3-3 言霊の強弱
電車のドアが耳慣れた音と共に開かれる。
ハルたちのいる場所からも電車内の様子は見える。異様な状況下で登場した電車であるにも関わらず、今のところ乗客がいない以外は、とりわけ妙なところのない一般的な電車だった。
「フユキさんとナツくんの姿は見えませんね」
佐奇森はそう言いながら、先頭車から一両ずつ確認するように、視線を横へ動かしていた。それから「あちら側でしょうね」と後方を向いたまま、その動きをぴたりと止める。
ハルもそちらを見る。
すると異変が起きていた。電車の後方の車両が、卯月駅のホームの端ぴったりで不自然に消えているではないか。それを見て佐奇森が納得した様子で小さく数回頷いていた。
「なるほど、異界へ繋がる無人駅——ハルちゃんの推理通りですね。電車ではなく、この駅自体が怪異そのもの……いえ、怪異になりかけているということでしょう」
「なりかけている、ですか?」
ハルが訊き返すと、佐奇森は「ええ」と頷いた。
彼は消えた車両の辺りを見て軽く目を細めながら、けれども問いかけに対する答えはせず、
「ハルちゃん。フユキさんかナツくんに電話を掛けてもらってもいいですか?」
と頼んできた。ハルは「分かりました」と返すと、携帯電話の着信履歴からフユキの名前を指で押す。すると先ほどまで圏外扱いで、うんともすんとも言わなかったのに、呼び出し音が鳴り始める。
(叔父さん、出て……!)
逸る気持ちを抑えながら、ハルがじっと待っていると、数コールの後に電話が繋がった。
『ハルかっ?』
「叔父さん!」
フユキの声だ。ハルはホッとして表情を緩める。それから佐奇森にも会話が聞こえるように、通話をスピーカーモードに切り替えた。
「叔父さん、良かった……! 大丈夫ですか? 今どこに? ナツもいますか?」
『ああ、二人とも何とか無事だ。電車内にいる。よく電話が繋がったな』
「その電車が卯月駅のホームに到着して、ドアが開いているからじゃないでしょうか。今、二両目のドアの前で電話をかけています。佐奇森さんも一緒です」
『オーケイ、助かった! そっちへ行ってみる。ナツ、戸田さん、走るぞっ!』
明るい声でフユキが言う。どうやら二人は、戸田ワサビを発見し合流出来ているようだ。電話の向こうで『か、帰れるぅ……!』と半泣きの女性の声が聞こえる。全員、無事なようで何よりだ。
そうしていると音声にザザッとノイズが交ざるようになった。
あ、とハルは口を開ける。顔を上げれば、電車のドアが閉まろうとしているのが見えた。
まずい。ハルは扇子を開き、術を使って止めようとする。
——その時だ。
ガウンッ、と銃声が響き渡った。
佐奇森だ。彼は涼しい顔で拳銃を構え、閉じかけていた電車のドアを躊躇なく撃ち抜いていた。
彼はそれだけで終わらない。未だに動こうとするドアを見て「ふむ」と小さくつぶやき、そこへ更に二発撃ちこんだ。
銃口からは白い光の弾丸が放たれて、電車のドアや車体にぶつかり、亀裂を入れる。
その拳銃はフユキが愛用しているものと同じく、霊力を銃弾のように固めて打ち出す、霊的な現象にのみ効果を発揮する特殊な代物である。
その弾丸で車両にダメージを与えられているのならば、この電車はそういうものだということだ。見れば、出来た亀裂の内側は鉄や機械ではなく、光の届かない穴の底のような暗闇になっていた。
「……なるほど。やはり意外と脆いな」
佐奇森は自らが作った亀裂を見て、ぶつぶつとそんなことをつぶやいている。その顔つきは刑事と言うよりは学者、もしくは研究者のそれだ。
ハルがほんの少し呆気に取られていると、電話の向こうから『うおっ!?』という声が聞こえた。
『ハル、今の銃声は佐奇森か? 電車全体が揺れたんだが……』
「おや、そちらではそういう感じなんですね。僕たちのところからはそこまで揺れたようには見えませんでした」
『お前さんね……』
しれっとした顔で白状する佐奇森。携帯電話からはフユキの呆れた声が聞こえたが、けれどもすぐに『よく分からんが、礼は言っとくわ』と続いた。
フユキは佐奇森と付き合いが長い。だからこういう状況で、佐奇森が無駄な行動を取らないということを、フユキはよく知っているのだ。佐奇森も「いえいえ」と返していた。
(やっぱり仲は良いと思うんですよねぇ)
フユキに言ったら、それはもう嫌そうな顔をされるのが目に見えるので黙ってはいるけれど。
ハルはそんなことを思いながら電車の様子を確認する。
