1-5 山神
広間に入ると、クラスメイト達はすでに席についていた。
その前には食事も並べられているが、まだ手を付けていないようだ。
ハルとナツが同じタイミングで少し首を傾げると、
「お! 来た来た~!」
「待ってたんだぜ~! 良い香りするからさ、もう、めっちゃ腹減った!」
「ハルちゃん、ナツ君、こっちこっち!」
なんてクラスメイト達は声を掛けてくれる。どうやらハル達を待っていてくれたようだ。
食べていてくれて良かったのになんて言うのは野暮だろう。
一緒に食べようと思ってもらえた事がちょっと嬉しくて、ハルとナツはへにゃりと笑った。
そしてヒナに手招きされるまま、彼女の隣に腰を下ろす。
「うわ、美味しそ~!」
並べられた料理を見てナツは目を輝かせる。
鮎の塩焼きに豆腐の味噌汁に大根のお漬物、そしてふっくらした白飯。定食屋で出るメニューみたいだ。
山中を彷徨っ、お昼の時間も大分過ぎていたため、ぐう、とお腹が鳴る。双子だけではなくクラスメイト達も同じようだった。
「それでは、灰鐘さんや口無村の皆さんに感謝をして……いただきまーす!」
「いっただきまーす!」
伊吹の音頭でクラスメイト達は元気に食べ始める。
男子達なんてかきこむような勢いだ。
伊吹はそれを見て「喉に詰まらせるなよ~」なんて苦笑している。
「うふふ。お代わりもあるから、たくさん食べてくださいね」
すると、お櫃の近くに座った女性がそう笑った。先ほど会ったアキトと似た容姿をしている。
恐らく彼女がアキトの母親——口無村の村長なのだろうとハルは推測しながら、味噌汁を一口の飲んだ。
「……美味しい」
「ハルって、お味噌汁好きだよねぇ。どこへ行ってもお味噌汁は必ず頼むでしょ」
「そうですね。家ごとに味が違うのが面白いんですよ」
「へぇ~そうなんだねぇ。あのね、あのね、うちのお味噌汁はね、具がいっぱい入っていて煮物みたいなんだよ~」
「おや、それは美味しそう」
「んふふ。機会があったたら、ご馳走するねぇ」
ナツやヒナとそんな話をしていると、
「こんなに良くしていただいて申し訳ありません。後でお金の方はきちんとお支払いいたしますので」
「いえいえ、良いんですよ。困った時はお互い様ですから」
なんて伊吹と女性の会話が聞こえて来た。
ヒナが小さな声で、
「あの人がね、村長の灰鐘ツバキさん。美人だよね~うっとりしちゃう」
なんて教えてくれる。なるほど、やはり村長だったようだ。
「あ~、伊吹センセ、でれでれしてる~」
「しっ、していない! 変な事を言うんじゃないっ」
「照れてる~!」
クラスメイト達にからかわれた伊吹が、顔を赤くして頭を抱えていた。
ふふ、とハルもつられて微笑む。
そうしていると、ふと、ツバキがこちらを見ている事に気が付いた。村の人間から向けられたそれと良く似ている。
「あの、ところでそちらの生徒さん達はお顔が良く似てらっしゃいますね。もしかして……双子さんですか?」
「はい。村雲ハルとナツと言います」
「村雲……あ! もしかして、村雲ヨカグラさんの御親戚ですか?」
するとツバキの口から、あまり聞きたくない親族の名前が出て来た。
「あー……ええ、そうです。そんなに付き合いはないですけれど……」
「やっぱり! 苗字を聞いてもしやと思いまして。お顔も似てると思ったのですよ。うちも神職の家系で、以前に一度ヨカグラさんに会合でお会いした事があるんです」
「ああ~、そうなんですね~。……あの人、元気でした?」
「ええ、とても」
「そうですか~。また会う機会があったら、よろしくとお伝えください。僕達、あまり会わないので」
ハルが返答に少々困っていると、ナツがへらりと笑って助け舟を出してくれた。
