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村雲怪異探偵事務所  作者: 石動なつめ
CASE4 異界へ繋がる無人駅

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4-2 言霊


「あっ、ハル! ただいま!」


 まず顔が見えたのがハルの双子の弟だった。


「おかえりなさい、ナツ。怪我はないですか?」

「アハ、大丈夫! 疲れたけどね!」


 ナツはハルを見てニッと笑うと、入り口のところで足を止め「戸田さん、先に降りてね」と後ろへ声をかける。

 するとすぐに、髪に赤色のメッシュを入れた女性が顔を出した。戸田ワサビだ。彼女は転がるように電車から降りて「た、助かった~……!」とその場に座り込んだ。


「戸田さんですよね? 体は大丈夫ですか?」

「えっ、あっ、うん! はい! 大丈夫!」

「それは良かった。それでは、私の後ろにいてくださいね」

「わ、分かった、です!」


 ワサビはこくこくと頷くと、這うように四つん這いでハルの後ろへと移動した。

 聞いた話から想像していた印象より素直だ。彼女のチャンネルの雑談配信の雰囲気と近いかもしれない。もしかしたら、こちらが素のワサビなのかもしれないなと思いながら、ハルはまだ電車の中にいるナツを見上げる。


「叔父さんと佐奇森さんはどうですか?」

「もうちょっと。のっぺらぼうの車掌さんが追いかけて来ててさ、その相手をしてくれてるんだ。ドア吹っ飛ばして追いかけてきたんだよ、パワフルだよねぇ」

「あらまぁ」


 ハルは目を丸くする。どうやら先ほど電話の向こうで聞こえていた音はそれらしい。同時に、何をしたらそこまで怒らせるのだろうかと思いつつ、ハルが電車の方を見ていると、少ししてフユキと佐奇森が到着した。


「はぁー、やっと引き離せたわ」

「元気な車掌さんでしたねぇ」

「元気のひと言でじゃ済まねぇ動きしてたけどな」

「あはは、叔父さんも佐奇森さんもお疲れ様!」


 ナツはそう言うと「よいしょ」と、ハルの盾をくぐって電車を降りる。フユキと佐奇森も同じようにそれに続いた。


「よし、何とか全員無事だな。ハル、ありがとな。結構大変だったろ」

「ちょっとだけ焦りました。でも、助言をいただいたので」

「助言?」

「はい。……あ、ところで、中にいたのは戸田さんだけですか?」

「ああ。一番後ろまで見に行ったからな。他に乗客は見当たらなかったよ」

「それは何よりです。では――」


 ハルが微笑んで術を解こうとした時、電車の入り口に件の『のっぺらぼうの車掌』二人が姿を現した。顔がのっぺらぼうということを除けば、見た目は普通の車掌だ。背は、意外と高かった。

 そんな車掌を見て全員が一瞬身構えたが、どういうわけか電車から降りて来ない。入口の前に立って、こちらをじっと見下ろしてくるだけだ。


「電車から降りられないのかな?」ナツは首を傾げる。「それなら良いんだけど……」

「恐らくそうでしょうね」佐奇森が頷く。「駅全体が一定のルールに則って動いているように思えます。ですから、そうですね……電車には車掌が必要、ということでしょうか。彼らの業務は電車内にあるんじゃないかと」

「だから外へ出て来ないってことか。それなら、ちょっとは安心か。問題はこの後どうするかだが……」


 フユキは片手を腰に当てて周囲を見回す。

 相変わらず空は赤いままで、空気もひんやりとしている。

 この怪異は卯月駅全体に影響している。それならばここから外へ出たら状況が変わるかもしれないが――その先が元いた場所という保証もない。やはり、ここで起きた怪異であれば、この場で解決して外へ出た方が安全だろう。


(さて、どうしましょうか)


