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村雲怪異探偵事務所  作者: 石動なつめ
CASE4 異界へ繋がる無人駅

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1-1 依頼人の嘘

「異界と繋がる無人駅へ向かった友人と、連絡が取れなくなったんです」


 八月上旬。夏休みもそろそろ半分を過ぎる頃、村雲怪異探偵事務所にそんな依頼が届いた。


(異界ですか……)


 ハルは、ふむ、と心の中でつぶやく。

 『異界』とは、その言葉の表す通り、今いる現実世界とずれた場所に存在する別の世界のことだ。

 そういう世界があると、フィクションではよく描かれているが――実際にそれは存在する。

 現実の世界とほとんど同じ見た目をしている場合もあるし、見るからに違う世界だと分かる場合もある。世界が違うのか、それとも人によって見えているものが違うのか、その辺りは解明されていない。

 けれども、唯一はっきりしているのは、もしもそこへ迷い込んでしまったら大抵はあまり良くないことになるということだ。

 依頼人——朝田という大学生の友人は、その異界へ繋がるらしい駅に向かってから、連絡が取れなくなっているらしい。


「何だってそんな場所へ行ったんです?」

「好奇心……だと思います」


 怪訝そうな顔でフユキが質問すると、朝田はほんの少し視線を彷徨わせつつそう答えた。典型的な好奇心は猫を殺すである。あらまぁとハルは思いながら、朝田の話の続きを聞く。


「三日前に、これから電車に乗るとメールが来て、それ以降は音信不通で……。スマホに電話をかけてもずっと圏外なんです」


 朝田は胸のあたりで両手をぎゅっと握って目を伏せた。友人を心配している気持ちに嘘はないのだろう。

 しかし彼女の行動には少々疑問が残る。朝田が「どうして村雲怪異探偵事務所を頼ったのか」だ。

 確かに自分たちは霊的な現象や怪異絡みの相談を受けている。けれども、人が行方不明になったのならば、まず頼るべきは警察だ。


「一つ確認させていただきますが、警察には相談しましたか?」


 フユキもハルと同じことを考えたらしく、朝田にそう訊ねていた。

 すると朝田は「えっ」と目を見開いて、分かりやすく動揺し始める。そして先ほどよりも大きく視線を彷徨わせながら「そ、その、警察に行っても信じてもらえなくて……」と答えた。


(これは嘘ですね)


 そんな朝田の様子を見て、ハルはそう思った。

 彼女の話を聞く限り、今回の依頼は怪異や霊的な現象が絡んでいる可能性がある。もしも警察にそれを伝えれば、佐奇森のいる超常現象対策課が動かないはずがない。信じてもらえない、というのはあり得ない。

 もちろん警察内でも、そういう不可思議な事件に懐疑的な者はいるらしいが、業務のマニュアルとしてちゃんと存在しているのだ。

 朝田の嘘か、警察の怠慢か。その二択を頭に思い浮かべれば、明らかに前者の方が怪しい。

 そんなことを考えながら、ハルは隣に立つナツへ目を遣った。

 ナツは「そっかぁ、大変だねぇ」と、どこか他人事のように相槌を打ちながら携帯電話をいじっていた。画面にはインターネットの検索画面が表示されている。異界へ繋がる駅の話を調べているのだろう。


「ナツ」ハルは小声で双子の弟に声をかける。「何か見つかりました?」

「うん、いくつかね。これ見て」


 するとナツは携帯電話の画面を、ハルが見やすい位置へ動かしてくれた。

 画面に表示されているのはブログのようだ。ブログの管理人は怪異やオカルト関係の話題を趣味で集めては、調査へと行っているらしい。

 そのブログの、今から三ヶ月くらい前の記事に、今回の依頼と似た話が載っていた。


「ねぇ、朝田さん」ナツが朝田に呼びかける。「その駅ってさ、卯月(うづき)駅って名前?」

「は、はい。そうです。ワサビちゃ……友人が言っていた駅の名前がそれでした」

「そっかぁ。それなら、ここからそんなに遠くないみたいだよ、叔父さん」

「ほほーう。そうか。なら、佐奇森の管轄内だな」


 ナツの言葉を聞いてフユキの口の端が上がる。彼は顎を手で撫でながら、朝田の方へ目を遣った。


「朝田さん。その時に対応された刑事さんの名前って分かります?」

「あ、ええと……いえ、その、名前までは憶えていなくて……」

「そうですか。では、私の知り合いの刑事さんを紹介しますよ。その人、仕事に対してはとても真面目でね。ちゃんと話を聞いてくれると思いますよ。こういう不可思議な事件を担当している課の刑事さんですし。それに人探しなら、私たちよりも慣れているでしょうし。今から連絡をしますので、途中で代わりますね。では……」


 営業用の笑みを顔に貼りつけて一気に言い切ったフユキ。そのままスーツのポケットから携帯電話を取り出して、操作をしようとして――「待って!」朝田が焦ったように制止の声を上げた。

