1-6 悪意
その日の晩。
灰鐘邸の一室に、家主の灰鐘ツバキは人を集めていた。
「確認したところ、井戸の封印がだいぶ弱くなっておりました」
「アレが漏れ出した始めためか、電波等にも影響が出ています。……そろそろ次を捧げなければ」
「やはり、あのままの状態では数年しか持ちませんでしたな」
「……まったく、困った事。アキト達が儀式をちゃんと成功させていれば、こんな事にはならなかったのに」
彼女達は難しい顔でそんな話をしている。
部屋は照明をつけておらず、蝋燭の灯りだけが揺れている。
予期せぬ来訪者達の眠りを妨げぬためだろうか。
(……いや、そんな殊勝な事は考えていないだろうな)
恐らくこの話合いを気付かれないためだろう。
部屋の端に正座し俯きながら、アキトはそんな事を考える。
この部屋にいるのは母のツバキに、彼女の弟、妹、それから村の重役達だ。
「聞いているのですか、アキト」
「……はい、母上」
「まったく。あなたはいつも、ぼうっとして……」
ツバキは頬に手を当てて呆れたようにため息を吐く。
「まぁまぁ、姉さん、いいじゃない。アキトも久しぶりに外の人間が村に来たから、疲れたんでしょう?」
「あなたはいつもアキトに甘いわね」
「やぁだ。だって姉さん、アキトったら可愛いんだもの。知ってる? この間なんてね……」
くすくす笑いながら叔母はアキトに意味ありげな視線を向ける。
……気持ちが悪い。
纏わりつくような視線に、アキトは思わず顔を背けたが、それすらも叔母には楽しかったのか、赤い唇がにんまりと弧を描く。
「可愛い、ねぇ……。まぁ、顔は綺麗だよなぁ」
「声も可愛いのよ。うふふ。この村って娯楽がないから、すごくありがたいわぁ」
「……あなた達、品が無いですよ。こんな場所でする話ではないでしょう。いい加減になさい!」
下卑た笑みで叔父まで悪ノリをし始めたものだから、ツバキが不快そうに顔を顰め、ぴしゃりと注意をする。
すると二人はしまった、という顔をして「はぁい」と肩をすくめた。
「ですがツバキさん。このタイミングで双子とはちょうど良いですね。確か……年齢もあのくらいだったでしょう?」
「ええ、そうですね。これも山神様のお導きかしら」
重役達の言葉に、少し機嫌を直したらしいツバキは嬉しそうに微笑んだ。
アキトはその言葉を聞いて、太ももの上で握りしめた手に力が入る。
……そんなものがあってたまるものか。
そう出かけた言葉をぐっと飲み込んでいると、
「捧げるのは男の子の方で良いですか?」
「ええ。ずっと片方しかいませんでしたからね。あの子も寂しがっている事でしょうし」
「双子の女の方や、他の者達はどうします?」
「女の子の方は村に招き入れましょう。外の血も必要だもの、アキトの相手にちょうど良いわ。それに村雲の血を引く子ならば色々と都合が良い。他の者達は……そうね。上手く使えば、話を誘導しやすいわね。その後は……頃合いを見て山を下りてもらいましょう」
母達は吐き気がするような事を平気で言っている。
顔が歪みそうになるのを必死でこらえていると、ツバキが自分を見た。
「いいですね、アキト。今度こそ、ちゃんとなさい」
ふざけるな、と面と向かって怒鳴る勇気も度胸も今の自分にはない。
ただ母達の命令を受け入れて、それに従わなければ何をされるか分からない。
子供の頃からずっと、その恐怖と諦めが自分の身体と心に沁みついている。昏い
「…………分かりました」
だからアキトはただ一言、彼女達の望む言葉を返す。母は満足そうに頷いた。
……結局自分も、母達と何も変わらないのだ。
アキトは昏い目で俯く。
だけど。
だけど、出会ったばかりの、何の関係もないあの子供達は、こんな非道な事に巻き込みたくない。
(何とか……何とかしなくては……)
そう考えながらアキトは、じっとこの時間が過ぎるのを待った。




