3-4 末木の裏事情
日が落ちて、本日の調査を終えたハルたちは、部屋へ戻って夕食をいただいていた。
白飯に茄子とみょうがの味噌汁、野沢菜の浅漬け、ポテトサラダにチキン南蛮だ。
「お味噌汁が美味しい」
「ハルは本当にお味噌汁好きだよねぇ。林間学校の時も同じことを言ってたじゃん」
「アキトさんのお味噌汁も美味しかったです」
「美味しかったけども」
ハルがご機嫌に言うと、ナツは苦笑して味噌汁をひと口飲んだ。
「ちなみに明日の朝は、豆腐とわかめのお味噌汁だって。あとサンマの塩焼きらしいよ」
「嬉しい」
「待て待て。何でお前は末木さんちのメニューに詳しいんだよ」
「仲良くなったから~」
へらりと笑って答えるナツに、
「お前は本当に社交性の塊だな……」
フユキは呆れ半分、感心半分の目を向ける。
それから続けて、
「それで、仲良くなった相手から聞いた話が、末木ミナトの脅しか。ハルが見た末木兄妹のやり取りから考えて、間違いはなさそうだな」
そう言った。サングラス越しの叔父の目が細くなる。
ナツは味噌汁をテーブルに置いて肩をすくめた。
「嫌だよね~。兄妹なら仲良くやればいいのに」
それは確かにとハルも思うが、近いからこそ複雑になるものもある。
現に、ハルたちも親戚との関係は良くない。
(私たちも本家とは、上手くやれていませんからねぇ)
そんなことを考えていると、
「ミナトさんが今回の事件の犯人なのかなぁ」
ナツが首を傾げてそう言った。
「うーん。私は別の人のような気がしますが」
「と言うと?」
「今回の事件で被害を受けたのがシキミさんだからです」
ハルは箸をテーブルに置いて話を続ける。
「脅されているシキミさんが、ミナトさんに危害を加える方が想像しやすいんですよ」
ミナトは末木家の前当主夫妻が入院してから、この家に顔を出すようになった。
そしてやって来る度に、シキミを脅してお金をもらっているらしい。
例え兄弟であっても、そんな態度を取られれば、近付いて来ないでほしいと考えるのが自然だろう。
実際に、ハルが聞いてしまった二人のやりとりは、お世辞にも良いとは言えないものだった。
「確かにその方が、筋は通っているな。となると、ナツが聞いた盗作の揉め事で末木シキミに恨みを持つ第三者か、もしくはミナトを遠ざけるためのシキミの自作自演か……」
「自作自演かぁ。今の状況じゃ、どう考えてもミナトさんが怪しいもんね。使用人たちの中にも、疑っている人がいたよ。……でもまぁ、あの人、そんなの気にするタイプでもなさそうだけど」
少し冷えた目になって言うナツに、フユキも「そうだな」と頷いた。
「末木ミナトが起こした傷害事件も気になるな。アキトが調べてくれているんだっけか?」
「はい。お願いしてあります。揉み消されていそうだとは思うんですが」
「そうだなぁ。佐奇森もそんなことを言っていたし。……ま、食べ終わったらあいつに、もう一度聞いてみるか」
そう言って、フユキは野沢菜の浅漬けを、箸で摘まんで食べる。
するとサングラス越しに見えた目が、少し大きくなった。
「おっ、この漬物美味い」
「叔父さん、お漬物好きだよねぇ」
「お味噌汁も美味しいですよ」
「ハルは本当にお味噌汁推しだよねぇ」
ひとまず、仕事の話はそこでいったん区切りをつけて、三人は食事を続けたのだった。
◇ ◇ ◇
夕食後、フユキは末木邸の庭に出て、佐奇森に電話をかけていた。
『はい、佐奇森です。どうしました、フユキさん』
数コール後、佐奇森から返事があった。
すでに夜の八時を回っているが、彼の周りはガヤガヤと刑事の声で賑やかだ。どうやらまだ職場にいるらしい。
