4-4 のっぺらぼう事件の真相
それを見たハルの動きは早かった。
だっ、とミナトの元へ走ると、滑り込むように化け物との間に入り、防御術を行使する。
すると、淡く光る四角形の霊力の盾が現れて、パンッ、と音を立てて化け物からの攻撃を防いだ。
「ふっ!」
僅かに遅れて、腕に霊力を纏わせたアキトが、化け物を殴りつける。
化け物は、大きく吹き飛んで、壁に強かに体を打ち付けた。
「末木ミナトさん、大丈夫ですか?」
呼びかけてみれば、彼は焦点の合わない目で、ハルを見上げた。その顔には殴られたような痕が残っている。
「あ、ああ……え……?」
……これは駄目そうである。
ガクガクと体を震わせるミナトを見て、ハルはそう判断した。騒がれても厄介なので、早めに外へ連れ出した方が良いかもしれない。
そう思ってハルがアキトの方を見上げると、
「アキトさん、この人を――」
「あら、連れて行かれたら困るわねぇ」
ミナトが飛び出して来た部屋の奥から、御影ミルの声が響いた。
なるほど、とハルは目を細くする。
中を覗き込むと、薄ら笑いを浮かべたミルが立っていた。
「――日向ミルさん」
敢えてそう名前を呼ぶと、ミルの口の端が歪に上がる。
「もうバレちゃったのね。シキミが妙な連中を雇ったとは思ったけれど、存外優秀で驚いたわ。せっかくしかけた術も解除されちゃうし」
「だから、あなたは行動を起こしたのでしょう?」
「ふふ、そうね」
ミルは素直に肯定した。
けれども彼には、別に困った様子も、焦った様子もなかった。
恐らく彼は、自分が犯人だとバレそうになったから、慌てて行動に移したわけではない。
(ちょうど良かったから……ですかね)
何となく、ハルにはそう思えた。
過去に起こった、隠蔽された事件。その真相に近付いたハルたちがいて、しかも警察と関わりがあるとなれば、目撃者としてはあまりにもちょうど良い。
その事件を、白日の下に晒そうとしているならば。
「あなたがこの事件の犯人ですか?」
「あら、分かっていて訊くのね?」
「念のための確認です。間違った相手を捕まえるわけにはいきませんので」
「真面目な子ね。ええ、そうよ」
ふふっ、とミルは上品に笑う。
女性的なその仕草は、今思えば、日向ユリのそれと似ていた。
「なん、何で……」
すると、足元でミナトが呻いた。しゃべる度に、震えで歯がガチガチとなっている。
彼はミルを、信じられないという目で見上げていた。
「何で?」
ぴくりとミルが反応する。
彼はぎろりとミナトを見下ろした。ミルは張りつけたような笑顔すら消して、射殺すような眼差しをミナトへ向けている。
ミナトが、ひっ、と悲鳴を上げた。
ミルが一歩近付くと、ミナトはあたふたとしながら後退り、ハルやアキトの後ろに隠れてしまう。
それを見てミルは鼻で笑った。
「情けないわね。顔しか取り柄のないくせに、今じゃその顔も酷いもんよ。だけど、あたしの妹のことを考えたら、ぐちゃぐちゃにされていないだけマシよね」
「……っ!? お、お前、まさか、知って……」
「……はぁ」
狼狽えるミナトを見て、ミルは大きくため息を吐く。
「……頭の痛くなる返事、やめてくれる? それとも本気で気が付いていないと思ったわけ? あんたたち兄妹が、あたしの妹に――ユリにした仕打ちを」
「……のっぺらぼう事件ですね」
このまま会話を続けさせるとまずい。そう判断したハルは口を挟んだ。
ミルの視線がハルに向けられる。
「ええ、そうよ。シキミの部屋の面、あんたたちも見たでしょう? こいつらね、あの面に細工をして、ユリの顔に押し付けたのよ」
「細工?」
「あんたたちが言うところの呪いよ」
「呪いですって?」
ハルは怪訝な顔になる。術も呪いも、そう簡単に使えるものじゃない。
この霊力の濃度の中で、意識を保っていられるならば、それなりの耐性がついているかもしれないが、鏡にしかけられていた術を察知できなかったことから考えて、彼らは『使う』までには至っていないはずだ。
(どういう……)
そこまで考えてハルは、ハッ、とした。
「代永高校のおまじないと同じ……」
ハルのつぶやきを聞いて、ミルは「ええ」と静かに頷く。
「ハルさん、どういうことですか?」
「代永高校の生徒や、スエギビルで誰かがやったことと同じなんです。方法があって、必要な霊力も揃ってしまった」
「――まさか」
アキトが目を見開いてミナトを見る。
ミナトは青を通り越して白い顔をしていた。
「たまたま呪いになった……?」
「ええ、そうよ。こいつらはね、ユリを脅すために、どこかで見つけた『おまじない』を使ったのよ。もっとも、実際に形となってしまったのは、想定外だったかもしれないけれど……あたしからすればどうでもいい話だわ」
吐き捨てるようにミルは言う。
それはそうだ。もっともな話だとハルも思う。
被害者からすれば、加害者にどんな思惑があったとしても、何も関係がない。あるのは『被害を受けた』という事実だけだ。
「脅した理由もお分かり?」
「もしかしたらと思っていることはあります。ジュエリー・スエギのデザイン。あれは、日向ユリさんの作ったおまじないの本の絵とよく似ていました。そして、シキミさんには盗作の噂があるとも聞きました。――実際に、そうだったのでしょう?」
「…………ええ。本当に優秀ね、あなたたちは」
ハルの答えに、ミルの顔がほんの少しだけ優しくなった。欲しかった言葉を、ようやく聞けたような、そんな表情だ。
「ユリはね、自分の大切なおまじないの本から、末木シキミがデザインを盗んだことを知ったの。何度も何度も、やめてほしいとユリは訴えたわ。自分にとって大事なものだからって。けれどシキミは聞き入れなかった。謝罪もなかった。もう発表してしまったから、これは自分のものだって!」
目を見開き、ミルは叫ぶように告げる。
その激情に合わせて、奥の方でうずくまっていたのっぺらぼうの化け物が、ゆらり、と体を起こした。
「ふざけた話よね。本当に。ユリは何度も何度も話に行って、そしてある日、あの事件が起こったのよ」
ミルは、ぎり、と怒りのまま奥歯を噛みしめる。
「……ミナトさん。あなたは何をしたのですか?」
ハルは霊力の盾を維持したまま、ミルたちから視線を逸らさずに、ミナトに問いかける。
ミナトは「え?」と間抜けな声を出した。
「答えてください。あなたは日向ユリさんに、一体何をしたのですか? あなた、このままだと死にますよ!」
もう一度、さらに強い声でハルは問う。
ミナトは、ひっ、と悲鳴を上げて、
「こ、怖がらせようとしただけだ! め、面が顔から取れなくなったら困るだろうって、焦るだろうって……! そ、それを取ってやる代わりに、シキミの盗作のことは忘れろって……」
「何て浅慮な……」
さすがのアキトも嫌悪感を覚えたようで「ありえない」と顔をしかめていた。
「あ、あんなことになるとは思わなかったんだ! シキミに相談されて、売り上げの一部をくれるって言うから……だから……し、シキミが全部悪いんだ!」
「あんたも、シキミも、あんたの親も! あたしにとっては妹の仇よ!」
ミナトの叫びを聞いて、ミルが目を吊り上げて怒鳴る。
とたんに化け物が床を蹴って、こちらへ飛び掛かって来た。




