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村雲怪異探偵事務所  作者: 石動なつめ
CASE3 怪異の殺人未遂事件

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4-1 スエギビルと天体観測


 翌日、朝食をいただいてからハルは、代永商店街へと向かった。

 末木邸の事件調査の一環だ。

 商店街のあちこちでも、ドッペルゲンガーの目撃情報があるため、そちらも調べることになったのである。


(果たして旧校舎の鏡と同じものかどうか)


 これはただの勘だが、恐らく同じものだろうとハルは思っている。

 つまり、おまじないに偽装された術を使って、無差別に人間を狙って霊力を集めるタイプのもの。

 SNSの投稿には、おまじないのことは書かれていなかったが、もしかしたらと考えたのだ。


(それに、投稿にはスエギビルと書いてあった)


 スエギビル――最初に聞いた時は、依頼を受ける前だったため、名前についてはさほど注目していなかった。

 しかし、あとで思い出して調べてみたところ、スエギビルは末木家が所有している物件だった。


 アキトが調べてくれた情報によると、そこは四階建てのビルで、以前は各階にテナントが入っていたらしい。

 しかし、二年ほど前から徐々に廃れていき、テナントも離れ、今は廃ビル同然となっているとか。


 ただ、そのままにしておくつもりもないらしく、改装計画が進んでいる。

 ビル全体をリフォームし、カフェやアパレルショップなど、若者人気を得られそうな店を入れようとしているそうだ。その中には、末木シキミの経営する、ジュエリー・スエギの名前もあった。


(そして日向ユリさんが亡くなったビルでもある)


 スエギビルを見上げ、ハルは目を細くする。

 そうしていると、


「ハルさん、こちらです」


 と、ビルの方から呼びかけられた。

 顔を向けると、ビルの入り口にアキトの姿がある。

 調査へ行くならば単独では絶対に駄目だからな、とフユキが言って、アキトを呼んでくれたのである。


「アキトさん、お待たせしました」

「いえいえ、私も今来たばかりですから」


 アキトはそう言って、にこっと笑った。


(アキトさん、笑顔が明るくなりましたねぇ)


 良いことだと思いながら、ハルはアキトと一緒に、ビルの中へと足を踏み入れた。


 スエギビルの中には、人の姿がちらほらあった。リフォーム会社の名前が入った作業着を着ているので、ビルの改装工事の関係者だろう。

 彼らはハルとアキトを見て、一瞬怪訝そうな顔をしたが、事情を説明すると「ああ! 話は聞いているよ」と表情を緩めてくれた。


「これが鍵だよ。帰る時に返してね」

「はい。ありがとうございます。お借りします」


 ハルたちは、リフォーム会社の社員からビルの鍵を預かると、まずは一階から調査を開始した。


「気になるのはやっぱりトイレですね」

「そうですね。SNSの方もチェックしましたが、このビルのトイレの鏡にドッペルゲンガーが映った、という投稿がいくつか見つかりました」

「あらまぁ……ここは立ち入り禁止なんですけどねぇ」


 ハルは思わず苦笑した。代永高校の旧校舎も、おまじないがしやすい場所だと、一部の生徒が忍び込んでいたのを思い出したのだ。

 アキトも小さく笑って頷く。


「禁じられると、やりたくなってしまうのかもしれませんね。ちなみにこのビル、どうやら二階の窓の鍵が壊れているらしくて、そこから侵入しているみたいですよ。下に自動販売機があって、その脇に設置されたゴミ箱を使ってよじ登るそうです」

「そ、それはまたずいぶんアグレッシブな……」


 そこまで頑張って不法侵入をしたいものだろうか……。

 ハルはどうにも理解出来ないが、とりあえず後で佐奇森とシキミに報告しておこうと思った。



 ◇ ◇ ◇



 結果として、ビルの一階と二階のトイレの鏡に、術がしかけられていた。

 旧校舎の鏡の術と同じものだ。そして、その術に重ねて、反撃(カウンター)用の術がしかけられているところまで一緒である。


(迷惑な話です、本当に)


