3-2 末木兄妹
ミルと別れたハルは、いったん屋敷の庭に出た。
周囲には人の姿は見えないものの、少し離れてからハルはアキトへ電話をかける。
数コールの後で『はい、灰鐘です』と声が聞こえた。
「お疲れ様です、アキトさん。ハルです」
『ハルさん、お疲れ様です。そちらはどうですか?』
「ぼちぼちという感じですね。その関係で、調べていただきたいことがありまして」
『何でしょう?』
「二年前に、末木ミナトさんが起こした傷害事件と、他に末木家が絡んだ事件がないか、探していただきたくて」
先ほどミルから聞いた話だ。詳細を話すことは、前当主から禁じられているからと、それ以上のことは聞けなかった。
けれど、もしかしたら当時の新聞記事や、ネットの書き込みに何か残っているのではないかと思い、ハルはアキトに頼んだのだ。
(事件を起こしても、なかったことにされているかもしれませんが……)
佐奇森の話では、高校時代に起こしたトラブルも、親の力で揉み消したらしいし、公には残っていない可能性の方が高い。
しかし、人の口に戸は立てられない。インターネットが発達した今なら特にそうだ。一度、世の中に出たものは、完全に消すことはできないのだ。
「佐奇森さんの話にもありましたし、もしかしたら何も見つからないかもしれませんが、お願い出来ますか?」
『分かりました。調べてみますね』
「よろしくお願いします。……ところで、そちらは大丈夫ですか? 困ったことはありませんか?」
話のついでに、ハルはアキトにそう訊ねる。
彼が村雲怪異探偵事務所へ来てから、それほど時間が経っていない。
環境も、アキトが暮らしていた場所とは全然違うため、何か不便がないかと心配なのである。
ちなみにこれはハルだけではなく、ナツやフユキもそうだ。三人はそれぞれに、アキトを気にかけていた。
『ふふ、ありがとうございます。今のところは大丈夫です』
「そうですか、それは良かった。些細なことでも、気になったことがあったら連絡してくださいね。それでは、また後で」
そう言って、ハルは通話を切った。
(ちょっと過保護でしょうかね)
携帯電話の画面を眺めながら、ハルがそんなことを考えていると、
「はぁー? リスケって何だよ。わざわざ時間を作ってやったってのに……俺が誰だか分ってんのか? 末木の……おい、聞いてんのか、マネージャー!? ああっくそ、切られた」
舌打ちと共に、乱暴な怒鳴り声が聞こえてきた。
ちょうど門のある方角からだ。
(今、末木と言いましたね)
揉め事なら巻き込まれたくはないが、気になる名前が入っていた。
一応は確認しておこうと、ハルがそっとそちらへ向かう。
念のため建物の裏手からぐるりと回り、そこの角からそっと覗き込めば、門から少し入った場所に金髪の男がいて、携帯電話を睨みつけていた。
歳は二十代半ばくらい。目を吊り上げ、険しい表情をしているが、顔立ちは末木シキミと似ている。
先ほどの物言いから考えても、恐らく彼が兄のミナトだろう。
(それにしても、ずいぶんと古典的な怒鳴り方を)
などと心の中で感想を言って、ハルは顔を引っ込める。
顔の確認だけ出来ればそれで良い。荒れている知らない他人のところへ、わざわざ近付くつもりはない。
(アキトさんと話が出来たし、中へ戻――)
ハルが屋敷の方へ向かおうとした時、
「ちょっと兄さん。中まで声が聞こえているわ」
シキミの声が聞こえた。
おや、と思ってハルは足を止める。
「……何だ、お前かよ。別に関係ないだろっ」
「あるわよ。周りの目を考えてちょうだい。こんな場所で怒鳴り散らすだなんて、末木の人間として品性を疑われるわ」
「はっ、周りの目ねぇ? それを言うなら、お前だってそうだろ。ドッペルゲンガーなんて、ありもしないモノに怯えるなんてさ。そんなにメンタルが弱くて、末木の当主が務まるのか?」
「……っ」
ずいぶんと馬鹿にした物言いである。普段からこれなら、使用人の間でも評判が悪いのも頷ける。
もしかしたら、兄妹ということで言いやすい、というのもあるかもしれないが。
(――なんて、私も盗み聞きは良くないですね)
ついつい聞き耳を立ててしまったが、これでは、どの口でナツに注意をしたのだと言われてもおかしくない。
ハルは軽く頭を振って、来た道を戻ろうと歩き出す。
しかし――、
「そもそも俺が当主を外されたのは、お前が原因なのにさぁ」
後ろから聞こえて来た言葉に、ハルは再び、足が止まりそうになった。
「兄さん!」
「ああ、分かってるよ。分かってるから、今回も頼むぜ? ちょいと生活費が厳しくてさぁ~」
「……分かったわ。だから、大きな声で言わないで。早く中へ入ってちょうだい」
「はいはい」
二人はそんなやり取りをしながら、屋敷の中へと入っていった。
カタン、と扉が閉まる音を聞いてから、ハルはため息を吐く。
(……嫌な話を聞いてしまった)
うんざりとした気持ちになりながら、自分も屋敷の中へ戻ろうと歩き出した時、ピシッ、と何かが割れるような軋むような、そんな音が庭の片隅から聞こえた。
おや、とハルは音のした方へ顔を向ける。
そこには一本の桜の木が生えていた。青々とした葉をつけて、風に揺られる桜の木を見たハルは、あることに気が付く。
(植物が枯れている……?)
桜の木の根元、半径三十センチほどの広さに生えた草花が、茶色になっている。
夏の暑さで萎れたという雰囲気ではない。
ハルが、じっ、とそこを見つめていると、ふっとした時、蜃気楼のように空気が揺れた。
「今のは……」
ハルは近付くと、しゃがんで、木の根元の辺りに指先でそっと触れる。
すると、ぴりっ、とした静電気のような刺激を感じた。
ハルは目を細めると、スカートから扇子を取り出し、先端を指で触れたのと同じ場所へ向ける。
そして術を焼くのと同じように、自身の霊力を土へ覆いかぶせていく。
とたんに、ちりちりと小さな光と共に、木の根元が焼け始めた。
(術……の残り香ですね)
そう思いながら続ける。
ややあって、光は消えたの確認すると、ハルは扇子を仕舞って今度は手で土を掘り出した。
――すると。
土の中に、割れた鏡がいくつも埋まっているのを発見したのだった。




