1-2 戸田ワサビ
「結局さー、自業自得な奴じゃん」
「まったくだ。迷惑にもほどがあるぜ」
朝田が帰ったあと、ナツとフユキは肩をそう言って肩をすくめていた。
その理由は今回の依頼で探す人物の話を聞いたからだ。
行方不明となっているのは戸田ワサビという大学二年生の女性だ。依頼人の朝田とは幼馴染なのだそうだ。
戸田ワサビは、オカルト系の配信をしている動画配信者なのだが、いわゆる『迷惑系』に該当する。心霊スポットや曰くつきの建物に無断で侵入しては、その様子をリアルタイムで実況しているそうだ。
配信を開始したのは三年前で、チャンネル登録者数は千人くらい。リスナーの傾向は、配信内容と同じくお世辞にも行儀が良いとは言えないが、それでも熱心なファンもついているようだった。
廃墟などに侵入して、妙なテンションで実況配信するワサビは少々危うく見えたが、雑談配信でリスナーのコメントを楽しそうに読んでいる姿はかわいらしいという印象をハルは受けた。
ただ、そんな配信をしていれば当然ながら警察にも通報が行って、何度か厳重注意を受けているらしい。
しかし当人は反省するどころか、止める気もないらしい――という話を朝田の口から聞いた時のナツとフユキの表情は、近年稀に見るくらいの呆れ顔だった。
(ナツも言っていましたが、本当に一度ちゃんと捕まって、自分がしていることの危うさをしっかり理解させた方がご本人のためだと思いますが)
朝田もワサビに、危険な配信をするのは止めるようにと何度も注意はしているらしい。けれども「配信がワサビちゃんの心の拠り所になっていたから……」とも言っていた辺り、恐らくだが強くは止めていないのだろうとハルは察した。
朝田やワサビの事情については、ハルにはあずかり知らぬところだ。
ただ自分を認めてくれる場所に執着する気持ちだけは、何となく分かる。良くも悪くも、そういう居場所があるのは心の安定に繋がるからだ。
ハルにとって、叔父のいる村雲怪異探偵事務所がそうであるように、ワサビにとっては自分のチャンネルが大事な居場所だったのだろう。
彼女の行動については肯定出来ないが、それだけはハルも理解が出来た。
(まぁ、そうした結果が今回の依頼に繋がったんですが……)
それはそれ、これはこれ、だ。
この言葉がここまで相応しい状況になるとはと思いながら、ハルは事務員のアキトが淹れてくれたお茶を飲んだ。美味しい、とハルは息を吐く。暑い日が続くが、お茶だけはいつも熱い方がハルの好みである。熱いお茶を飲むと気分が落ち着くのだ。
ワサビのことを考えていたら、気持ちが少し下向きになっていた。それをいつものラインに戻しつつ、ハルは顔を上げる。
そうしているとお盆を片手に持ったアキトの姿が目に入った。
「皆さん、お疲れ様です。でも、依頼は受けたんですよね?」
「まぁなぁ。さすがに放置ってわけにもいかねぇからよ」
アキトの言葉にフユキは頷いてお茶を飲んだ。
「ま、佐奇森には連絡しようと思うけどな」
そしてそう続けた。
依頼人の朝田は警察に連絡をしてほしくなさそうだったが、こちらからすれば「知ったこっちゃない」である。超常現象対策課と連携を取っている以上、いくら依頼人の頼みだからと言って黙っているのは自分たちの信用に関わるからだ。
そもそも戸田ワサビが警察から何度か厳重注意を受けていれば、彼女の情報はあちらでもしっかり記録されているはずだ。今回の件も、遅かれ早かれ佐奇森の知るところになるだろうし、それならば先に情報を共有しておいて協力体制を取っておいたほうが、色々な意味で安全である。
「でも佐奇森さんって、そういう系の迷惑配信者って特に嫌いでしょ? 顔には出さないけど、結構冷ややかな態度取ってるもん」
「えっ、そうなんですか? 意外です」
「あいつ、外面が良いからなぁ。慣れると笑顔で辛辣なことを言ってくるようになるから、アキトもへこむんじゃねーぞ?」
「は、はあ……」
アキトは目をぱちくりしながらも、何とか頷いていた。信じられない、という感情が伝わってくるような反応だ。
確かにそれはそうだろう。佐奇森はアキトの前では猫を被っている――と言うと少々語弊があるが、マイルドな対応なのだ。恐らくだが、アキトが口無村の事件の被害者であるからこそ、丁寧に接しているのではないかとハルは思っている。
「大丈夫ですよ、アキトさん。もう少ししたら、私たちが見ている佐奇森さんになりますよ」
「ハルさんたちからは、どういう風に見えているんですか……?」
ハルがフォローのつもりで言ったところ、アキトから逆に怖がられてしまった。おかしい。「あれっ」とハルが首を傾げると、ナツとフユキが小さく噴き出した。
「佐奇森さんの対応をするのは、ほとんどが叔父さんだから安心してね。ってわけで、叔父さん頑張れ~!」
「ハイハイ、応援どうもな。だけど今回みたいに報告するだけなら、お前があいつへの連絡を代わってくれてもいいんだぞ~?」
「いやいや、叔父さんの仕事を取っちゃうわけにはいかないし! それに、もし叔父さんの代わりにやるなら、こういう時は僕よりもハルの方がいいでしょ」
「私ですか?」
急に話を振られたハルは、目をぱちぱちと瞬いた。
「そうそう。佐奇森さんってさ、ハルへの接し方は結構柔らかいもん」
「ナツと似たようなものじゃありませんか?」
「僕は子供枠だからね! ハルは子供プラス女の子枠だから、ちょっと違うんだよな~。そういうところが紳士だよね、佐奇森さんって」
「ハハ、そりゃ確かにな。というわけで、ハルどうだ?」
「叔父さんのお仕事を取るわけにはいきませんので、謹んでお断りさせていただきます」
ハルが胸に手を当ててにこりと微笑み断ると、フユキは「ちえー」と大げさに肩をすくめていた。
しかし、フユキはすぐに表情を緩めて「さて」と両手を軽く叩く。
「ひとまず異界へ繋がる駅とやらに、調査へ行ってみようじゃねぇか」




