1-2 厄介な依頼
「被害者は末木シキミという、二十二歳の女性です。ジュエリー・スエギという会社はご存じでしょうか? そこの社長さんなんです」
「確か、星や月をモチーフにしたデザインの、アクセサリーを作っているお店じゃない? うちのクラスの子が、バイト代を貯めて買ったって見せてくれたよ。ブレスレットだったけど、結構かわいかったなぁ」
そう言いながら、ナツは携帯電話を取り出して操作する。
少しして「あ、これこれ」と言って、画面を見せてくれた。
そこには、ジュエリー・スエギのホームページが表示されていて、ファンシーなデザインのアクセサリーの写真が載っている。
(確かに綺麗ですね……うん?)
見ていたら、ふとそのデザインに、ハルは何か既視感を覚えた。
(この絵、どこかで……)
最近、これに似たデザインを、どこかで見た気がする。
ハルは、顎に指を当ててしばらく考えて、やがて「あっ」と思い出した。
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと……」
それから自分の携帯電話を、スカートのポケットから引っ張り出すと、画像フォルダを開く。
ややあって、それを見つけると、ナツの携帯電話と並べて皆に見せた。
「このデザインと似ていませんか?」
そう言って示したそれは、先日、代永高校の旧校舎で拾った『月夜のヨナガにおまじない』という本の表紙だ。
あの時、少々気になったので、写真を撮っておいたのである。
月と星の描かれた、神秘的なあの表紙。ジュエリー・スエギのホームページに載っている、アクセサリーのデザインとよく似ている。
「お気付きになりましたか。さすがハルちゃん」
佐奇森は、ぱちぱちと拍手をして微笑む。褒められて嬉しいような、試されて複雑なような、何とも言えない気分ながら、ひとまず「ありがとうございます」とハルは返した。
先日の旧校舎のドッペルゲンガー事件。ハルたちは、鏡に仕掛けられていた術を解除した後、フユキを通じて佐奇森に連絡をしてもらっていた。
そして彼らが捜査へやって来た時に、おまじないの本も預けたのである。
「つまり、代永高校の件と関係しているってことか?」
「ええ、僕はそう見ています。何せ、末木さんの家に現れたのも、ドッペルゲンガーでしたから」
「ははーん」
フユキは顎を撫でて、口の端を上げた。
先ほどの嫌そうな態度はどこへやら、少々ノッてきたらしい。
「ハルとナツに、ちょっかいを出した奴をこらしめられるってのは、悪くねぇ仕事だな」
「ちょっとちょっと、叔父さん。僕たちを狙ったわけじゃないでしょ」
「結果だけ見りゃ同じだよ。学校の連中を無差別に狙ったんなら、お前らもその中に入っているだろ」
「それはそうですけれど」
合っているような、いないような。何なら自分たちで首を突っ込んだようなものだけれど。
(まぁ、いいか)
ハルはそう思うことにした。
それに、旧校舎のドッペルゲンガー事件については、警察におまかせしたとは言え、ハルも気になっていたのだ。
犯人が誰なのか、日向ユリにとって大事な『おまじない』を使って、何故あんな真似をしたのか――それを明らかにしたい気持ちはハルにもある。
「叔父さんだけじゃなくて、ハルまでやる気になってる……」
「ハルさん、意外と分かりやすいですよね」
「ね~」
ナツとアキトがそんなやり取りをしているのをよそに、
「しっかし末木って言えば……確か浮島家と付き合いがあったなぁ」
フユキのつぶやきが耳に届いた。
とたんにハルとナツの表情が、揃ってぴしりと固まる。
それを見て、アキトは首を傾げた。
「ハルさんとナツ君、どうしたんですか?」
「いえ、その……浮島の名前を聞いたので……」
「お知り合いですか?」
「うん……。あんまり関わりたくない家なんだよねぇ」
ハルとナツが苦い声で答えると、アキトが目をぱちぱちと瞬いた。
「二人がそう言うのは珍しいですね」
そうだろうか、とハルは考える。
ハルもナツも、人当たりは良い方だが、人の好き嫌いはそれなりにあるのだ。その最たる例は村雲の本家だが――まぁ、それはともかくである。
「浮島の人たちって、昔から妙に突っかかって来るんだよね」
「まぁ、私たち個人へと言うよりは、村雲家に対してですけれど。あの人たち、村雲家に敵愾心を持っているみたいなので」
そう答えると、アキトは神妙な顔で「大変ですね……」と言ってくれた。
もしかしたら、彼自身の境遇を思い出したのかもしれない。
「関わりたくねぇのは俺も同感だがな。しかし、佐奇森。よくうちに持って来たな。いくら旧校舎の件と関わっているとはいえ、関係的には、浮島の方が適任だっただろう?」
フユキがそう訊くと、
「そうですね。最初はそう考えていたのですが、少々胸騒ぎがしまして。ですから占ったのですよ。その結果を見て、村雲怪異探偵事務所へおまかせした方が良いと判断しました」
佐奇森はそう答えた。
(佐奇森さんの占いか……)
彼はタロット占いを嗜んでいるのだが、昔からよく当たる。
特に『悪い方』での的中率が高い。そして彼は、その占いの結果を見て、厄介な依頼ほど、村雲怪異探偵事務所へ持ってくる。
信用はされているのだろう。
実際に、フユキが一人で仕事をしていた頃からずっと、超常現象対策課から届けられた依頼に関しては、すべて解決している。
依頼解決率百パーセント。
それは誇らしいことではあるものの、その反面、この業界において異常とも受け取られる。
「…………分かった。引き受けよう」
「ありがとうございます」
静かに頷いたフユキに、佐奇森はやって来た時と同じ微笑を浮かべたのだった。




