ってくる浮島リサーチが少々苦手だった。

 それにハルたちは村雲の本家から距離を置いている。もともと大した接点もないので、自分たちと本家を同一視されるのはあまり気分が良いものでもなかった。

 もちろんそんなことは、浮島リサーチ側からすれば知ったこっちゃないだろうけれど。


「あー、はいはい。そうしてくれ。それじゃあな! 夏風邪引くなよ!」


 ガチャン、とやや乱暴にフユキは受話器を置いた。ひとまず話は終わったらしい。

 眉間にしわを寄せたフユキは、手で後頭部をガシガシとかきむしると、ハルの向かい側のソファにどさりと体を沈めた。


「浮島リサーチさん、しつこかったですねぇ」

「まったくだよ……はぁ、マジで疲れた。仕事するより疲れたわ……」


 フユキは盛大にため息を吐くと、テーブルの上に置かれた湯呑を手に取った。かれこれ三十分くらい電話をしていたものだから、お茶はすっかり冷めてしまっている。フユキは渋い顔のままお茶を一気に飲み干すと、湯呑をテーブルに戻し、ソファの背に凭れかかった。


「もしかして末木家関係のお話でした?」

「そうそう。何でも契約が打ち切られたんだと。それをうちのせいだとか抜かしやがる」

「あらまぁ」


 末木家——ドッペルゲンガーに関わる事件が起きた家だ。あれから複数人の逮捕者が出たと聞いていたが、逆にその状況で、浮島リサーチが未だに契約を続けていたことにハルは少なからず驚いた。

 あそこはそういう話に敏感だ。事件のことを知れば、自分たちの評判を心配してすぐに手を引くと思っていたが、どうやらそうでもなかったらしい。


(まぁ、浮島さんたちは好きですからね、権力とかお金とか)


 そんなことを心の中で独り言ちながら、ハルは開いていた本に栞を挟んで閉じる。


「理由とか言ってました?」

「遠くへ引っ越すからだとさ。自分たちがやったことが世間様にバレて居辛くなったんだろう。盗作に傷害事件、さらに事件隠蔽ときたもんだ。酷いもんだぜ。全国ニュースにゃならなかったが、地元じゃ尾ひれがついて広まってる。妙なことが起きないうちに引っ越すか、ほとぼりが冷めるまで離れた方が安全だってアドバイスされたらしい」

「アドバイス? どなたからです?」

「佐奇森」


 フユキから短い答えが返ってきた。それだけでハルは色々と察して「なるほど」と軽く頷いた。

 噂が広まれば、誹謗中傷に晒されやすくなる。それがエスカレートすれば、新たな事件となりかねない。

 加害者が被害者に、そして無関係な者たちが加害者に。それを防ぐために佐奇森は末木家にアドバイスをしたのだろう。その結果が浮島リサーチとの契約終了に繋がったのだ。

 うーん、とハルは唸った。件の事件を解決したのは村雲怪異探偵事務所なので、関係していなくもないとは言える。ただ、かなりの八つ当たりだ。


「でも、文句だけ言っていたんじゃないんでしょう?」


 顔を合わせれば喧嘩腰の浮島リサーチだが、文句を言うためだけに電話をしてくるようなところではない。

 だからハルが訊いてみると、フユキはよっこいせと体を起こし、ずれたサングラスを押し上げてから、膝の上で手を組む。


「ああ。仕事の話だった」

「あら、浮島リサーチからお仕事の話とは珍しい」

「まぁな。手に負えない事件が起きたから手伝ってくれってさ。カモメが霊に憑依されたらしい」

「はい?」


 ハルは思わず目を丸くした。カモメというのは、浮島リサーチの新所長の浮島カモメのことだ。

 年齢は二十二歳と若いがなかなかのやり手で、所長の座を継いでから精力的にあちこちへ営業をかけているそうだ。その努力の甲斐あって、色々なところに繋がりを作っている。村雲怪異探偵事務所が滅多に参加しない、同業者による会合も積極的に顔を出して発言を頑張っている――というのを、ハルもカモメ自身から聞いたことがあった。


「霊に憑依ですか。でも、それでどうしてうちにヘルプが?」


 不思議に思ってハルが首を傾げる。双方の仲は前述の通りなので、もしも何か頼ることがあったとしても一番最後になるだろう。

 そもそも他人に頼らずとも、彼女たちには浮島家(じっか)がある。そこでどうにかならないければ、超常現象対策課へ連絡が行くだろう……とまで考えて、ハルは「あ」と口を開いた。


「もしかして佐奇森さんですか?」

「そういうことだ。佐奇森の野郎、覚えてろ」


 フユキは凶悪な顔で口を尖らせた。彼は目つきの悪さを隠すためにサングラスをしているはずなのに、まったく意味を成していない。

 ハルは苦笑しながら「また占い(・・)の結果ですか?」と訊ねた。


「らしいぞ。佐奇森からも連絡が来るみたいだが……ついでに末木家の件で文句も言いたくて、先にかけてきたそうだ」

「営業妨害ですよね?」

「営業妨害なんだよ。実は暇なんじゃねぇか、あいつら。ま、仕事があるのはありがたいけどな」


 そう言うと、フユキはズボンのポケットから携帯電話を取り出し、ぽちぽちと操作し始めた。佐奇森に電話をかけているのだろう。かかってくるのを待つのではなく自分からかけている辺り、何だかんだで浮島カモメのことを心配しているのだ。ハルの叔父は口は悪いが優しい人なのである。


「ところでカモメさんは、一体何の依頼中にそうなったんですか?」

五十島(いそじま)って家に住み着いた霊の除霊だとさ」


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