6 遭遇
トイレの外へ出ると、右手の廊下の奥から『手』が八本伸びてくるのが見えた。ハルたちが上ってきた階段とは逆方向だ。
『手』の動きはそれほど速くないものの数が多い。
ナツが竹刀袋で打ち据えれば、いったんは消滅するものの、少ししてから新たに『手』が伸びてくる。消えたら消えた本数分伸びてくるものだから、一向に数が減る様子はない。
「うーん、これはこれで厄介!」
『手』と戦いながら、ナツが苦笑いを浮かべる。
その場で復活しない分ありがたいが、これではキリがない。
「ナツ、とりあえず逆側から降りましょう」
ハルはそう提案した。
女子トイレの鏡から手が伸びてきたことを考えると、他の『手』も下の階のトイレから伸びてきている可能性が高い。
『手』は霊的なものだとハルは思うが、床や壁をすり抜けてくる様子がないので、恐らくそういうことは出来ないのだろう。だからあの『手』は、階段を通っている。
それから、観察していてもう一つ分かったことがあった。
「『手』は消滅させても復活するようですが、最初に現れた以上の数にはなっていません。たぶん、本数に上限があるのでは」
「あっ、確かに! それはありがたいな」
なるほどね、とナツは口角を上げる。
「じゃ、それで行こう!」
「はい!」
双子は頷き合うと『手』に背を向けて駆け出した。
走りながらハルが後方を確認すると『手』も追いかけてきている。後ろへ引っ込む様子はないので、挟み撃ちにされることはなさそうだ。
(よし……!)
少しほっとしてハルは顔を前に戻す。もう間も無くで階段だ。
速度を上げて走る双子は、そのまま廊下を左へ曲がる。
――その瞬間。
「わあ!」
「わっ⁉」
内側から曲がったナツが、誰かとぶつかり、床に倒れ込んだ。
「大丈夫ですか⁉」
ギリギリに踏みとどまったハルは、慌てて二人に駆け寄る。
「だ、大丈夫……」
「あいたたた……」
二人は痛そうにしているが、見たところ怪我はなさそうだ。
良かったと思いながら、ハルはナツがぶつかった相手を見る。
そこにいたのは、黒髪のおさげを垂らした丸眼鏡の女子生徒だった。片腕に、ヒナが見せてくれた『月夜のヨナガにおまじない』という、あのおまじないの本を持っている。
「ごめんね、大丈夫? 急いでいて、全然周りを見ていなかった。本当にごめん!」
「う、うん、平気……あのあの、わ、私こそ、ごめんなさい!」
ナツは急いで立ち上がると、彼女に向かって手を差し伸べた。
女子生徒は、ナツを見てぱちぱちと瞬いてから、その手を取って立ち上がる。
「あ、ありがとう……。えっと、私、日向ユリ。三年生」
「あっ、先輩だ。僕は村雲ナツ、一年生」
「同じく一年生の村雲ハルです。初めまして、先輩」
後ろから伸びてくる『手』を気にしつつ、双子は挨拶をする。
二学年上ということもあって、見たことがない先輩だ。
「ナツ君とハルちゃんだね。私のことはユリでいいよ。よろしくね。えっと……二人はこんなところでどうしたの? 旧校舎は立ち入り禁止だよ?」
「僕たちは先生に許可をもらって調べものを……っていうか、ユリ先輩こそどうしたの? もしかして……おまじないだったり?」
ナツがユリの持っている本を見てそう訊くと、彼女はぎくりと肩を跳ねさせた。目が泳ぎ、たらたらと冷や汗を流している。
「えっと、そのぅ……うん……」
ややあって、彼女はこくんと頷いた。
本当に流行っているのだなぁと双子は苦笑する。
「――って、のんきに話をしている場合じゃなかった!」
ハッとして、ナツは後ろを振り返る。
もうすぐそこまで『手』が迫っているところだった。
「ごめん先輩、ちょっと一緒にきて!」
「えっ、えっ⁉ あれ何⁉」
「『手』です!」
「手だね⁉ な、何か良く分からないけど分かった!」
ユリは困惑した様子ではあったが、双子の勢いに負けたのか、素直にそう言ってくれた。
ハルとナツはにこっと笑うと、ユリと一緒に階段を駆け下りたのだった。