笑顔こそ浮かべているがあまり機嫌が良くない。ハルの双子の弟も、件の人物があまり好きではないのだ。
そんな話をしていると、
「ねぇねぇハルちゃん。しんしょくって何?」
首を傾げたヒナにそう訊かれた。
「ええと……神社の神主とか、そういう仕事の人ですね。うちの場合は少し違いますけれど」
「へー! そうなんだぁ。すごいねぇ」
ほわほわと笑うヒナを見て、少し気持ちが明るくなる。
にこっと笑い返していると、
「灰鐘さん、神職の方だったんですねぇ」
なんて伊吹も話に入ってくれた。彼にも何となく気遣われた気がする。
そう思っていると、
「ええ、うちはこの村の守り神様にお仕えしている家系なのですよ」
「守り神?」
「この山を司る山神様です」
とツバキは言った。
山神というのは、彼女の言った通り自分が宿る山を守る神だ。
農業や狩猟他、山と関係が深い仕事に就く者達から大事にされている神様である。
「村の奥に、山神様を祀るお社と祭壇がありまして。うちの一族は、そこの管理をしているのですよ」
ツバキはそう言って微笑む。
そんな彼女を見ながら、ハルは少し疑問に思った。
(山神様は女性が多いと聞きますが……仕える人間も女性とは少し珍しいですね)
山神は嫉妬深いとも聞く。
なのでツバキのように美人な女性が仕えていて、怒り出さないのは珍しいと思ったのだ。
……なんて、まぁ、あくまで伝承の範囲ではあるし、実際にお目にかかった事はないので珍しいと言うのも変な話なのだが。
(うーん。仕事の関係で、少し気にし過ぎなのかもしれませんね……)
疑り深いのも考えものだと思いながら、ハルは鮎の塩焼きを一口食べる。こちらも塩加減がちょうど良い。
「実はこの村では、双子は幸運の象徴とも呼ばれておりまして」
「おや、そうなんですか?」
「ええ。山神様に最初にお仕えしたうちの先祖が、双子の子供だったのですよ。その子達のおかげで、口無村は救われたのです」
「救われた?」
「昔、この辺りに疫病が広がっていましてね。その二人が山神様に祈りを捧げた続けた結果、疫病は収まったのです」
「へぇー!」
伊吹は興味津々と言った様子で聞いていた。それはまたなかなかハードな過去である。
けれども祈っただけでは病気は治りはしないので、何かしら別の要因があったのだろう。
ただ村の人間達がハルとナツをじろじろと見て来る理由は、その話が関係しているのだろうという事は理解出来た。
(それにしては好意的な視線にも思えなかったけれど)
ちやほやされたいとは全く思わないが、幸運の象徴相手にあそこまで不躾な視線を送ったりはしないだろう。
言葉にはしなかったがハルがそう考えていると、
「ふふ。本当に嬉しいですわ。ここしばらく、この村に双子は生まれていませんし。……本当にありがたい事」
ツバキが最後に小さな声でそう言った。
(ありがたい……?)
おや、と思ってハルは顔を上げる。ナツも聞こえたのか、ほんの少し怪訝そうな顔をしていた。
ありがたいとはどう言う意味だろうか。今の話の流れで出て来る言葉ではない。
『……君達。雨が弱くなったら、なるべく早く、この村を出た方が良いですよ。その方が君達のためですから』
不意に頭の中で先ほどのアキトの言葉が蘇る。
「……とりあえず叔父さんにメールしておくよ。さっきの狼の件もあるし、嫌な予感がする」
「よろしくお願いします。……何もなければ良いんですけれど」
表情も顔の向きも変えずに、双子は小さな声でそう言葉を交わす。
口無村へ来た後から感じる嫌な予感。どうも気のせいでは済まなくなりそうな、そんな気がした。
(……早めに出られるといいんですが)
ハルは外へ続く障子戸の方へ目を向ける。
閉じられたそこからは相変わらず土砂降りの雨の音が続いている。
……まだまだ雨は止みそうにない。