1-4 雨が弱くなったら
お風呂を終えた後、ハルは用意してくれていた浴衣を着て廊下へ出た。
先ほど確認したが、鞄の中に入れた下着の類は何とか無事だったので、良かったとハルはホッとする。
(確か広間の方で夕食を用意してくれているから、お風呂から上がったら来てねってヒナさんが言ってましたね)
広間の場所はお風呂に入る前に聞いたから、まぁ迷わないだろう。
ひとまずナツと一緒に行こうと、ハルは男性用の風呂場の近くで彼を待つ。
そうしていると、ギシ、と廊下が軋む音が聞こえた。
音につられて顔を向けると、そこには挑発の青年が立っていた。
歳は二十代前半くらいだろうか。さらさらした艶のある黒髪に黒色のタレ目、左目の下の泣きボクロのある、どこか儚げで、そして色気のようなものを纏った綺麗な男性だった。
左耳に揺れる細長い雫型の青色のピアスと、紫と白の矢絣柄の着物がよく似合っている。
(矢絣柄……)
彼の着ている着物の柄を見て、山中で出会った狼が浮かんだ。
あの狼も色こそ違うが矢絣柄のリボンをつけていた。
思わず見つめていると、彼もふとハルに気付いて視線を上げた。
「あ……こんばんは、学生さん」
「こんばんは。お世話になっております」
「いえいえ。ご無事で良かったです。今日は本当に大変でしたね」
ハルが挨拶をすると、彼も微笑んでそう返してくれた。
優しい声だ。村人達の様子と違って、ごく普通の雰囲気だったので何だか安心するな、とハルは思った。
「本当に。急にあんな豪雨になるとは思いませんでした。助けていただいてありがとうございます」
「困った時はお互い様ですから。……あ、僕は灰鐘アキトと言います。母……じゃなくて村長の長男になります」
「そうでしたか。私は村雲ハルと言います。よろしくお願いします」
そう名乗ってお互いに頭を下げる。顔を上げるタイミングが一緒で、少し笑ってしまった。
「ふふ。ええと、ハル……さんは、こんなところでどうしました? 迷いましたか? 広間の方に食事が用意出来ていますから、良かったらご案内しますよ」
「ありがとうございます。今は双子の弟を待っていまして。お風呂を借りている最中なんです」
そう言ってハルは風呂場の方へ手を向ける。
アキトは納得したように頷いてから、
「双子……ですか?」
と呟いた。
「はい。双子の弟です」
「…………そう、ですか」
アキトはそう言うと、顎に手を当てて、何かを思案するように視線を彷徨わせる。
……双子だと何かあるのだろうか。そう言えば村人達も自分達の顔を見ていたようだった。
「あの、どうかしましたか?」
「ああ、いえ……」
何でもない、という雰囲気でもないのだが。
もう少し聞いた方が良いだろうかとハルが口を開きかけた時、
「ふ~、生き返ったぁ~」
風呂場のドアが開いて、中からナツが出て来た。
彼はハルとアキトを見て目を丸くした後、ニコッと笑って手を振る。
「ハル、待っててくれてありがと~。それから、えっと……?」
「灰鐘アキトさん。村長さんの息子さんだそうですよ」
「そっか! 初めまして、村雲ナツです! こんばんは!」
「あ……こんばんは。灰鐘アキトです。よろしくお願いします」
元気に挨拶をするナツにつられてか、アキトも微笑んだ。ただその表情は先ほどと比べて少しぎこちない。
「それでは広間に案内しますね。ついて来てください」
そう言ってアキトはくるりと向きを変えると歩き始める。
彼の態度は気になるが、どうも話してくれる雰囲気ではない。
ひとまず二人は彼の後ろをついて行く。
そうして少し進んむと、
「……君達。雨が弱くなったら、なるべく早く、この村を出た方が良いですよ」
前を向いたまま、アキトは小さな声でそう言った。
「え?」
「その方が君達のためですから」
そして、そうも続ける。
「どういう意味?」
「…………」
ナツが聞いたが、アキトはそれっきり口を閉ざしてしまった。
……やはりどうもおかしい。
そう思ったが、それ以上アキトは何も言ってくれる事もなく。
広間に到着すると彼は、
「それでは、ごゆっくり」
と微笑んで去って行った。
その笑顔はやはりぎこちなかった。