3-1 卯月駅の迷惑客
その後、ハルはすぐに佐奇森の車に乗って、卯月駅へと向かった。
移動中も叔父やナツの携帯電話に電話をしているが、いずれも圏外で繋がらないままだ。
以前にも似たようなことがあった。口無村でだ。あの時も、異変が起きた際には、携帯電話が圏外で繋がらなくなっていた。
今回も何か起きていると考えて間違いがないだろう。
「なるほど、彼岸駅ですか。その名前の駅は存在していませんね」
「そうですよね……。叔父さんの声はノイズが激しくて聞き取り難かったんですが、そのアナウンスだけはやけにはっきりと聞こえました」
「ふむ、よくあるパターンですね」
そんな話をしているうちに、佐奇森の車が卯月駅に到着した。
邪魔にならない位置に車を停車させると、ハルたちは外へ出る。
「ここが卯月駅……」
そう言ってハルは駅舎を見上げた。
卯月駅の駅舎は古い木造の建物だった。ひょいと中を覗いてみるが、電車を待っている人は誰もいない。ここへ来るまでの道のりにも、木々の間に民家がぽつぽつと数軒建っているくらいだったので、恐らく利用客もそう多くはないのだろう。ふと見れば、駅舎内の壁に貼られたポスターも、日焼けして色褪せている。
ひと言で表せば寂れた無人駅、という感じだろうか。
(ナツと叔父さんは……いませんね)
試しにもう一度、叔父の携帯電話に電話を掛けてみるが、やはり繋がらない。小さく息を吐いて携帯電話の画面右上を見ると、電波状況を示すアンテナも問題なく表示されていた。
これで、何かに巻き込まれたのは確定である。
無事でいてくれると良いのだけどと心配しながら、ハルが駅舎周りを見ていると、脇の方に空き缶やコンビニの食べ物の容器が転がっているのが目に映った。
(近くにコンビニはありませんでしたが)
あのゴミは面白半分で卯月駅を訪れた人たちが捨てたものかもしれない。倒れたジュースの缶からは、液体がぽたぽた落ちているところから見ると、少し前に捨てられたもののようだ。
罰当たりなと思いながら、ハルはゴミが散らかっている場所へと向かい、拾って、近くのゴミ箱へと捨てた。
「ミステリースポットだと言って玩具にするなら、礼節を弁えればよろしいでしょうに……」
両手をパンパンと払いながらハルは言う。
すると佐奇森も、少し離れた場所に落ちていた空き缶を拾ってゴミ箱に入れつつ「そうですね」と頷いた。
「何が潜んでいるかも分からないのに、実に怖いもの知らずですよ」
佐奇森の声は少しだけ冷えていた。ハルも「本当に」と同意する。
佐奇森は「何が潜んでいるも分からないのに」と言ったが、その通りである。ハルたちのように見える人間からすれば、よりそう感じる。
人は未知のもの、見えないものに対する好奇心が強い。しかし、それらのものからこちら側がどう見られているか、という想像力が足りないのだ。
例えば、こっくりさんやひとりかくれんぼのように、遊びのような軽い感覚で広がったそれらだって、蓋を開けてみれば降霊術の一種だ。面白半分で手を出して、取り返しがつかなくなることだってある。
「さて、それではフユキさんたちを探しましょうか。アナウンスが聞こえたとなると、お二人がいたのはやはりホームですかねぇ」
「そうですね。何か手がかりが残っていると良いんですが……」
そんな話をしながら、ハルたちは駅舎を通り抜けホームへと向かう。
ホームは、やはりガランとしていた。蝉の鳴き声だけが響くそこを、ハルは佐奇森と並んで見回す。
すると真ん中の線路の辺りで、蜃気楼のように霊力が揺らいでいるのが見えた。
「痕跡は……やはりありますね。佐奇森さんの目ではどうですか?」
「うーん、駄目ですね。ホームの長さで途切れています」
「ホームの長さ……」
ふむ、とハルは顎に左手の人差し指の背を当てる。
「そうなると……この駅舎全体で何かが起きた、ということですかね」
「ええ、その可能性が一番高いですね。以前に見た時よりも霊力が濃く残ていますし、案外、狭い範囲で起きたことなのかも……ん?」
揺らめく霊力を見つめながらハルたちが話していると、ふと、どこからか複数人の男女の、賑やかな声が聞こえてきた。
「あのサングラスのオッサン、何だったの?」
「めっちゃ怖かった~。絶対一般人じゃないって」
「でも一緒にいた子は普通だったじゃん」
「あのオッサンと一緒にいる時点で普通じゃないっしょ」
おや、とハルは目を丸くした。
「ナツと叔父さんの話っぽいですね?」