 ハルは少し考えて――その時ふと須々田の顔が浮かんだ。

 もしかして、と心の中でつぶやいて、ハルは扇子をぱちりと閉じる。そして電車が閉じないようにストッパー代わりにしていた盾の術を解除した。

 しかしドアはまだ開いたままだ。中途半端に閉じかけた位置で止まっている。あれだけ閉じようとしていたのが嘘のように微動だにしない。

 それを見てナツが首を傾げた。


「発車しないね。車掌さんも動かないし」

「たぶん……乗客を待っているんだと思います。戸田さん、もしかしてここまで電車で来たんじゃありませんか?」

「えっ、あっ、うん! 良く分かったね」

「一日使える切符とかお持ちでは?」

「うん。ワンデーパスだよ」


 ワサビは立ち上がって鞄から携帯電話を取り出すと、画面を見せてくれた。そこにはこの辺りの区間で使える、切符代わりのQRコードが表示されている。

 ハルはそれを見て「なるほど」と頷いた。


「ではこの電車は、戸田さんをお待ちかと」

「えっ」ワサビの顔が引きつる。「あ、あたしィ!? な、何で……」

「ちゃんと電車賃をお支払いして電車に乗った。つまり乗客です。戸田さんが乗車している時に、車掌さんに追いかけられたりはしましたか?」

「し、してない。姿も見ていないよ」


 ワサビは動揺しつつ首を横に振る。


「佐奇森さんの仰った通り、ルール通りの行動を取ったからでしょうね。逆にナツたちは無賃乗車だったから、車掌さんに追いかけられたのではないでしょうか」

「あ~……それかぁ。だから怒って追いかけてきたんだ」


 ナツは納得した様子で頷いている。謎が解けてすっきりした、とでも言わんばかりの顔だ。

 反対にワサビの顔色は悪い。電車とハルたちを交互に見ながらオロオロしている。


「ど、どうしよう……」

「戸田さん、試しにこう言ってみてくれませんか?」


 ハルはワサビに耳打ちする。ワサビは目をぱちりと瞬いて、それからこくこくと頷いた。


「あ、あたし」ワサビは車掌を見上げ、息を吸う。「卯月駅が目的地です! 乗せていただきありがとうございました!」そして頭を下げた。


 すると二人の車掌がぴくりと体が動いた。反応がある。

 よし、とハルは思いながら、ワサビの言葉に続いた。


「この電車は本日が最後の運行となります! 今まで安全に、そして時間通りに、私たち乗客を目的地まで運んでくださり、ありがとうございました!」


 ハルは駅全体に響き渡るように、大きな声で感謝の言葉を述べて頭を下げた。

 すると、ややあって、


『長らくご愛顧いただき、ありがとうございました』


 どこからかアナウンスが響いた。フユキと話していた時に聞こえたアナウンスと同じ声だ。

 次の瞬間、電車側から強い風が吹いた。

「うわっ」ナツの驚く声が聞こえる。ハルは下を向いていたため、風の影響はあまりなかったが、体に感じる風の勢いに反射的に目を閉じてしまい――少しして風が収まり顔を上げると、そこは異変の起きていない卯月駅のホームだった。

 見上げれば空は群青。先ほどまでの涼しさは消え、うだるような暑さが戻っている。あちこちから聞こえる蝉の声を聴きながら、ハルたちはお互いの顔を見る。


「何とか……なりましたね?」

「何とかなったねぇ」


 ナツが笑って右手を挙げる。意図を察したハルは、自分の右手でぱちん、とハイタッチした。


「た、助かった……? 本当に……?」ワサビは不安そうに周りをきょろきょろと見回す。「まだあの変なところの続きじゃない……?」

「さて」佐奇森がくすりと笑う。「どうでしょうね? 見た目だけ同じで違う世界の可能性もありますが……」

「ひいっ!」

「おーい、佐奇森。からかうんじゃないよ」

「ふふ、失礼しました。とりあえず大丈夫だと思いますよ。ちゃんと元の世界です」


 フユキに軽く睨まれた佐奇森は、片目を瞑ってそう言った。右手の人差し指で目の辺りを軽くトントンと叩いていたあたり、彼の『目』にそう映っているのだろう。ならば安心だ。


「ねぇ、ハル。さっきのアレ何だったの? この電車が~って」

「ええ、あれは――」


 ハルは頷いて右側へ顔を向ける。先ほどまで須々田が立っていた場所だ。


「言霊ですねぇ」


 そう言った時、まるで自分たちを労うかのように、優しい風がふわりと吹いたのだった。


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