(マジでいつ休んでんだよ、このワーカーホリック)
どんな時に電話をかけても、佐奇森は必ず電話に出る。出れなくても、すぐに折り返しがくる。
それくらい、いつも連絡がつくのだ。
一応、休日は取ってはいるらしい。ちゃんと休んでいるかどうかは知らないが。
「おう、佐奇森。末木の人間が起こした傷害事件について教えろ」
『おや、意外とお早いですね。そこに辿り着くのは、もう少し時間がかかると思っていました』
「お前なぁ……」
『冗談です♡』
顔は見えないが、とんでもなく良い笑顔を浮かべているであろうことは、声の様子から分かった。
フユキが、ひくっ、と顔を引き攣らせていると、
『――ですが、お答えできる内容の記録は、残っていないのです』
佐奇森の声が、ガラリと真面目なものに代わった。
緩急というか、オンオフというか、その差が激しい男である。
フユキも佐奇森と知り合って最初の頃は、この変化に少々面食らっていたが、今はすっかり慣れてしまって驚くことはなくなったけれども。
「やっぱりそうか。嫌だねぇ、本当に」
『本当に。罪を犯しておいて、平気な顔が出来る、平気な顔をさせられる、その神経が信じられませんよ』
佐奇森の声は冷ややかで、心の底から軽蔑しているのが伝わってきた。飄々として、どこか掴みどころのない男だが、正義感は強いのだ。
だからフユキも、仕事の面で佐奇森のことを信用している。
『ですが、まったくゼロ、というわけでもないのですがね。うちの課に、少々気になる事件記録が残っていました』
「へぇ、どんなだ?」
『末木家に代々伝わる般若の面が宙を飛び、人の顔に張り付いた――という事件です』
「――へぇ?」
思わずフユキの片眉が上がった。
シキミの部屋で見た般若の面が頭に浮かぶ。
「そいつは妙な話だな。その面は俺たちも見たが、何の力もなかったぜ」
『ええ、僕にもそう見えました。けれど、その面が宙を飛び、人の顔に張り付いたらしいのです。そして面を顔から外した時、その女性の顔は、のっぺらぼうのように何もなくなってしまった』
「――女性?」
ぴくり、とフユキが反応する。
(もしかして……)
フユキは空いた手でサングラスを押し上げる。
「日向ユリか」
『その通りです。この事件――のっぺらぼう事件と記載されていましたが、その被害者の名前が日向ユリさんです。僕は、末木ミナト氏が起こしたという傷害事件が、これと関わっていると思っています』
「……なるほど」
佐奇森が、わざわざ末木家と付き合いのある浮島家を蹴って、村雲怪異探偵事務所へ依頼を寄こした理由が、ようやくはっきりした。
この事件の原因に、日向ユリが本人が関係しているからだ。
(それは他へ持って行けねぇわけだ)
ハルたちが日向ユリに遭遇したのは、ただの偶然だ。
しかし、その出会いで『縁』が出来てしまった。
一度紡がれた縁は、良くも悪くも仕事に影響する。それが佐奇森の占いに出たのだろう。
それくらい、佐奇森の占いはよく当たる。
「お前なぁ、最初からそういう情報は寄越せよ」
『ふふ、すみません。先入観はない方が良いと思いまして』
「もっともらしいことを言いやがって。……それで、その日向ユリはその後どうなったんだ?」
フユキは敢えてそう訊ねる。
日向ユリが、二年前に亡くなっていることは、ハルたちから聞いている。
双子の担任の先生は、それ以上のことは教えてくれなかったようだが、佐奇森の事件と関係しているなら、恐らく単純なものではないだろう。
そう思いながら佐奇森の答えを待っていると、
『……二年前の夏に、ビルの屋上から落下し、亡くなりました。自殺とみられています』
佐奇森は静かにそう告げた。