 朝田は青ざめた顔をして、カチカチと震えている。それを見てフユキが目を細くした。


「……どうしたんですか?」


 フユキは指先を、携帯電話の画面から数ミリ離した状態で、にっこり笑って訊き返す。朝田の反応を引き出すための引っ掛けだろう。

 そんなフユキを見てナツが『叔父さん、イジワルだな~』と、楽しそうに口だけ動かしていた。

 どうやらナツも朝田に対して思うところがあるようだ。ハルの双子の弟は、こういう時はいつも相手側のフォローをしているのだが、今日は特に口を挟む気はないらしい。フユキたちをちらっと見てから、ブログ記事の続きを読んでいた。


(こういうところ、ナツは叔父さんによく似てるんですよねぇ)


 ハルは心の中でつぶやいて、朝田の様子を窺った。

 彼女は助けを求めるようにハルたちの顔を順番に見ていたが、孤立無援であることを悟ってか、ややあって「警察は待ってください……」と、声を絞り出すように言った。

 俯く朝田。そんな彼女を見ながら、フユキはわざとらしい動作で首を傾げた。


「何故です? 朝田さんはご友人が心配で、けれど警察が話を聞いてくれなかったから、うちへ相談にいらしたんでしょう? 私の知り合いの刑事さんなら信用出来ると保証します。何なら私も同席しますよ」

「それは、その……それだけはダメなんです……」

「どうして?」

「…………」

「ああ、それとも、もしかして――連絡を取られたらまずいことでも?」


 フユキは笑みを深めてそう訊いた。サングラスをかけているせいで、悪党のような笑顔になってしまっている。

 朝田はそれを見て、ヒュッと息を呑んだ。蛇に睨まれたカエルのように、朝田の顔色がぐっと悪くなる。


(朝田さんに原因があるんですけれど、ちょっとだけかわいそうですね)


 二人の様子を静かに眺めていたハルは、心の中で朝田にそっと同情した。

 ハルにも覚えがあるが、こうなった叔父はなかなか怖いのだ。

 ちなみに叔父がこういう態度を取ったのには理由がある。依頼人(朝田)が嘘を吐いたからだ。

 村雲怪異探偵事務所に届く依頼には危険も多い。だからこそ、依頼内容に関することに虚偽の情報を出されると困るのだ。

 依頼に関係のないものならどうでも良いが、さすがに今の嘘はいただけない。フユキはそう判断したのだろう。


「朝田さん、話していただけますね?」

「……はい。じ、実は……その友人は配信者をしているんです……」


 朝田は消え入りそうな声で話し始めた。

 するとナツが顔を上げた。


「それってさ、ワサビのオカルト突撃チャンネルってところ?」

「えっ」朝田は目を見開いた。「そ、そう……です……」そして気まずそうに頷く。

「なるほどね。これは確かに、警察に言い難いよねぇ」


 ナツは訳知り顔で頷いている。


「どんな動画を配信しているんですか?」

「さっきのブログと似てるね。怪異やオカルト、ホラーのジャンルで話題になっている場所へ取材へ行くって奴」


 ナツはそう言いながら、携帯電話の画面を見せてくれた。

 過去のライブ配信の動画が流れていて、髪に赤いメッシュを入れた女性が、夜の廃墟を騒ぎながら歩いている様子が映っている。


「ここのチャンネルではリアルタイムの配信を中心にやっているみたい。まぁでもコメントの様子を見た感じ、迷惑系のイメージが強そうだね」

「ふーん? ……って、ここ立ち入り禁止のところじゃねーか」


 動画を見ていたフユキが呆れた顔になって、朝田の方を向く。


「朝田さん、説明していただけますね?」

「……はい。友人は……ワサビちゃんはこの配信が原因で、警察に何度か厳重注意を受けているんです。それで今回の件があって……警察に相談したら次はもう捕まるんじゃないかって思って……」

「それさ、捕まった方が本人のためじゃない?」

「そっ、それは……そうなんですが……」


 淡々としたナツの言葉を聞いて、朝田の元気はどんどんなくなっていく。最初とは打って変わって、萎れた植物のように縮こまってしまった。

 しかし、それでも何とか友人を擁護しなければと思ったのだろう。彼女は顔を上げて、必死で訴え始めた。


「で、でもね、ワサビちゃんそんなに酷いことはしていないんですよ。廃墟とか曰く付きの場所とかに侵入してライブ配信をするくらいで……物を壊したりはしないんです!」

「それは当然のことなのでは……」


 さすがにハルもやんわり否定した。


「それに物を壊さなくても、立ち入り禁止の場所に足を踏み入れれば罪に問われると思いますよ。それに心霊系のライブ配信でしたら、そういう場所へ行くのは、この時の配信のように夜でしょう? 不法侵入の件も問題ではありますが、真夜中に女性が一人、暗い場所へ行くのは別の意味で心配です」


 そしてそう続ければ、朝田も友人を庇うのを諦めたようで、がっくりと項垂れた。

 するとフユキが満足そうに頷いて、指でサングラスを押し上げる。


「では改めて、最初から教えてください」

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