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村雲怪異探偵事務所  作者: 石動なつめ
CASE4 異界へ繋がる無人駅

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5 ひと段落


 佐奇森の連絡を受け、超常現象対策課の刑事がやって来たのは、それから三十分後のことだった。実際に怪異が発生したため、周辺の捜査や対処をすることとなったのだ。

 こうなるとハルたちの仕事は終わりなのだが、重要参考人として話を訊かせてほしいと佐奇森から頼まれたため、まだ帰らずに卯月駅にいた。

 駅舎内の待合室でベンチに腰を下ろしたハルたちは、うだるような暑さと賑やかな蝉の合唱にややげんなりとしながら、自動販売機で買ったペットボトルのスポーツ飲料を飲んで待っていた。

 何故ここなのかは単純に、他にちょうど良い場所がなかったからである。待つにしてもこの付近で涼しい場所はなく、日影ということもあって、卯月駅の待合室が選ばれた。

 一応は、フユキの車かパトカーの中で待つ、という案もあったのだが、電車内にしばらく閉じ込められていたこともあり「車内はちょっとな……」となったのである。暑くても風が通る広々とした場所の方が、今の精神的に落ち着くのだ。


「はぁ、しかし今回はちょっと焦ったなぁ」


 フユキはため息と共にそう言った。電車内で何が起きたのかはハルもざっと話を聞いたものの、始終動きっぱなしだったらしく疲れたようだ。フユキは「温泉にでも寄って帰りてぇ……」ともつぶやいている。


「気持ちは分かりますけれど、アキトさんが事務所で留守番してくれているんですからダメですよ」

「だよなぁ」


 フユキは肩をすくめてスポーツドリンクを飲む。


「でも、本当に疲れたよねぇ。降りられて良かった~。あのままずっと電車に乗っていたら、僕たち閉じ込められている間中、車窓さんに追いかけられたんじゃない?」

「かもしれませんね。今度、似たようなことがあったら、切符を用意した方が良いかも……」そう言いかけてハルは「あ、そうだ、戸田さん」と呼びかけた。


「なーに?」

「さっきのワンデーパス、もう一度見せてもらってもいいですか?」

「うん、いいよ~」


 ワサビは手に持っていたペットボトルを脇に置くと、鞄から携帯電話を取り出した。そして画面を操作し――途中で「あれっ」としきりに首を傾げ始める。


「どうしたの? 何かあった?」

「さっきの画面が開かなくて……何でぇ?」


 訳が分からない、という顔のワサビ。そんな彼女にハルは「購入履歴はどうですか?」と訊く。


「購入履歴? ……あっ、あった! あれっ、でも期間過ぎてる……?」

「やっぱりそうでしたか。さっき見た時に、日付が三日前だなと思ったんですよ」

「三日前?」


 不思議そうなワサビにハルは「はい」と頷くと、自分の携帯電話を取り出して画面を見せた。そこには本日の日付と時間が表示されている。

 それを見てワサビがぎょっと目を剥いた。


「えっ、マジで三日経ってるの!?」

「はーん。あの電車内だと時間の流れがちょいと違ったってわけか」

「つまり電車版竜宮城ってこと?」

「おいおい、海と陸が交ざってんぞ」

「アハ。お得じゃない? 海の幸と山の幸の欲張りセットみたいな駅弁が、電車内で売っていたら良かったのにね」

「最近じゃ見ねぇなぁ、その売り方」

「というか、もしあっても使われている材料に不安が残りますよ」


 ハルたちがそんなやり取りをしていると、動揺していたワサビもだんだん落ち着いてきたようで、きょとんとした顔になった。 


「……そんなに大変なことじゃない気がしてきた! 三日分の食費が浮いたってことだよね!」

「おいコラ、何を呑気なこと言ってんだ。十分大変なことだっての。朝田さんだってすげぇ心配してたんだぞ」


 フユキが呆れ顔で言えば、何故かワサビは不思議そうに首を傾げる。


「朝田? 朝田って誰のこと?」

「あん? 誰って、お前さんの幼馴染の……」

「えっ」


 怪訝そうなフユキの言葉に、ワサビは大きく目を見開いた。どうしたのだろうかとハルが見ていると、彼女はわなわなと震え出す。


「も、もしかして、朝田……ササゲちゃん……?」

「あー、確か下の名前はそうだったと思うが……」


 困惑した様子でフユキは答える。するとワサビは俯いて、小刻みに震え始めた。心配になってハルが顔を覗き込めば、ワサビの瞳には涙が溜まっていた。


「戸田さん?」驚いて声をかける。「どうしたんですか?」

「……ササゲちゃん、二年前に病気で亡くなったの」


 えっ、と思わず出かけた声をハルは飲み込んだ。ナツとフユキは顔を見合わせている。

 そうしている間に、ワサビの目からぼろぼろと涙が零れ落ち始めた。


「さ、ササゲちゃん、ずっと入院してて……ずっと暗い顔してて……わ、笑わせたくって、動画を取って見せたら楽しいって……それで、それで……あたし……あたし……」


 ワサビは震える声で話をしてくれた。それを聞きながらフユキが携帯電話を操作して、誰かに電話をかけ始める。この流れだと恐らく相手は朝田だろうか。少ししてフユキは「……番号、使われてねぇな」とつぶやいた。


(戸田さんが、何度注意されても動画配信を辞めなかったのは……)


 ワサビは朝田のために動画配信を始めたのだろう。それを、幼馴染が亡くなったあとも続けていた理由は――。


『配信がワサビちゃんの心の拠り所になっていたから……』


 ハルの頭の中に朝田の言葉が蘇る。

 あれは自分の居場所という意味以上に、亡くなった幼馴染との繋がりをこの世に残しておきたかったからなのかもしれない。


「……良かったですね」


 ハンカチを差し出しながらハルは言う。

 するとワサビはハルを見て一瞬ぼうっとしとしてから、顔をさらにくしゃりとして抱き着いて来た。

 ハルは目をぱちりと瞬きつつ、彼女の背中を手でそっとさする。


「……あっ!」


 そうしていると、突然フユキが声を上げた。


「うわ、びっくりした。叔父さん、どうしたの?」

「いや、依頼料がな……」

「依頼料?」

「後払いになってんだよ」

「……今のタイミングでそれ言う?」

「大事なことだろ」

「大事なことだけどさ~」


 ナツが口を尖らせる。確かに仕事の報酬は大事なことだが、今のタイミングはちょっと違うなぁとハルも苦笑した。


「ちくしょう、骨折り損のくたびれ儲けじゃねーか」

「アハハ、ま、人助け出来たんだからいいじゃない」

「いいけどよくなーい」


 まるで拗ねた子供のような言い方のフユキに、ハルとナツが噴き出す。

 くすくすと笑っていると、ワサビもいつの間にか泣き止んで、笑顔を浮かべていた。


「戸田さんは佐奇森(けいさつ)からしっかり説教があるから、笑えるのは今のうちだけだぞ。というか二度と危ない真似するんじゃねぇぞ」

「うう、ご、ごめんなさーい!」


 もちろん、しっかり釘も刺されていたのだが。



 CASE4 異界へ繋がる無人駅 了


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