3-2 意味を持たせようとする
その声の主は地元の住人だった。
七十代半ばくらいの男性で、名前を須々田と名乗った彼は「うちでちょっと休んで行きな」とハルたちを自分の家へと案内してくれた。
休ませてもらうほど疲れてはいなかったものの、ナツとフユキのことや、卯月駅周辺での異変についての情報が得られるかもしれないと思い、ハルたちは彼について行くことにした。
案内された須々田の家は、築百年はありそうな時代を感じる木造平屋の日本家屋だった。
綺麗に手入れされた庭を歩き縁側まで辿り着くと、須々田に促され、腰を下ろす。すると家の中から線香の香りがふわりと漂ってきた。
「あいつらを追い返してくれてありがとうな。いやぁ、痛快だったわ! 俺も頑張ってみたんだが、逆に面白がって来る奴が増えちまってなぁ」
機嫌よさそうに笑う須々田は、そんな話をしてくれた。
どうやら先ほどの配信者集団が言っていた火の玉や幽霊は、須々田の仕業らしい。彼らが騒ぐのはほとんどが夜。その暗闇を利用して迷惑な人たちを怖がらせ、追い返そうと考えたようだ。
しかし結果は逆効果。それはそうだ。ホラーやオカルトが好きで、それを目的としてやって来た人間に、火の玉や幽霊なんて新たな餌を与えれば喜ばせるだけだ。
そのためどうやって追い返そうか頭を悩ませていたところ、佐奇森が上手く対応したのを見て粋に感じてもらえたらしい。おかげで須々田はハルたちに好意的な態度を取ってくれている。
正直に言えば「出て行け」と怒鳴られるかもしれないと、ハルは覚悟していたのだ。何故なら卯月駅の周辺で暮らす人たちの目には、他所からやって来たハルたちも、何を目的として来たか分からないうちは件の配信者も同じように見えるだろうから。
(佐奇森さんに感謝ですねぇ)
心の中でお礼を言いつつハルは須々田を見る。楽しそうに相好を崩す彼を眺めていて――ふと、その後ろにある家に意識が向いた。
(ところで……この家、何か変な感じがするような)
ハルはこの家の敷地内に入ってから、言葉では上手く言い表せない「何か」を感じていた。
現実にいるのに、どこか現実ではないような、そんな違和感だ。
何かしらの術が掛けれているのか、それとも何かに守られているのか、その辺りは今の段階では分からない。
ただ、その「何か」に悪い気配は感じないので、気にしなくても良いかなともハルは思った。
そんなことも考えつつ須々田の話を聞いていると、
「昔はあれで簡単に追い払えたんだがなぁ。近頃の連中は怖がるどころか『再生数ゲットだー!』とか、妙なことを言いやがる。おかしな言葉を使って、こっちの話もまともに聞きやがらねぇ」
彼はため息を吐いて肩をすくめた。「ああ……」とハルと佐奇森は苦笑した。何となくその光景が想像出来てしまったからだ。
「だからあんたたちが来てくれて助かったよ。ありがとうな!」
「いえいえ。また同じようなことがあったら、すぐにご連絡くださいね」
「そうさせてもらうよ、刑事さん。お嬢さんもありがとうな」
すると、須々田はハルにまでお礼を言ってくれた。
ハルはぱちぱちと目を瞬く。
「いえ、私は特に何も」
「さっき、駅の周りに落ちていたゴミを拾ってくれてただろ? ありがとうなぁ」
そう言って、須々田は朗らかに笑った。
どうやら先ほどの行動を見られていたらしい。お礼を言われるようなことをした自覚はないが、何となくむずむずと照れくさくなって、ハルは「いえ!」と少し照れれつつはにかんだ。
(どこから見られていたんでしょう)
あの時、誰か近くにいる気配はなかったのに不思議だな、とハルが思っていると、
「しっかし、そうか。あんたたちも駅の話を聞いて来たんだなぁ」
と、須々田が腕を組んでしみじみと言った。
「はい。それで……先に私の双子の弟と叔父が来ているはずなんですが、連絡が取れなくなってしまって。サングラスをかけた男の人と、私と同じ顔立ちの男の子なんですが、須々田さんは見ていませんか?」
「ちらっと見た気はするんだが、うーん……たぶんアレのせいだろうなぁ」
「何かご存じですか?」
「まぁ、ちょっとなぁ」
須々田は組んでいた腕を解くと、右手の人差し指を、卯月駅の方へと真っ直ぐに向けた。
その動きにつられて、ハルと佐奇森の視線もそちらへ動く。
「ホームにある、駅の時刻表を見てみるといい」
「時刻表ですか?」
「ああ。卯月駅に来る電車は、一日に三度だけ、特徴的な時間に到着するんだ。午前は十一時十一分、午後は十二時二十一分と四時四十四分」
須々田の話す時間は、どれも同じ数字の繰り返しだ。