 ハルは小さくため息を吐く。

 旧校舎の時といい、このビルといい、術を仕掛けた犯人は、あまりにも無差別に狙い過ぎている。


(霊力を吸われすぎると、具合も悪くなりますからね)


 一般人からすれば「体がだるいな」「風邪かな」くらいの感覚なので、あまり気にはしないだろう。

 けれども、術を扱うハルからすれば、このやり方には思うところがある。


(ただ霊力を集めたかったのか、それとも何か意図があるのか……)


 そんなもやもやを感じつつ、ハルはアキトと共に、スエギビルの屋上へやって来た。

 他の階よりも厳重に、鎖つきで二重に施錠されたドアを開け、ハルたちは外へ出る。

 すると綺麗な群青の空が、目に飛び込んできた。


「風が気持ち良いですねぇ」


 アキトがハンカチで汗を拭きながら、ほっとしたように言う。

 ビル内は、空調こそ動いているものの冷房は効いていない。そのため、なかなかの暑さだったのだ。

 屋上は、周りを建物に囲まれていないため、風がよく通っている。


「そうですねぇ。涼しい……わっ」


 数歩前へ進んだところで、強い風が吹いてきて、ハルは少しよろけた。

 するとアキトがそっと支えてくれる。


「大丈夫ですか?」

「はい。ちょっとびっくりしました。ありがとうございます」


 アキトにお礼を言って、ハルは空を見上げる。

 風もそうだが、四階建てのビルということもあり、とても見晴らしが良い。景色も遠くまで見渡せる。


「ここなら星も綺麗に見えそうですね」

「そうですね。このビルが廃れる前は、天体観測のイベントも行われていたらしいですよ」


 アキトはそう言うと、携帯電話を操作して、画面を見せてくれた。

 代永商店街のホームページだ。そこのブログに『星見の会』というカテゴリーで、何回か記事が投稿されていた。

 ブログには写真も掲載されていて、星空を背に、楽しそうな笑顔を浮かべた参加者たちが映っている。


「この会も二年前から開催されていないそうです」

「それは……そうなるでしょうね」


 屋上から人が落下して亡くなったとなれば、天体観測どころではなかっただろう。

 そう思いながら眺めていると、ちょうど二年前――最後の星見の会の記事に掲載された写真に目が留まった。


「これ、もしかして日向ユリさんでは」

「えっ」


 ハルは写真に写る女性を指さす。

 そこには旧校舎で出会った、日向ユリの面影を持った女性が映っていた。

 ブログの日付は二年前の夏。恐らく、亡くなる前だろう。


(あんなことが起きなければ、彼女は今も……)


 写真の中で、楽しげな笑顔を浮かべる彼女を見て、ハルは胸が痛んだ。


(――あれ?)


 その時、ふと、彼女の隣にいる男性が目に入った。

 穏やかな笑みを浮かべている男性だ。歳は、ユリより少し上だろうか。

 普通であれば何の変哲もない写真だが――何となく、ハルはそ男性の顔に既視感を覚えた。


(この笑顔、どこかで……)


 どこだっただろうか。最近、これとよく似た笑顔を見た気がする。

 目を閉じてハルは記憶を探り――ややあって、ある人物が頭に浮かんだ。

 御影ミル(・・・・)だ。

 ブログに載っている写真の男の笑顔が、末木家で出迎えてくれた時の彼の笑顔とそっくりなのである。


「――っ!」


 ハッとして目を開くと、ハルは携帯電話を鞄から引っ張り出した。

 そして電話帳からナツの名前を呼び出すと、電話を掛ける。

 呼び出し音が鳴る。数コール後『はい、ナツでーす』と双子の弟の明るい声が返事があった。


「ナツ、今、どこにいますか? 叔父さんは一緒ですか?」

『うん、一緒だけど……何かあった?』

「日向ユリさんのお兄さんが誰なのか分かりました」

『え?』

「御影ミルさんです。御影ミルさんが、日向ユリさんのお兄さんです!」


 そう告げた時、ぶちっ、と音が鳴り、強制的に通話が切れた。


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