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村雲怪異探偵事務所  作者: 石動なつめ
CASE2 鏡の中のドッペルゲンガー

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7 小休止

 それからハルたちは『手』に追われつつも、一階と二階の女子トイレの鏡に仕掛けられた術を解除することに成功した。

 ユリは困惑している様子だったけれど、自分たちを追いかけてくる『手』を見て、ただならないことが起きていると察してくれて、深く追及はされなかった。


 ――しかし、事態はまだ解決していない。

 何故なら三人はまだ、あの『手』に追いかけられているからだ。


 消滅したのは六本。残りの二本が未だにハルたちを追いかけてきている。

 念のため男子トイレの鏡も確認したが、術が仕掛けられている様子はなかった。だから、あの『手』は他の場所の鏡から伸びてきているということになるのだけれど、それを探して走り回るには体力的にきつい。

 三人は力を振り絞って『手』を引き離し、適当に飛び込んだ教室内に身を潜めることにした。


「はー、さすがにしんどいな~……」

「はぁ、走りっぱなしは私もちょっと……はぁ……。ユリ先輩は大丈夫ですか?」

「う、うん……だ、大丈夫……」


 三人は壁に背中をもたれさせて、ぜえぜえと肩で息をしながら、途切れ途切れの言葉で会話をする。

 頭の上のガラス越しに『手』が、自分たちを探してうろうろしているのが見えた。

 幸いなことに、あの『手』には視界というものが存在するようで、そこから外れると見失ってくれる。だからハルたちはこうして休むことができていた。


(それにしても、思ったよりも反応が鈍い……)


 索敵範囲が狭いというか、精度が低いというか、どうにもそんな雰囲気なのだ。

 ハルたちからすれば休むことができるのでありがたいのだが、どうにも術の厄介さと効力がチグハグに感じる。

 ――やはり術者が不慣れなのではないだろうか。

 術を覚えたてで使うような代物ではないと思うが、どんな経緯でこの術に辿り着いたのか。色々と疑問点が多い。


(厄介な事件になりそうな気配がしますね……やっぱりこれは、佐奇森さん案件で確定か……)


 ハルは少しだけ目を細くし、心の中でそう呟いた。

 佐奇森さん案件とはハルたちが勝手に呼んでいるものだ。

 警視庁の部署にこういう事件を専門で扱っている部署があり、そこに在籍している刑事の名前が佐奇森という。

 件の刑事には口無村の件でもお世話になったのだが、今回の件を報告すれば彼らが捜査に乗り出すだろう。まぁ、よく遭遇しますね、なんてちょっと呆れ顔をされるかもしれないけれど。


 だから、ひとまず犯人捜しに関しては警察にお任せして、自分たちはこの事態を収拾することだけに集中しようとハルは思った。

 そもそも、こんな事態になったのはハルが術の解除に失敗したからだ。だから責任も感じていた。もっと上手くやれていたら、ユリまで巻き込むようなことにはならなかった。

 ――怪我をさせないように、十分注意をして、早急に何とかしないと。

 そう思っていると「ハル」と名を呼ばれた。ハッと顔を向けると、ナツが少し気遣うような眼差しでこちらを見ていた。


「すみません、少しぼうっとしていました」

「アハ、分かる。僕もちょっと疲れちゃったし!」


 慌てて返事をすると、ナツはニッと口角を上げて朗らかな笑みを浮かべてくれた。色々と気にするなと言ってくれている気がする。

 そう、そうだ。反省も後回しにしなければ。ハルは頷くと「それではどうしましょうか」と言った。


「こうなると『手』が伸びてきた方向へ、遡って行くしかないよね。ちょっと大変だけど、まぁ、二本に減ったし。何とかなるんじゃない?」

「そうですね。ナツの運動量が増えますけれど」

「だよねぇ。ま、僕、ハルより体力があるからいいけどさ。それよりもハルこそまだ走れる? 大丈夫?」

「まぁ、ぼちぼち?」


 そんな話をしながら双子が呼吸を整えていると、ユリが「あのう……」と口を開き、おずおずと手を挙げた。


「二人はあの変な『手』について知っているんだよね? あれって一体何なの?」


 そしてそう質問された。

 その言葉に、双子はあっと口を開く。そういえば彼女にはまだ何も説明していなかった。状況を察して、途中で聞かないでいてくれたのだろう。ありがたかったと思いつつ、申し訳なさを感じながらハルは彼女に説明する。