この辺りは、いわゆる田舎と呼ばれる場所で、電車が来るのも一時間に一本だ。
その少ない中で、これだけ到着時間に特徴があるのは珍しいなとハルは思って――そこで卯月駅が都市伝説扱いされた理由の一端に気が付いた。
(もしかして今回の騒動、名前で始まったんじゃなくて、時刻表の数字が先なのでは……)
例えば、時刻表に特徴的な数字があって面白い――そんな話から注目が集まり、そのうちに名前の卯月が変換すると、とある都市伝説と同じになることに気が付いた。
そして生まれたのが、今回の都市伝説騒動。
(ですがそう仮定すると、実際に異変が起こっていることと繋がらない)
須々田の話を聞きながら、ハルがそんなことを考えていると、
「人間って奴は不思議なもんで、同じ数字が揃うと何かあるんじゃないかって思っちまう。そしてそこに何かしらの意味をもたせちまうんだ。だけど実際に何か起こるのも、ちょうどその時ばかりなんだよなぁ。……ああ、もうそろそろだ」
そう話す須々田の言葉は、最後の方はまるで独り言のようにポツンとしたものだった。
今までの陽気さとは打って変わって、どこか淡々とした彼の声に、ハルは思わず「それは」と振り返る。
——しかし。
「え?」
そこに須々田の姿はなかった。「須々田さん?」と名前を呼んでみたが返事もない。
佐奇森も少し遅れて顔を向け、目を丸くしていた。「なるほど、そういう……」彼はそうも続けた。何かを察したらしい。
ハルも、もしかしてと思いながら周囲を見回した。
するとそこには、今まで見えていたものとはまるで違う光景が広がっていた。
雑草が伸び放題伸びた庭。
ガランとして、あちこちの家具に埃が積もった須々田の家。
先ほどまで漂っていた線香の香りも、いつの間にか消えていた。
(『何か』の正体はこれでしたか)
最初から誰もいなかったかのような家を見上げながら、ハルは心の中でそうつぶやいたのだった。
◇ ◇ ◇
その後、ハルたちが近くの住人に話を聞いたところ、須々田はずっと昔に亡くなっていることが分かった。
「須々田さんは駅で悪ふざけをしていた人たちを注意して、その際にホームから落下してお亡くなりになったそうです」
「私たちが出会った須々田さんは……幽霊だったんですね」
「ええ。その姿でも、卯月駅の平穏を守ろうとしていたんでしょうね」
ハルと佐奇森は神妙な顔で話をしながら、再び卯月駅のホームへとやって来た。
須々田に教えてもらった時刻表を確認するためだ。
次の電車の到着時間は十二時二十一分。間もなくである。
ハルは時刻表を見つめながら、ベルトポーチから扇子を取り出した。
「須々田さんのおかげで、この駅で起きている異変の正体が分かりました」
「素晴らしい」佐奇森はにこりと笑う。「お伺いしても?」
「はい」ハルは頷く。「須々田さんは先ほど『意味を持たせようとする』と仰いました」
話しながらハルは時刻表の時間を順番に見る。
十一時十一分、十二時二十一分、四時四十四分——それらは確かに珍しい数字ではあるが、普段利用している人たちからすれば、何てことはないただの電車の到着時間だ。
けれども初めてそれを知った人からすると、それが特別なものに感じることがある。
「この時刻表は、どこにでもある時刻表です。それ以上でも以下でもありません。けれど、これを見て『面白い』と思った人たちが、意味を与えようとしてしまった」
ハルはそこでいったん言葉を区切ると、ホームの方へ向き直った。
いつの間にか、先ほどまで賑やかに鳴いていた蝉の声が消えている。
「要は『言霊』です。言葉には力が宿ります。何度も言葉にし続ければ、だんだんとそれが現実だと思うようになる。そしてその思いが強くなればなるほどに、本物へと近づいて行く」
話を続けるうちに、周囲の景色もだんだんと変化をし始めた。
目の覚めるような群青がまるで夕方のように赤く染まり、うだるような暑さが徐々に涼しくなる。
そうなるにつれて、電車の走る音がどこからか聞こえ始めた。
「これは、卯月駅を都市伝説と結び付けて騒いだ人たちが、遊び半分でその名前を呼ぶようになってしまったことで生まれた怪異」
電車の音はだんだんと近づいて来る。しかし左右どちらの線路の向こうにも、その姿は見えない。音だけが、どんどん近付いて来る。
そしてブレーキ音が響いた時——ホームの左側から突然、黒色の電車が現れた。
電車は速度を落とし、ゆっくりとハルたちの前で停車する。
その電車を見上げながらハルは静かに告げる。
「異界へ繋がる無人駅です」




