5 星に想いを
「……ふう。だいぶ片付きましたね」
押し入れに隠されていた姿見、その鏡面にしかけられていた術を焼き終えて、ハルはふうとため息を吐いた。
あれから、ハルたちはミルの証言のもと、屋敷のあちこちに仕掛けられた術を解除して回った。
それはもう、ありとあらゆる鏡に術がしかけられていた。自棄を起こしたのではないかと思うくらいの量だ。姿見、鏡台、洗面所の鏡、手鏡――目についた鏡すべてを使ったと彼は言っていた。
(さすがに多い……これだけやって、よく意識を保っていたものです)
驚き半分、呆れ半分にハルは思う。
いくら代永高校の旧校舎や、スエギビルにしかけた術で霊力を集めたとしても、使う人間は一人だ。これだけ一気に術を使えば、体力も精神力もすり減ってしまう。
実際に、術をしかけた場所を白状した後、ミルは気を失ってしまった。気力だけで保たせていたのだろう。
(術をちゃんと学んだ風でもなかったですし。一体誰からこの術を……)
そんなことを考えていると、
「ハルちゃん、こちらでしたか」
と佐奇森がやって来た。
彼はハルたちが鏡の術を解除し始めた頃に到着したのだ。
間に合わなくて申し訳なかったと謝罪されたが、十分早かったと思う。
「ミルさんは大丈夫ですか?」
「ええ。過労です。しばらく休めば目を覚ましますよ」
「ああ、やっぱり」
だろうなぁと思いながら、ハルは苦笑する。
ひとまず、無事なら何よりである。
「こちらはどうです?」
「もう少しで終わります。思ったよりも多くて」
「なるほど。いやいや、本当に頑張りましたねぇ……」
佐奇森もまた苦笑いを浮かべている。
末木家の前当主夫妻にかけられた呪いもそうだが、本当に命懸けだ。
ミルは自分の人生を賭けて、妹の復讐をしようとしたのだろう。
そこまで考えて、ハルは「あ、そうだ」と口を開ける。
「末木の前当主ご夫妻のご容体はどうですか?」
「先ほど目を覚ましたとの連絡がありました。ハルちゃんたちが解除してくれた鏡のどれかが、呪いに使われていたのでしょうね」
「それは良かったです。目が覚めないことには、どうにもなりませんから」
「ええ、本当に」
佐奇森がこくりと頷く。
彼らが善か悪かはともかくとして、真実を明らかにするためには、目覚めてもらわなければならないのだ。
「末木家はどうなります?」
「ちゃんと罪を償うことになりますよ。僕は、なかったことにはしません。何を言われようとね」
佐奇森は胸に手を当てて、はっきりと言う。
この人がそう言うのならば大丈夫だろう、とハルは思った。これまでに何度も一緒に仕事をしたが、彼は誠実で、やると言ったことはやる人なのだ。
「……以前の時は、出来ませんでしたからね」
「佐奇森さんがご担当されていたのですか?」
「いいえ。僕は謹慎中でした」
「謹慎?」
「若気の至りです♡」
「…………」
かわいらしく言う佐奇森だったが、一体何をしたのだろうか……。
深堀りしない方が良いのだろうな、とは思いつつ、少しに気になった。
「ですが、だからと言って――罪がないとは言えませんから」
それから、少し真面目な顔で佐奇森は続けた。
「良かったです」
「はい。……やっぱり、今回は皆さんにお願いして正解でした」
「佐奇森さんの占いは当たりますからねぇ」
「恐縮です」
ハルの言葉に佐奇森は、いつも通りの笑みに戻った。
◇ ◇ ◇
事件から一週間後、佐奇森が再び、村雲怪異探偵事務所にやって来た。
事件の経過報告をしに来てくれたのだ。
彼の話によると、末木家は日向ユリの件について、シキミとミナトが起こした事件をもみ消したことも、そのきっかけが日向ユリのデザインをシキミが盗作したからということも、すべて認めたそうだ。
「よほど、呪いが恐ろしかったのでしょうねぇ」