「えっと、実は……あれがその本のおまじないの正体なんです」


 正直に話そうか迷いながら、ハルは言葉を選んで彼女に伝えた。恐らく警察に連絡をすれば、今回の件は彼女の記憶から消えるだろうし、ユリがあまり怯えている様子もなかったので、話しても大丈夫だろうと思ったのだ。

 するとユリが「えっ」と目を丸くする。


「あれがおまじない?」

「はい。詳細は、私たちもまだ分かっていない部分がありますので省きますが、おまじないをするとあの『手』を生み出してしまうんですよ」

「そ、そうなんだ……そっかぁ……」


 ハルが説明すると、ユリは自分が持っていたおまじないの本を見て目を白黒させていた。表情も若干引いているように見える。これからやろうとしていたものがあんなものに化けると聞けば、それは困惑もするだろう。


「二人は……皆がおまじないをしている場所を探しているんだよね?」

「はい」

「あのね、私、トイレ以外にもう一か所、その場所を知っているよ」

「えっ、本当っ?」「本当ですかっ?」


 ユリの言葉に双子は同時に反応する。表情もまったく一緒だ。それを見てユリは目をぱちぱちと瞬いて、楽しそうにふふっと笑った。


「二階の図書館だよ。あそこに姿見が置いてあるの。元は体育館にあったものらしいんだけど、危ないから移動させたんだって。図書館の本は新しい校舎に移動済みだから、ドアにも鍵を掛けていないみたいで、おまじないをするのにはちょうど良いって話だよ」

「なるほど……ありがと、先輩。助かるよ~」

「後輩を助けるのは先輩の役目だからねっ」


 ユリは胸に手を当てて、ちょっとお道化た調子で自慢げに言う。それから持っていたおまじないの本へ目を剥けて、両手で持ち上げ、少し見つめたあとにぎゅっと抱きしめた。


「……私ね、おまじないが大好きなの。怖いことも不安なことも、おまじないをすると元気が出る気がするんだ。本当に効果がなくたっていいの。だって、おまじないは皆が明るい気持ちになるためにあるって信じているから」


 そして悔しそうな声でそう言った。その通りだとハルも思う。

 おまじないとは漢字で『呪い』と書く。その読み方は二種類あって、呪い(のろい)と読めば悪い方へ作用して、呪い(まじない)と読めば良い方へ作用する。


 ユリが持っている『月夜のヨナガにおまじない』というタイトルの本は、ハルもぱらぱらと見ただけだが、どれもそういうおまじないがまとめられているように見えた。きっと、ユリの言うような願いをこめて作られたものなのだろう。


 だからおまじないを試した生徒だって、別に悪さをしようと思ってしたものじゃない。誰かへの淡い想いと、将来への期待。このおまじないは、そんな明るい気持ちの中で行われたもののはずなのだ。


 ――それを利用して捻じ曲げた誰かがいる。

 下手をすれば大惨事になっていたかもしれない。本当に、一体誰が何の目的で。ハルが静かな怒りを抱いていると、ナツがスッと立ち上がった。


「よっし、それじゃあもうひと踏ん張りしよっか」


 ね、と彼はハルに笑いかける。

 ――いけない、いけない。気になることが目の前にあると、状況を忘れて考え込んでしまうのがハルの悪い癖だ。

 ハルは立ち上がりながら「はい。頑張りましょう」とナツに返す。

 それからユリの方へ顔を向けた。


「先輩はどうしますか?」

「私も一緒に行きたい。旧校舎は二人よりもちょっとだけ詳しいもの」


 そう言ってユリも立ち上がった。

 正直その方がありがたかった。ここで待っていてもらっても、あの『手』がここへ来ないとも限らないからだ。

 頷き合った三人は、廊下の様子を確認した後、教室を出た。


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