佐奇森のおかげでドアが閉まるのを防ぐことが出来た。三発の銃弾と亀裂を纏ったドアは、閉じかけの中途半端な状態で止まっている。
しかし、ずっとこのままという保証はない。フユキたちがここへ到着するまで、どれくらい時間が掛かるだろうか。ひとまずハルは「叔父さん、通話は繋いだままでいてください」と頼んでおいた。
「佐奇森さん。さっきの話ですが、怪異になりかけているというのは」
「ほら、ハルちゃんが聞いた『次の駅は彼岸』というアナウンスですよ」
佐奇森はそう言って電車を見上げる。
「あれから一時間以上は経っていますが、電車はまだここにいて、フユキさんたちも中にいる。つまり彼岸駅には辿り着いていない——というより辿り着けないんでしょう」
「辿り着けない?」
「ええ。恐らく、ハルちゃんの言った『言霊』の力がまだ弱いんです」
佐奇森の言葉にハルはハッとした。
この怪異は人の噂話——人の言葉や思いから生まれたものだとハルは推測した。
けれども裏を返すと、その人の思いや言葉がそのまま、この怪異の存在強度に影響を及ぼす。
「かもしれない」
自然とハルの口が動いた。
佐奇森は口の端を上げ「そうです」と頷く。
「ここは某都市伝説と同じく、異界へ繋がる無人駅、かもしれない。その曖昧さが、この怪異の存在をあやふやにしている。だからこの電車は次の駅へ辿り着けず、卯月駅をぐるぐると周っているのだと思います」
佐奇森は人差し指を立てて、空中に円を描きながらそう話す。
「電車が消えるタイミングがあるので、異界に足は踏み入れているかもしれませんが、そこは駅ではありませんからね。電車は停まれません」
「なるほど……時刻表の時間を守っているあたり、電車のルールには従っている感じなんですね」
「噂をしているのが僕たち日本人ですからねぇ。ですから――まぁ、緊急事態が起きなくて良かったです」
佐奇森の目がハルの持つ携帯電話に向けられた。未だ、フユキと通話が繋がっているそれ。恐らく佐奇森の言った緊急事態とは、電車側に何かあったのではなく、電車内で何かした場合のことを指しているのだろう。
(例えば、ナツと叔父さんが非常停止ボタンを押したり、電車を停めようと車内で暴れたり――ですかね)
どちらも今の状況から考えると、やる可能性のあったことばかりだ。もしもそこで電車が止まりドアが開き、外へ出てしまっていたら――そう考えると背筋に冷たいものが走る。もしかしたらハルが知らないだけで、それをして行方不明となった誰かはいたかもしれない。
そんなことを考えていると、再びドアが小刻みに振動を始めた。閉じようとしているのだ。無理に動かしているのか、揺れるたびに亀裂は大きくなっていた。
それを見てハルは扇子を開き霊力を練る。そして術で、電車の出入り口に淡く光る四角形の盾を作り出し、床と平行になるように設置した。
いわゆるストッパー代わりだ。先ほどの佐奇森の行動で、この電車には霊力での干渉が可能だと判明したため、ハルはやったのだ。狙い通り、閉じようとしていたドアがハルの盾に阻まれている。
——しかし。
意外と閉じようとしている力が強く、ギチギチと盾が軋む音が聞こえている。割れないようにハルは気合を入れるものの、長時間耐えるのは難しいかもしれない。
「叔父さん、たぶん十五分くらいが限界です。今、何両目にいますか?」
『五両目だ。ちょいと邪魔する奴がいてな』
『のっぺらぼうの車掌さん! いやぁ、迷惑客扱いされてるよ~』
『ひええ、ごめんなさい! 二度と車内で騒ぎませんからぁっ!』
携帯からはフユキの声以外に、ナツと戸田ワサビの声も聞こえてくる。声が出ないほど怯えているなんて状態ではなくて何よりだ。オカルト系の動画配信をしているからか、こういう展開に多少の耐性があるのだろう。不幸中の幸い、という奴かもしれない。
「ふむ。それでは僕も加勢に行ってきますか」
やり取りを聞いていた佐奇森がそう言って、電車内に片足をかける。
その体勢で、彼は一度ハルの方へ顔を向けて、
「ハルちゃん。もしも僕たちが戻らなかったら、超現課へ連絡をお願いします。次の到着時間でお待ちしていますから♡」
「縁起でもないことを仰っていますが、その時は皆でお出迎えさせていただきますね」
「よろしくお願いします。では、行ってきます」
佐奇森は楽しげな笑みを浮かべると、電車内へと乗り込んで行った。
ハルは彼の後姿を見送りつつ、
「出来れば、今の到着時間でお願いします」
と、小さくつぶやいた。