来客スペースのソファに座った佐奇森は、両手を軽く開いてそう言った。
命を賭して、自分たちを呪う相手がいる。殺したいほどに憎まれている。
それを身をもって実感して、ようやく自分たちのしてきたことを理解したらしい。
彼らは泣きながら謝罪の言葉を繰り返したそうだが、佐奇森は「言う相手が違いますね。それは誰に対する謝罪ですか」と言い放ったそうだ。
それは、その通りである。
(真正面から言えるのが、佐奇森さんらしいですけれど)
それからシキミとミナトだが、そちらもそちらで、だいぶ反省しているらしい。
まずはシキミだが、彼女はユリに大変なことをしてしまったと、ずっと後悔はしていたらしい。
ただ、それよりも自分が築き上げてきたすべてを失う方が怖くて、黙ったままでいたようだ。
ミルに優しくしたのも、贖罪の気持ちもあったが、自分のしたことがバレていないか確認するために近付いたのだとか。
これにはナツも絶句していた。
ミナトも似たようなものだ。ただこちらは、罪悪感なんて欠片も抱いていなかったようだが。
死ぬかもしれないと思ったことで、ようやく、それだけのことをしたのだと分かり、自供した――と、あの佐奇森が吐き捨てるように言っていた。
恐らく、もっと酷いことを口にしたのだろうなとハルは思った。
「ジュエリーは綺麗なのに濁っているよ、嫌だねぇ」
「ええ。まだまだこれから色々と、判明することはあると思いますよ」
「はぁ……酷ぇもんだ。っつーか、そんなところと、浮島の連中はよく付き合っていたな」
「金払いは良いですし、権力はありますからね。好きでしょう、そういうの」
「ああ、好きそう……」
「そ、そうなんですね……」
話を聞いていたアキトが、唖然とした様子でつぶやいていた。
仕事柄、そういう嫌な話もよく聞くのが、この業界の特徴である。
「それから、御影ミル――いえ、日向ミルですが」
「はーい。……そう言えば、御影って偽名?」
「いえ、父方の苗字らしいですよ。その彼から、皆さんにご伝言を預かっています」
「伝言?」
「ええ。申し訳なかった、と。それから、ありがとう、とも」
その言葉に、ハルは何とも言えない気持ちになって、苦く笑う。
「……お礼を言われるようなことは、できていないんですけどね」
「そうでもありませんよ」
佐奇森はそう言うと、自分の携帯電話を取り出して、画面を全員が見えるように向けてくれた。
覗き込むと、SNSのとあるアカウントが表示されている。
「星見の会?」
そう、スエギビルの屋上で開催されていた『星見の会』の運営アカウントだ。そう言えばブログの端に、SNSのリンクがあった気がする。
運営アカウントのSNSには「星見の会は、場所を変更して再開します」との投稿があった。
投稿日は一昨日だ。
その投稿には一緒に、見覚えのあるイラストが載っている。
あ、とハルは口を開いた。
「この絵、もしかして」
「ええ。日向ユリさんのものです。ハルちゃんから話を聞いて、星見の会と連絡を取ったところ、亡くなる前に彼女がメールで送られたと教えてくださいました。来年の星見の会を楽しみにしています、とのメッセージつきで」
「――――」
その言葉にハルは目を見開いた。
ああ、とハルは心の中でつぶやき、微笑んだ。ナツたちも、同じことを考えたのか、表情が柔らかくなっている。
「綺麗な星が見られると良いですねぇ」
「そうだねぇ。僕たちもする?」
「ここじゃそんなに見えねぇだろ」
「あ、私、お団子でも作りましょうか」
「いいですねぇ。僕もお邪魔します」
「交ざるな交ざるな」
五人は和やかにそんな話をしながら、星見の会のイラストをしばらく眺めていたのだった。
CASE3 怪異の殺人未遂事件 了