「そうっぽいですねぇ。ちょっと話を聞いてみましょうか」
「そうしましょう」
ハルと佐奇森は頷き合うと、ホームを出て声の方へと向かう。
すると、ちょうど駅舎の前に、ポップな色合いの服を着た四人組の男女が立っていた。彼女たちは手に自撮り棒や小型のビデオカメラを手に持っている。見た目だけで判断するならば、件の動画配信者の集団に思える。
そんな集団に佐奇森は微笑みを浮かべて躊躇なく近付いて行く。
黒スーツに黒手袋と、真夏らしからぬ装いの佐奇森に。彼女たちはぎょっと目を剥いていた。
「えっ、めっちゃイケメンじゃん」
「こんにちは。僕はこういう者ですが――」佐奇森は警察手帳を開いて見せる。「今のお話、詳しく聞かせていただいてもよろしいですか?」
「って、けーさつ!?」
「お、俺たちまだ何もしていないっすよ!」
「フフ、そんなに怯えないで。ちょっと話が聞きたいだけですから」
にこやかに微笑みながら、ずい、ともう一歩近付く佐奇森。配信者らしき集団は、一歩半後ずさった。美人の笑顔は時として迫力を感じるものだ。
(私はひとまず黙っていましょうかね)
下手に口を挟んでも、足を引っ張るだけだろう。そもそもハルはそんなに口が上手い方ではないのだ。
そういうわけでハルが佐奇森の後ろから、事の成り行きを見守っていると、彼は顔色が少々悪い集団に質問を始めた。
「君たち、KAIKIチャンネルの子たちでしょう? ここへは何か取材で来たんですか?」
「けーさつの人がうつらのこと知ってんの!?」
「ヤバ! 有名人じゃん、俺ら!」
佐奇森がチャンネルの名前を出すと、彼女たちはパッと顔を輝かせた。
有名な人たちなのだろうかとハルが思っていると、
「フフ。そうですね、迷惑な配信をしているとの通報を何度か受けていますので」
佐奇森はそう続けた。
とたんに彼女たちは「しまった!」と顔色を変える。ハルも何となくそうかなと感じていたが、どうやら迷惑系の配信者らしい。そのことを自覚しているだけマシ――かどうかは微妙なところだが。
佐奇森が刑事だと伝えて動揺したのを見る限り、行動自体は改めていないようだが。
「それで、皆さんはこちらへはどうして?」
「……か、カイキ、答えてよ。あんたリーダーでしょっ」
「わ、分かったよ……。ええと、こ、ここの駅ってミステリースポットでそこそこ有名じゃん? だからロケに来たんすけど……。でも、それ以外にも火の玉とか幽霊とか見かけたって聞いて、そっちの方の情報は全然出ていなかったから、併せて動画にすれば、これは再生数稼げるなって……」
カイキと呼ばれた青年は、ちらちらと佐奇森の顔色を窺いつつ答えた。
「火の玉に幽霊ですか?」
佐奇森が意外そうな声を出した。
ハルも「おや」と思った。卯月駅について、まだそこまで詳しく調べてはいないが、ナツが見ていたブログ記事には火の玉や幽霊の話は載っていなかったからだ。
「そうっす。夜になると、駅の周りにふわ~って現れるらしいんすよ。それで、その辺にテント張って夜まで待とうと思ったら、サングラスのオッサンに「家に帰って寝てろ!」って怒られて……」
「ああ……なるほど」
サングラスのオッサンのくだりで佐奇森は苦笑した。
その光景を想像したのだろう。フユキなら言いそうだとハルもくすりと微笑んだ。
「それはいつ頃ですか?」
「えっと……一時間くらい前っすね」
「そうですか……」佐奇森はちらりと腕時計で時間を確認する。「ありがとうございます。そうですね、確かに帰った方が良いと思いますよ。別件で通報がありましたので、これからこの辺りを調べることになりますから」
「えっ」
「もっともお帰りいただけるのは、君たちが『まだ』何もしていなかったらになりますが……」
「や、やっぱり帰ろっかなー!」
「そうっすねー! お邪魔しましたー!」
佐奇森が薄く微笑むと、カイキたちはだらだらと冷や汗を流しながら、作り笑いを浮かべて脱兎のごとく走り去った。そんな彼らの背中に、佐奇森は右手を軽く振りながら「お気をつけて」と見送っている。
「佐奇森さん、威圧感をフル活用していますねぇ」
「フフ。ですが嘘は言っていませんよ? 戸田ワサビさんの件で通報があって、刑事である僕がここへ来たんですから」
しれっと言い切る佐奇森。広義の意味では、確かにそれはそうなのだが。
口が上手いなかとハルが感心していると、
「ほー、あんたらやるなぁ」
ふと、第三者の声が聞こえた。




